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装甲戦士テラ〜異世界に堕ちた仮面の戦士は、誰が為に戦うのか〜  作者: 朽縄咲良
第十八章 裏切りの戦士は、誰が為に戦うのか
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第十八章其の玖 竜巻

 「うらあああああああ――っ!」


 紅い竜巻の中心で、ツールズ・トゥーサイデッド・ソーの回転刃を最高速度で回転させながら、ツールズは猛獣の如き咆哮を上げる。

 左足を地に付ける度に、灼ける様な激痛が神経を苛むが、ツールズは痛覚を気合で耐えながら、更に身体の回転速度を上げ続ける。

 彼が回転を上げれば上げる程、トゥーサイデッド・ソーの刃は真っ赤な輝きを増し、紅い竜巻の直径は更に大きく広がっていく――。


「……ッ!」


 一瞬、紅い竜巻の輝きに目を奪われていたインセクトは、ハッと我に返ると、慌てて身構えた。


(これは……このままだとマズい……!)


 彼女は、両腕を前に伸ばすと、


「スパイダーズ・スレッド!」


 と叫び、ふたつの射出口から白い糸を放つ。

 高速で回転するツールズ・トゥーサイデッド・ソー、或いはツールズの身体自体に、粘り気のある蜘蛛の糸を絡みつかせ、その動きを止めようとしたのだ。

 だが――、


「無駄だぜ、インセクト!」

「――ッ!」


 ツールズの勝ち誇った声の通り、彼女の作戦は破られた。

 ツールズ・クリムゾン・トルネードが発する凄まじい高熱によって巻き上がった空気の奔流に妨げられ、軽いスパイダーズ・スレッドは空しく吹き散らされたのだ。


「……チィッ!」


 自分が放った蜘蛛の糸が全て吹き散らされたのを見たインセクトは、憎々しげに舌を打つ。

 しかし、もう眼前で巻き上がる巨大な紅い竜巻に対抗する術は無かった。


「は……ハハハッ! ハハハハハハハッ!」


 一方のツールズは、激しく回転しながら哄笑を上げる。


「残念だったな! ここまで回転を上げたら、もうアンタのチンケな蜘蛛の糸なんかじゃ止められねえぞ!」

「……ッ!」

「食らいやがれ、この裏切者!」


 激しく回転するツールズは、悔しげに立ち尽くすインセクトの姿を憎悪に満ちた目で睨みつけると、渾身の力を込めた必殺の一撃を放つべく、最後の仕上げにかかった。


「ツールズ・クリムゾン・トルネード・クレッセ……ッ!」


 だが――、最大の威力を込めた真紅の三日月を解き放とうと、左脚を思い切り踏み込んだ瞬間、彼の身体に異常が起こる。


「ング……ッ!」


 突然、踏ん張っていた左足の膝ががくりと崩れた。

 そのまま、脚で自重を支えられなくなったツールズは大きく体勢を崩し、前のめりに倒れてしまう。

 その弾みに放たれた紅い三日月形の一閃は、インセクトの頭上数十センチの高さを通り過ぎ、彼女の背後に立つ森の木々を次々に真っ二つにしながら、遥か彼方へ飛んでいった。


「……ふ、ふふふふ……」


 荒れ狂う紅い竜巻が消え去った夜の河原に、インセクトの含み笑いが響く。

 彼女は、大げさに胸を撫で下ろすふりをしながら、左脚を抱えて地面に転がり、苦しげな呻き声を上げるツールズの事を見下ろした。

 そして、八つの複眼を血の色に輝かせながら、静かな声で言う。


「……残念。もう少しで、私の命を奪えるところだったのにねぇ……ふふふ」

「て……テメェ……」


 左足に走る激痛に喘ぎながら、ツールズは敵意に満ちた目でインセクトの事を睨め上げる。


「さ……さっきの蹴り技の時か! い……一体……何をしやがった……お、オレの身体……に!」

「ふふふ……解らないかしら?」


 荒い息の合間に、ツールズに問いかけられたインセクトは、勿体ぶるように首を傾げてみせた。

 そして、身を屈めて、地面に横たわるツールズに顔を近付けながら、ゆっくりと言葉を継ぐ。


「じゃあ、ヒントをあげましょうね」

「ひ……ヒント? て、テメ、ふざけ――」

「まあ、おとなしく聞きなさいって」

「グッ!」


 インセクトに横面を踏みつけられたツールズが、苦悶の叫びを上げた。

 踏みつけたツールズの顔をぐりぐりと河原の砂利に押し付けながら、インセクトは更に話を続ける。


「じゃあ、ヒントね。それは……今の私の姿よ」

「な……何だそりゃ……?」

「あら、ひょっとして知らないかしら? 私の装甲のモチーフ――ブラックウィドウが、何の生き物の事を指しているか……」

「ば……バカにするんじゃねえぞ。そんな事くらい……知ってる……ぜ」


 足の痛みと顔を踏みつけられている屈辱で喘ぎながら、ツールズは答えた。


「黒後家蜘蛛、だ……」

「正解」


 ツールズの答えに、インセクトは満足そうに頷き、彼の顔を踏みつけていた脚をどかした。

 そして、粘つく声で、更に問いを重ねる。


「……じゃあ、今のアナタの身体の状態から考えて、私がどういう事をしたのか、解るかな?」

「……そ、そうか――」


 インセクトの問いを聞いたツールズは、唐突に正解を悟る。


「……毒、か」

「大正解!」


 ツールズの呟きに、インセクトは嬉しそうな声で答えた。


「その通りよ。さっきのブラックウィドウ・ニードルストライクには、毒属性が付いているのよ。インパクトの際に、黒後家蜘蛛(ブラックウィドウ)と同じ猛毒を敵の身体の中に流し込むっていう、ね」

「……ッ!」

「アナタは、咄嗟に足を出して心臓への直撃を防いだ事で、私の技を破ったと思ってたみたいだけど……」


 そう言いながら、彼女はツールズが抱えている左脚を指さした。


「たとえ足先であっても、私の攻撃が当たった時点で、アナタの敗北は確定していたのよ。あとは、毒が全身に回るのが早いか遅いかの違いだけ」

「……クソが」

「正直、なかなか毒が回ってくれなくて、心の中で焦ってたんだけどね。……もう少し毒の周りが遅れていたら、今頃私はアナタに殺られてたかもしれないわ。惜しかったわね」

「チクショウがぁっ!」


 ツールズは、激しい怒りを露わにして絶叫する。


「うるさい」

「グゥッ……!」


 すかさず放たれたインセクトの蹴りを食らい、ツールズは仰向けに転がった。

 身体を痙攣させながら力無く横たわるツールズを、インセクトは冷ややかに見下ろす。


「さて……毒に侵されたアナタが、苦しみながらだんだんと弱って死んでいくのを見たい所だけど、一刻も早く、鳴瀬先生に頼まれた件を遂行しなきゃいけないからね……」


 彼女はそう呟くと、地面を蹴り、真上に数メートル跳躍した。


「だから……アナタには、この技で一気に死んでもらう事にするわ」


 そう言いながら、彼女は空中で身体を一回転させ、右脚を伸ばす。

 そして、砂利の上に横たわるツールズを一瞥すると、淡々と言葉を継いだ。


「そう……今度こそ、このブラックウィドウ・ニードルストライクの一撃でね」

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