第十七章其の壱拾弐 焼跡
空中からニンジャ目がけて急降下してきたテラが激突した瞬間、彼が纏っていた炎が一層激しく燃え上がり、周囲はまるで昼間のように明るくなった。
「きゃああああっ!」
ふたりが戦っている場所からは随分離れた木の陰に立っていた碧とハーモニーだったが、あまりの眩い光と、身を焦がすような熱風に晒され、思わず顔を腕で庇いながら悲鳴を上げる。
ようやく炎と熱風が収まり、恐る恐る顔を上げるふたり。
そして、目の前に広がる光景を見て、思わず絶句する。
「……ど、どうなったの?」
「これは……ひどい……」
口元を戦慄かせながら、呆然とした口ぶりで呟くふたり。
ふたりの前には、凄絶な光景が広がっていた。
建っていた小屋の一棟は、巻き起こった熱波に煽られ、支柱のみを残して綺麗に吹き飛んでいた。辛うじて持ち堪えた支柱や、周囲に生えていた木々も、凄まじい熱に曝された為に一瞬で炭化し、ぶすぶすと煙を上げている。
まるで、ナパーム弾の爆心地のような状況を目の当たりにした碧とハーモニーは、ただただ慄然とするばかりだった。
「ふ……ふたりは……?」
ようやく我に返った碧は、顔を青ざめさせながら、戦っていたニンジャとテラの姿を探す。
ハーモニーも、狼狽した様子で、周囲をキョロキョロと見回した。
――と、その時、
『『――エラー! エラー!』』
「「――ッ!」」
聞こえてきた警告音と合成音声を聞いたふたりは、思わず顔を見合わせると、その音がした方向へ走った。
「――いた!」
最初にその姿を見付けたのは、碧だった。
「はあっ……はあっ……はぁッ……!」
両手に毟り取ったふたつのコンセプト・ディスク・ドライブを持ったまま、うつ伏せで倒れている男の元に、碧が駆け寄る。
「熱ッ……! ちょっと、大丈夫? ハヤテさん!」
まだ残るマグマが放つ高熱にたじろぎながらも、ハヤテの元に辿り着いた碧は、その肩を激しく揺すった。
「う……うぅ……」
彼女の呼びかけに、ハヤテは呻き声で答えながら、ゆっくりと身を起こした。
その身体は、無数の切創や刺傷、さらに自身のボルケーノフェニックスの装甲の高熱と炎による火傷で酷い有様だった。
だが、意識ははっきりしている様子で、彼は自分の身体を支える碧に向けて弱々しく微笑んでみせる。
「あ……ありがとう、香月さん。何とか……生きてるよ」
ハヤテの声を聞いた碧は、安堵で満ちる胸中をひた隠しにするように、殊更に仏頂面を浮かべた。
そして、彼に向けて敢えて苦言をぶつける。
「まったく……あなたは、無茶ばっかりして……!」
「……ごめん。でも……無茶でもしなければ、ニンジャには勝てなかった……よ」
「……そういえば」
ハヤテの言葉にハッとした表情を浮かべた碧は、キョロキョロと周囲を見回した。
と、
「こ……ここに……」
碧たちから十メートルほど離れた所で、ハーモニーの装甲を解除した天音が、震える指先を伸ばして声を上げる。
「え……?」
彼女の様子が尋常でない事を訝しみ、碧は思わず立ち上がり、天音の方へと歩み寄る。
そして、彼女の震える指の先に視線を向け、
「嘘……っ?」
両手で口元を押さえ、声を上ずらせた。
――ふたりの視線の先には、激しく焼け焦げ、不様に変形した装甲戦士ニンジャ・陰遁形態の装甲の上半分が仰向けに倒れている。その身体は、鳩尾のあたりから下が無くなっていた……。
目の前の惨たらしい場景に、碧は感情を忘れてしまったかのように呆然とするしかなかった。
と、
「あ……あれ……」
「え……?」
天音の震え声が耳に入って、ようやく我に返った碧は、嫌な予感を覚えつつ、天音の視線の先を辿る。
「あ……」
そして、視界に入ったそれを見て、かすれ声を上げた。
「……もう半分……」
果たして、それは、ニンジャの下半身だった。
まるで丸太か何かのように無造作に転がるそれを目の当たりにした天音が、声も無くその場にへたり込む。
「だ……大丈夫、アマネちゃん? し……しっかりして!」
込み上げてくる吐き気で眩暈を感じながら、それでも碧は気丈に天音の事を気遣う。
「……」
碧に肩を揺すられながらも、天音は相変わらずの放心状態で、虚ろな目を二つに分かれたニンジャの身体を見つめているだけだった。
「ど……どうして……」
碧は、思わずそう呟いたが、どうしてこうなったかなど、考えるまでもない。
先程のテラの必殺技の威力を考えれば、いかに堅固な装甲戦士の最終フォームといえど、無事では済まない。
こういう結果になる事も当然だ。
「……っ」
――そう、心の中で納得できてしまう自分に対して、無性に嫌悪感を覚えた碧は、思わず自分で自分を殴りつけたくなる衝動に駆られる。
「何を……考えてるのよ、私。目の前で……知っている人が死んだっていうのに……」
「し……死んだ……」
「あ……」
思わず口の端から漏れた呟きに、天音がびくりと身体を震わせたのを感じた碧は、自分の迂闊さを呪った。
ニンジャ――周防斗真とまだ二回しか会っていない自分ですら、彼の死がこれほどまでにショックなのだ。このアジトで一緒に暮らしていた天音が受けたショックは、自分とは比較にならない程に大きいに違いない。
そんな彼女に、よりにもよって、『死んだ』なんて言葉を聞かせてしまうなんて……!
「ごめん、アマネちゃん! 今のは――」
「い……いやぁ!」
慌てて碧が声をかけるが、既に遅かった。
顔を引き攣らせた天音は、目から涙を流しながら、半狂乱になって叫び出した。
「イヤ……! イヤだよ! 健一くんだけじゃなくて、周防さんまで! あたしの知っている人が、こんなに簡単に居なくなっちゃうなんて……! 何で――」
「あ……アマネちゃん! 落ちついて!」
「イヤァアアアッ!」
碧の制止も振り切り、天音は激しく泣き叫びながら、一度は仕舞ったハーモニーベルを取り出し、鳴らそうと頭上に掲げる。
――その時
「――アマネちゃん、己の為に泣いてくれるのは嬉しいけど、落ち着いてくれよ」
突然、弱々しくも聞き覚えのある声が、ふたりの耳に飛び込んできた。
「――ッ!」
「その、人を食った声は……!」
その声を聞いた天音と碧は、慌てて声のした方へと振り返った。
ふたりの視線の先にいたのは――、
「やあ……。幽霊じゃないぜ。ちゃんと脚も……っつーか、胸から下も……付いてるよ。辛うじて、ね」
焼け残った木の幹に凭れかかり、弱々しくも、いつもの彼らしい皮肉げな薄笑みを浮かべている周防斗真の姿だった。




