第二章其の陸 回転
「てめえっ! 舐め腐った事をしやがって! ……だが、オレがこの姿に換装したら、忌々しいテメエも、もうオシマイだぜ!」
「……」
ツールズ・トゥーサイデッド・ソーを頭上に振り上げながら、ツールズは勝ち誇ったように吠えた。
そんな彼を、テラは片膝をついたまま、無言で睨め上げる。
そんな彼を憎々しげに見下したツールズは、憎悪に満ちた声を上げた。
「どうした? 怖くて腰が抜けちまったかぁ? まあ、安心しろ! 痛ぇのは、真っ二つになる瞬間だけだからよ! ――多分なッ!」
絶叫と共に、ツールズの右腕のツールズ・トゥーサイデッド・ソーの回転刃が唸りを上げる。
「――チッ!」
ツールズの右腕が、ユラリと揺らいだのを見たテラは咄嗟に地を蹴り、大きく横に飛び退いた。
――ガガガガッ!
一瞬後、テラの居た地面が、トゥーサイデッド・ソーの回転刃が発した衝撃波の直撃を受けて、轟音と共に大きく爆ぜた。
「ッ――!」
地面の中に埋まっていた大岩がまるで豆腐のように砕け、無数の石礫と化して周囲に飛散する。
その礫の嵐に晒され、テラは大きく体勢を崩す。
「オラオラァ! 脚を止めるな! 死にたくなければ、必死こいて逃げろや、この逃げ足だけの狼男が! ヒャハハハハッ!」
ツールズは、嘲笑を込めて怒鳴るや右腕を大きく振りかぶり、テラに向かって跳躍した。
「トゥーサイデッドになっちまえ!」
「くっ――ッ!」
無数の礫弾を全身に受けたテラは、激しい痛みに歯を食いしばりながら、再び飛び退き、ツールズの振り下ろした回転刃を辛うじて避ける。
「――ウラァッ!」
だが、ツールズはすかさず横薙ぎの攻撃に切り替えた。
先ほどの攻防で右踵を損傷しているテラが、ツールズの横薙ぎ攻撃に逃れるには、僅かに距離が足りない。
回転を上げるトゥーサイデッド・ソーの回転刃が、テラの腹部装甲を浅く斬り裂いた。
「クッ……ウルフファング・ウィンドォッ!」
腹に灼けつくような痛みを感じたテラだったが、仮面の下で歯を食いしばる。
そして、右手の指を伸ばして手刀と為すや、ツールズの顔面目がけて素早く真空の風刃を放った。
風刃はツールズに向かって一直線に飛び、ツールズの仮面に炸裂する。
「グッ!」
不意の一撃に、ツールズは驚きの声を上げた。――が、
「……フンッ! こんなそよ風、痛くも涼しくもねえぜ! ハハッ!」
テラの必殺技の一つであるウルフファング・ウィンドがまともにヒットしたにも関わらず、ツールズの仮面にはかすり傷さえ付いていなかった。
一方のテラは、不安定な姿勢のままウルフファング・ウィンドを放った反動で、地面に激しく身体を叩きつけられ、ゴロゴロと転がる。咄嗟に大木の幹に左手を伸ばして回転する身体を支え、吹き飛ぶのを堪えた。
「痛……!」
その口から、苦悶の声が漏れる。斬り割られた腹に当てていた右掌を見ると、赤い血がベッタリと付いていた。
ややもすると遠くなろうとする意識を必死で繋ぎ止めながら、テラは状況を整理しようと、必死で頭をフル回転させる。
(……やはり、パイオニアリングソースタイル相手では、タイプ・ウィンディウルフの技は殆ど通らないか……。もっとも、今のは苦し紛れに放った不十分な技だったが――いや、たとえ万全の体勢で放ったとしても、あの重装甲は――)
――やはり、どう考えても、基本フォームと中間フォームの性能差を覆すのは容易なことではない。
(だったら――!)
テラは、覚悟を決めた。
(――危険な賭けだが、このウィンディウルフの特徴を最大限に利用する……それしか機は無い!)
そう心を決めると、テラはゆっくりと立ち上がり、前方で悠然と佇むツールズの姿を輝かせたアイユニットで睨みつける。
その視線を浴びたツールズが、不快そうに舌打ちをした。
「あ? 何だテメエ、その眼はよぉ? しおらしくしてりゃ、半殺しくらいで許してやろうと思ったが……。ふん――分かったよ」
そう呟くと、仮面の下で、口の端を吊り上がらせる。
次の瞬間、飢えた虎の如き大音声で叫んだ。
「だったら! せいぜい苦しんで死ね! 真っ二つになっちまってなぁッ!」
「――!」
ツールズが吠えると同時に、テラは地を蹴る。
「逃がす――ん?」
逃げるテラを追おうとしたツールズだったが、異常を感じて脚を止めた。
テラが背を向けて逃げるのでは無く、ツールズの周りをグルグルと回り始めたからだ。
「……ちょこまかと! 小癪な野郎め!」
ツールズは歯ぎしりをすると、背後に回られぬよう、その場に留まったまま、テラの動きに合わせて身体を回し始める。
その周りを回転するテラは、だんだんとそのスピードを上げていった。
「……」
ツールズも、テラが速度を上げるのに合わせて、身体を回す速さを上げる。
テラは、そんなツールズの反応にもお構いなしに、ますますスピードを上げた。
ツールズは、更に上がったテラのスピードに付いていこうと、回転のスピードを更に増す。
すると、テラは、更に速度を上げ――
「…………ッ! まだるっこしいッ!」
延々と続く堂々巡りに、短気なツールズの堪忍袋の緒が切れた。
ピタリと脚を止めた彼は、右腕のツールズ・トゥーサイデッド・ソーを水平に構え、その右腕に左手を添える。
「……だったら、今の状況に最適な、オレの取っておきの大技で一気に息の根を止めてやるよ!」
ツールズがそう叫ぶと、トゥーサイデッド・ソーの回転刃が、更に甲高い回転音を上げながら、激しく回転し始めた。
たちまち赤熱化するトゥーサイデッド・ソーを水平に保持したまま、ツールズはその場でゆっくりと回転し始める。
走り続けるテラは、それを横目で見るや、緊張で顔を強張らせた。
(……あの予備動作は――!)
間違いない。装甲戦士ツールズ・パイオニアリングソースタイル最大の必殺技――!
「うおおらあああああああっ!」
みるみる内に、ツールズの回転するスピードが増していき、赤熱したエネルギーを蓄えたトゥーサイデッド・ソーの回転刃の残像が、まるで土星の輪のようだ。
その激しい回転エネルギーと、トゥーサイデッド・ソーから溢れ出した余剰エネルギーとが空気を巻き込み、ツールズを中心にして凄まじい上昇気流が渦を巻く。――それはまるで、紅い竜巻の如く!
そして、充分に技が育った事を確信したツールズは、激しく回転したまま、高らかに叫んだ。
「食らえ! ツールズ・クリムゾン・トルネードォォォッ!」




