第二章其の伍 旋風
戦闘の口火を切ったのは、ツールズだった。
「オラァッ!」
マルチプル・ツール・ガンをテラに向かって構えたツールズは、続けざまに銃爪を引いた。
連射された光の釘が五本、空気を切り裂きながら、前方のテラに向かって真っ直ぐに飛んでいく。
「――ッ! フラニィ、離れろッ!」
それを見たテラは、傍らのフラニィを突き飛ばすと、自分も身を翻して真横に跳んだ。
一瞬後、彼らの立っていた場所の真後ろに立つ大木の分厚い樹皮に、乾いた音を立てて五本の釘が突き立った。
もちろん、ツールズはテラが大人しく先制の光釘を食らってくれるなどとは、少しも思っていない。
素早くテラが跳んだ方向へ銃口を巡らし、仮面の下でせせら笑いを浮かべながら叫ぶ。
「テメエがそう動く事は読んでるよ! そこ――だ……?」
だが、彼の自信に満ちた声は、途中で半音上がる。彼の視線の先に居るはずだった蒼い狼の姿が無かったからだ。
「ど――どこだ?」
「……ここだ!」
キョロキョロと周りを見回すツールズの耳に、押し殺した声が届いた次の瞬間、彼の肩口に蒼いブーツの踵がめり込む。
「がッ――!」
ツールズが銃口を向ける前に木の幹を蹴り、上空高く跳躍したテラが放った踵落としをまともに食らったツールズは、思わず片膝をつく。
「く――クソがァッ!」
絶叫と共に、ツールズは肩の上に向かってマルチプル・ツール・ガンを乱射するが、テラの身体は、その射線上には既に無い。
「トルネードスマッシュ!」
ツールズから五メートルほど離れた地面に着地したテラは、すぐさまかけ声と共に右腕を突き出す。たちまち腕の周辺の空気が渦を巻いて竜巻と化し、ツールズに襲いかかる。
と――、
「チッ――ネイルスピアモード!」
舌打ちと共に紡がれたツールズの声と共に、マルチプル・ツール・ガンが光り輝き、瞬く間にその姿を拳銃型から巨大な釘を擬した細長い槍へと変えた。
「オラアアッ!」
その槍身にエネルギーを込め、迫り来る竜巻に向けて、無数の刺突を繰り出す。
テラの放ったトルネードスマッシュは、その刺突で生じたエネルギーの奔流で、たちまち掻き消された。
「うおおおおぉぉぉっ!」
ツールズは、咆哮しながら地面を蹴る。そのまま、前方でトルネードスマッシュを放った体勢のままのテラを鋭いスピアで串刺しにしようというのだ。
――が、
「――おおおおおっ!」
「な――にッ?」
テラは、身を屈めると、突っ込んでくるツールズに向かって跳んだ。
先ほどのように、テラが横か後方へ逃げると思っていたツールズは意表を衝かれ、自分に向かって真っ直ぐ突っ込んでくるテラへの対処が僅かに遅れる。
「ぐっ!」
テラの全体重を乗せたショルダータックルをまともに食らったツールズは、堪らず吹き飛んだ。
彼の身体は、地面に生えている草花を撒き散らしながらゴロゴロと地面を転がり、大木に背中から叩きつけられる。
「く……そが!」
「は――ッ!」
大木の根元で蹲ったツールズが苦悶の呻きを上げるのを見て、テラは好機を悟り、上空高く跳躍した。
十メートル以上も跳び上がり、頂点に達するや、身体を丸め、グルグルと激しく回転し始める。
「あ……あれは……!」
上空で回転し続け、みるみる蒼く光り始めるテラを見上げたツールズは、直感的に危険を感じた。
「あれは、テラの必殺技か――ッ!」
「……食らえ!」
テラは、激しく回転しながらその狙いを定める。標的はもちろん――!
「疾風・アックスキ――――ック!」
己の身を、剛風を僕にした巨大な戦輪と為したテラは、ツールズ目がけて急速に降下する。
ドラゴンの頭蓋すら真っ二つに割り裂いた鋭い足撃が、みるみる内にツールへと迫る。
だが、体勢を崩されたままのツールズには、その必殺の一撃を避ける暇は無かった。
「や……べ――」
「うおおおおおおおおおおっ!」
ツールズの身体と、蒼い光を放つ旋風と化したテラの踵が衝突した瞬間、目映い光が闇深い森を昼間のように照らし出し、巻き上がった猛風と衝撃波で薙ぎ倒された草木や抉られた土砂が舞い上がる。
テラの疾風・アックスキックが、ツールズに炸裂した――かに思われたが、
「……危ねえ。ギリギリで間に合ったか……」
「――ッ!」
もうもうと垂れ込める土煙の中で、圧し殺した声がテラの鼓膜を打ち、彼はハッとして自分の足先に目を落とした。
――彼が放った疾風・アックスキックは、ツールズの身体に届いてはいなかった。彼の踵を受け止めていたのは、鈍色に輝く巨大な回転刃――!
その刃と土煙の向こうで、歯車を擬したツールズのアイユニットが、憎悪と嗜虐に満ちた光を放ってテラを睨み据える。
「そのクセの悪ぃ脚……削り斬ってやらぁっ!」
絶叫と同時に、巨大なチェーンソーの刃が唸りを上げて回転し始めた。
「――グッ!」
今度はテラが苦痛の声を上げる。耳障りな摩擦音と共に、テラの踵を覆う装甲金属に回転刃がどんどん食い込んでいく……!
このままでは、装甲ごと彼の踵は真っ二つになってしまう――!
「と……トルネードスマッシュ!」
テラは、右腕を振り上げ、地面に向かってトルネードスマッシュを放った。旋風を繰り出した時に発生する反動を利用して、ヒールに食い込んだツールズのチェーンソーの刃を強引に引き抜く。
そして、そのまま後方に跳躍し、ツールズから十メートルほど離れた地面に着地する。
「お……ッ!」
だが、着地の際にバランスを崩し、彼は大きく蹌踉めいた。見ると右脚のブーツの踵に無数のヒビが入り、装甲の一部が剥落しかかっている。これでは、先程までの全力機動は困難だ……。
「やはり……基本フォームのシャープネイルスタイルとは、パワーも破壊力もケタが違うな……!」
テラは顔を上げると、収まりつつある土煙の向こうで仁王立ちする、巨大なツールズ・トゥーサイデッド・ソーを右腕に生やした異形の姿を睨み、その名を呟く。
「――装甲戦士ツールズ・パイオニアリングソースタイル……ッ!」




