第十八章其の弐 疑念
「あ……うぅ……」
牛島の冷たい光を放つ目に見据えられた薫は、その視線に圧倒的な圧迫感を感じ、声にならない呻き声を上げる。
心臓が、まるで今にも爆発しそうな程の大きな鼓動を鳴らしながら左胸の中で跳ね回り、背中に冷たい汗が噴き出すのを感じながら、薫は目を泳がせながら半歩後ずさる。
――と、
「……どうしたんだい、薫くん。随分と顔色が悪いようだが?」
「……ッ!」
牛島がかけた穏やかな声に、薫は再びビクリと全身を震わせた。
だが、同時に彼の心の中に、小さな疑念が浮かぶ。
(これは……勘付かれた……のか?)
今、自分の前に立つ牛島の顔や声の調子は、いつものそれと変わらなかった。
確かに……先ほどは、その眼の光に有無を言わせぬ敵意――むしろ、殺気と呼んだ方が相応しい――が満ちていたように見えたが、今の牛島の眼や態度からは、そんなものは微塵も感じない。
そんな牛島の様子が、薫を迷わせた。
迷いは、それまで彼が疑いもしなかった確信の土台を激しく揺さぶる。
目の前に立つ男が、自分の親友の仇なのか、それとも、以前と変わらぬ信頼に足る味方なのか――。
そして――薫は決断した。
この際、牛島に疑念を直接ぶつけて、その反応から真実を見極めようと。
――『早まった真似はするなよ』
アジトで斗真からかけられたもうひとつの言葉が脳内に響くが、薫はその声を無視した。
決断した彼は、水筒の中に残っていた水を一気に飲み干して、カラカラに渇いた喉を潤す。
そして、細く長い息を吐いて気を落ち着けると、眼前に立つ牛島の顔を見つめ、舌と口をぎこちなく動かす。
「お……オッサン。じゃ、じゃあ……この際だから、ひとつ訊いても……いいか?」
「ああ、もちろん。どんな事だい?」
自分の言葉に対して、穏やかな微笑を浮かべながら鷹揚に頷く牛島に一瞬気勢を殺がれかける薫だったが、首を左右に激しく振ると、清水の舞台から飛び降りる覚悟で一気に言葉を吐いた。
「あ……あの日、健一を殺したのは、ホムラハヤテなんかじゃなくて……本当はアンタなんじゃないのか……って事なんだがよ――」
「ああ……そういう事か」
薫の言葉を聞いても、牛島の表情に特段の変化は無い。ただ、どこか愉快そうに鼻を鳴らすだけだった。
「君はずっと、そんな事を考えながら、私と暮らしていたのかい? どおりで、最近の君の様子がおかしかったわけだ」
「も……もちろん、そんな事は有り得ないし、バカなオレのバカな考えだって事は分かってる。……でも、どうしても、その考えが頭を離れなくてよ……。気分を悪くしちまったらすまねえ」
「ははは、この私が、健一くんをねぇ……」
――どうやら、今まで自分が抱いていた疑念は、まったくの見当違いだったらしい。
楽しそうに笑い飛ばす牛島の反応を見た薫は、そう直感し、深く安堵する。
「そ、そうだよな! そんな事、ある訳無ぇもんな! いくら何でも、自分の味方……しかも、あんなに小さな子どもを殺すなんて――」
「――君の疑念通りだよ、薫くん」
「…………は?」
一瞬、牛島がどう答えたのかが理解できなかった薫の口から、間の抜けた声が漏れた。
「は?」
彼は、唖然として、もう一度繰り返す。
今、耳に飛び込んできた牛島の声を空耳だと信じ込みたくて、引き攣った笑みを浮かべた薫は、その声を激しく震わせながら、変わらず穏やかな笑みを浮かべている牛島に問いかけた。
「お……オッサン。ひょ、ひょっとしたら、オレの耳がイカレちまったかもしれねえ。……も、もう一回訊――」
「何度訊かれても、答えは変わらないよ、薫くん」
「……え?」
震える彼の声を、冷たい響きを湛えた牛島の声が遮った。
呆気に取られる薫を前に、牛島は薄笑みすら浮かべながら言葉を継ぐ。
「君が今まで心の中に抱いてきた私への疑念――当たっているよ」
そこで一旦言葉を切った牛島は、皮肉げに口の端を吊り上げると、牛島の顔を見下すように嗤いかけた。
「……あの日、健一くんの命を奪ってあげたのは、他ならぬ私だよ、薫くん」
「……ッ!」
まるで、タバスコ入りのシュークリームを食べさせるイタズラを告白するかのような口調で健一の殺害を打ち明けた牛島の顔を、薫は飛び出さんばかりに見開いた目で見上げた。
そして、唇を激しく戦慄かせながら、血を吐くような声で言う。
「な……何で? 何で……だよ? 何で……仲間の健一を……?」
「何でって……」
薫に尋ねられた牛島は、コクリと首を傾げてから、事もなげに言ってのけた。
「そりゃ――仲間だからだよ」
「は――?」
あまりに突拍子もない牛島の答えに、怒りすら超えて唖然とする薫。
そんな彼に向けて、微笑みすら浮かべながら牛島は言葉を継ぐ。
「健一くんは、装甲戦士テラとの戦いで、肩に致命的な損傷を負った。その上、自身の装甲アイテムであるZ2バックルすら奪われ、装甲戦士として二度と戦えない身体になってしまった……」
「……」
「この異常な世界で、装甲戦士の力を持たないタダの子供が生きていくのは不可能だ。――だから、私が手助けしてあげたんだよ。こんな辛いだけの世界の軛から解き放たれて、楽になれるように、ね」
「ふ……ふざけた事を言うんじゃねえッ!」
牛島の言葉に、薫は激しい怒りを露わにして絶叫した。
彼は、血走った目で牛島を睨みつけながら、牛島を糾弾する。
「何が手助けだ! 神か救世主にでもなったつもりか、テメエ!」
「……」
「健一が戦えなくなったのなら、護ってやりゃいいじゃねえかよ! オレやアンタみてえな、戦える奴らがよ!」
「……そんな簡単な話じゃない。食料にだって限りはあるし――」
「食うもんが少ないんだったら、オレがいつもの倍調達すりゃいいし、オレの分の半分を健一に回してやればいい! 健一が戦えないんだったら、オレがその倍戦ってやる! それが、“仲間”ってモンだろうがッ!」
薫は、ギリリと唇を噛みしめながら、牛島の顔を憎々しげに睨みつける。
「――何が、『仲間だから』だよ! テメエのした事は、仲間に対してするもんなんかじゃ断じてねえ! それは、『壊れた道具をゴミ箱に捨てた』って事なんだよ! 他人を道具扱いするテメエなんぞが、軽々しく“仲間”なんて言葉を使うんじゃねえッ!」
薫は咆哮するかのように叫ぶと、ポケットに手を突っ込み、銅色のツールサムターンを取り出し、左手のツールグローブに挿し込むと、迷う事無く一気にサムターンを回した。
「アームド・ツール、換装ッ!」
彼の声に呼応するかのように、ツールサムターンが眩い光を放ち、薫の身体をすっぽりと包み込む。
――その一方で、
「……やれやれ」
薫が装甲を纏う様子を悠然と眺めながら、牛島は皮肉げな薄笑みを浮かべた。
「残念だよ、薫くん。君もまた、彼と同じタイプの、くだらない人間だったんだね……」




