第十七章其の肆 陰遁
ギィンッ!
深い闇に包まれた森に、甲高い金属音が響き渡った。
「ぐぅっ……!」
一気に距離を詰めてきたニンジャの振るった忍一文字を、交差させたチタニウムタスクで辛うじて防いだテラが、思わずくぐもった呻き声を上げた。
「このパワー……さすが、ニンジャの最終フォーム……!」
「そりゃそうだよ」
テラの漏らした言葉に、嘲笑交じりの声で答えたニンジャは、クルクルと忍一文字を回転させながら、更に鋭い斬撃をテラ目がけて打ち込む。
「いかに、その装甲がパワーに溢れていようと、基本フォームは最終フォームのパワーには敵わないって相場が決まってるんだ。……装甲の基本出力自体がダンチだからね。――そして!」
「――ッ!」
突然、ニンジャの姿が目の前から消え、テラは狼狽えながら周囲を見回す。
と、
「――スピードもな!」
「グッ――!」
ニンジャの声が背後から上がると同時に、激しい衝撃を背中に受けたテラは、思わずバランスを崩し、二・三歩蹈鞴を踏んだ。
「こ、の――ッ!」
背中に灼けるような痛みを感じ、振り向きざまにビッグノーズを鞭のように撓らせて、横薙ぎに振り抜いた。
――だが、その空間には真黒な闇が広がるばかりで、ニンジャの姿は既に無かった。
テラは悔しげに舌打ちをする。
「――くそっ! 『忍技・陰渡』か!」
「ご名答。やっぱり知ってたか」
テラが吐き捨てた言葉に、どこからともなく響いてきたニンジャの声が応えた。
発動した技の種類を早くも見破られたニンジャだったが、その声に焦りの色は無く、寧ろ愉しげな響きすら籠もっていた。
「やっぱり、自分の手の内を知られてると戦りづらいなぁ。……まあ、いい。いくら手の内を知られていようが、パワーだけが取り柄のその装甲じゃ、己の装甲戦士ニンジャ・陰遁形態にはとても敵わない。……それも、アンタは知ってるんだろ?」
「……」
ニンジャの挑発するような言葉に、テラは仮面の下で奥歯を噛みしめる。
「くくく……」
そんな彼を嘲るように、ニンジャの含み笑いが夜闇の中で響いた。
その嗤い声は、近くからも遠くからも、右からも左からも聞こえてくるように感じる。どこにもいるようでもあり、どこにもいないようでもある。
「……!」
テラは周囲を見回すが、彼の周囲は既に、星の光すら見えない完全な闇に覆われていた。
(これは……“忍技・陰塗”――!)
テラの胸中に焦燥が満ちる。
――こんなに深い真闇の中では、ニンジャの気配が察知できない。
マスクの下のテラの素顔に、脂汗が滲む――。
「――クソッ!」
どこから攻撃を受けるか分からぬまま、いつまでも緊張を強いられ続ける事が遂に耐え切れなくなったテラは、小さく毒づくと、その左脚を大きく振り上げた。
「ビッグフットスタンプッ!」
彼はそう叫ぶと、振り上げた左脚を地面に叩きつける。
次の瞬間、大地が激しく揺れ、無数の亀裂が地面を走った。
「うぉっ……と」
「そこだッ!」
不意に地面が揺れた事に驚いたニンジャが上げた声を、テラ・タイプ・マウンテンエレファントの強化された聴覚は聞き逃さなかった。
すかさずテラは、声のした方にビッグノーズを伸ばす。
ガギィッ!
金属同士が擦れ、締め付けられた金属が軋みを上げる甲高い音とともに、ビッグノーズが獲物を捕らえた確かな感触を感じた。
すかさず伸ばした鼻を縮めようとするテラ。
それと同時に、ビッグノーズが引き寄せたニンジャの身体にカウンターの一撃を食らわさんと、右拳を引いて身構えた。
風を切る音と共に、ビッグノーズの先に巻きつけたものがどんどんと近付いてくる。
「はああ――ッ! エレファ・カウンターストライクッ!」
テラは何も見えない闇の中で、裂帛の気合とパワーを乗せた右拳を引き寄せたそれに思い切り叩きつけた。
――彼の放った渾身の一撃を食らったそれは、乾いた音を立てて、粉々に砕け散る。
「なっ――!」
驚愕の叫びを上げるテラ。
それも当然だ。
如何にマウンテンエレファントの力を込めたカウンターの一撃だったとしても、さすがに装甲戦士の身体を、装甲ごと粉砕する事は不可能だ……!
「……変わり身か!」
体に当たった破片を掴み、手触りでその感触を確かめたテラは、上ずった声で叫ぶ。
彼が掴んだのは、ささくれ立った木片だった。
「くくく……。どうだい、完全な闇の中での戦いっていうのは? 視覚が使えないってだけで、随分と戦い辛くなるもんだろうッ!」
「――ッ!」
不意にニンジャの声が聞こえたと思った瞬間に危険を察知したテラは、咄嗟に後ろへ跳躍した。
彼の鼻先スレスレを、銀色の閃きが上から下に走り、その直後に風を切る甲高い音が鳴る。
「ふぅん、今のを避けるか。それはアンタの戦闘センスが鋭いのか、それともその装甲の能力の賜物なのか……」
闇の中で、軽薄な響きの声が聞こえた。――背後から!
「ッ!」
テラは、自分がニンジャの仕掛けた最悪のコンボの術中にまんまと嵌ってしまった事を悟り、愕然とする。
“忍技・陰塗”――それは、装甲戦士ニンジャ・陰遁形態の技のひとつ。
自分の周囲十数メートルの範囲を完全な闇で包み込むというものである。
そして、“忍技・陰渡”――これは、闇に覆われている場所なら、あらゆる座標でも瞬時にワープ移動する事が出来るという能力。
そして、今のニンジャは、“忍技・陰塗”と“忍技・陰渡”を同時に発動している――!
――つまり、こういう事だ。
テラが、何とか陰塗のフィールドの外に抜け出そうとしたところで、その進路の先にニンジャは陰渡で瞬時に先回りできる上、更にその瞬間、ニンジャの周囲十数メートルが新たな陰塗のフィールドとなり、陰塗からの脱出は、振出しに戻るという訳だ――。
つまり、ニンジャによって“忍技・陰塗”に取り込まれ、更に“忍技・陰渡”を発動されてしまったら、ひとりでその領域から脱出する事は限りなく困難になるという事なのだ……。
(こ……こんなエグいコンボ……テレビのニンジャは使った事無いぞ……! じゃあこれは、周防が考えたオリジナルコンボか、クソッ!)
そう心の中で毒づきながら、今度は横に跳躍し、何とか“陰塗”のフィールドの外への脱出を図るテラ。光りひとつ無い“陰塗”の中で、闇陰の中での戦いを得意とするニンジャ・陰遁形態を相手にするのは、分が悪いどころの話ではない……!
「ハハッ! 無駄だよ、テラッ!」
「グッ……!」
――だが、そう簡単にフィールドからの脱出を許すほど、ニンジャは甘くなかった。
突然目の前に立ち塞がったニンジャの気配を感じ、テラは慌ててビッグノーズを振り上げる。
「うおおおおっ! ビッグノーズ・ラッ……」
「遅いぜ、鈍象!」
テラの放ったビッグノーズ・ラッソーの下を易々と潜り抜け、テラの間合いの内に入ったニンジャは、逆手に持った忍一文字を構えると、
「忍奥義……」
と、静かに言葉を吐きながら、音も無く身体を低く沈み込ませた。
そして、そのアイユニットを怪しく光らせ、
「――陰刻」
一際濃い陰を纏った無数の斬撃を、テラの体に撃ち込んだ――!




