第十七章其の弐 切札
「ッ! 忍技・犰狳楯!」
装甲戦士テラ・タイプ・マウンテンエレファントが振り下ろしたエレファ・ブランディング・スレッジハンマーが風を切る音を耳にしながら、装甲戦士ニンジャは素早く印を結んだ。
それに呼応するかのように、彼の手甲が鈍い光を放ち、まるでアルマジロの鱗甲板のような形に膨張する。
ニンジャは、まるでボクシングのガード体勢のように両腕を縦にし、硬化膨張した手甲でテラの攻撃を受け止めんとした。
「うおおおおおおっ!」
気迫に満ちた咆哮と共にテラが振り下ろした拳が、ニンジャの展開した犰狳楯に炸裂し、凄まじい火花と衝撃音が発生する。
「グ……ゥッ!」
体への直撃は防げたものの、テラのエレファ・ブランディング・スレッジハンマーの衝撃は凄まじかった。
上空でその一撃を受け止めた犰狳楯には、たちまち蜘蛛の巣のような亀裂が走り、力比べに競り負けたニンジャの身体は、真っ逆さまに地面に向かって落下していく。
彼の身体は、地上の小屋のひとつへと落下し、その屋根を易々と突き破った。
「ぐ……くそ……!」
小屋の床に背中を強かに打ちつけられたニンジャは、舞い落ちる木片や土埃を浴びながら、苦しそうに呻いた。
咄嗟に受け身を取ったものの、上空十数メートルから凄まじいスピードで叩き落とされたのだ。いかに装甲戦士の装甲が頑丈で強靭であっても、その衝撃は緩和しきれない。
「畜生……! 犰狳楯の展開と硬化が、一瞬だけ遅かったか……!」
背中と両腕に走る激痛を堪えながら、何とか身を起こそうとするニンジャだったが……彼に自分で起き上がるだけの暇は与えられなかった。
大穴の開いた天井から、何か細長いものが、彼に向かって真っ直ぐ伸びてくると、その胴体に大蛇のように絡みつく。
「――ッ!」
そして、驚く間もなく、ニンジャの身体が屋根に空いた穴に向かって強引に引き上げられた。
「――テラ……!」
屋根の上まで引き上げられたニンジャの目に映ったのは、灰色の巨象の装甲戦士のマッシブな姿。
自分の胴体に巻きついているのが、その特徴的な仮面から伸びた長い象の鼻だという事に気付き、ニンジャはその拘束から何とか逃れようと、懸命に身を捩る。
「くそが……!」
だが、ニンジャの身体を強く締めつけたビッグノーズは全く緩まぬままだった。
と――、
「うおおおおおおおお――ッ!」
テラは、鼻の先にニンジャを巻きつけたまま、首を大きく振り上げた。
「――ッ!」
反抗する事も能わず、ニンジャの身体が上空高くに放り投げられ、彼の身体を追うように、テラ自身も大きく跳び上がる。
――装甲戦士テラ・タイプ・マウンテンエレファントの必殺技である、“デブリ・フロー・フォールズ”への予備動作である。
ニンジャは実際に目の当たりにした事こそ無かったが、薫から技の概要は聞いていたので、すぐにその事に気付いた。
「……マズい――!」
グルグルと身体を回転させながら、どんどん夜空を上昇していくニンジャは、激しい焦燥に駆られながら呟いた。
彼はすかさず印を組み、状況を打開できる忍技を発動させようとするが――、
「……ぐっ!」
印を結ぼうとしたところで、ようやく自分の両腕が痺れて動かせない事に気が付いた。
「こ……これは……!」
「――それは、さっき俺が放った、エレファ・ブランディング・スレッジハンマーのダメージだよ」
「ッ!」
唐突に背後から聞こえてきた声にギョッとするニンジャ。ハッと振り返ると、異形の象の仮面が視界に入る。
上空でニンジャに追いついたテラは、今度はその太い両腕で、背後から彼の胴体をガッチリとホールドした。
テラは、そのアイユニットでニンジャの後頭部を睨めつけながら言う。
「犰狳楯で技の直撃は防げても、技の衝撃を和らげる事は出来なかったって事だ」
「あ……アンタ! はじめからコレを狙って、あの技を仕掛けたのか――!」
テラの説明に驚愕し、上ずった声で叫んだニンジャは、小刻みに震える己の両腕に目を落とす。
彼の声に、テラは小さく頷いた。
「お前――装甲戦士ニンジャの忍技は、全て印を組む事で発動する事は知っていたからな。逆に言えば、両腕さえ封じてしまえば、お前に勝機は無いって事だ」
「……チッ!」
テラの言葉に悔しげに舌打ちをするニンジャ。
「つか、汚くねえかッ? 装甲戦士ともあろう者が、こんな姑息な手段で相手の技を封じて、一方的な展開に持ち込もうなんてさ!」
「……この前の戦いで、装甲を換えようとした俺の事をシノビクナイで妨害してきたお前が言えた義理じゃないと思うけどな」
「ッ……」
毒づきを皮肉で返されたニンジャは、思わず言葉に窮する。
そんなやり取りを交わしている間に、ふたりの身体は上昇から下降に転じていた。
テラは、ニンジャを拘束する両腕に一層の力を込めると、高らかに技の名を叫ぶ。
「これで終わりだ! デブリ・フロー・フォ――」
「……くくく」
「――ッ?」
みるみる地面が近付くにもかかわらず、不敵な笑い声を上げ始めたニンジャの様子に、テラの胸に不吉な予感が過った。
「な……何だ? 何を笑っているんだ?」
「くくく……アンタ、知ってるかい?」
テラの問いには答えず、ニンジャは愉快そうに嗤いながら言う。
「――一流の忍びっていうのは、本当の切り札を土壇場まで温存しておくもんだって事をさ!」
そう叫ぶや、彼の右手に忽然と一巻の巻物が現れた。
「それは――!」
ニンジャの手に握られた漆黒の巻物の表面に、白抜きの墨書で書かれた『陰』の文字を見たテラが、驚きの声を上げる。
「形態変化――!」
それと同時に、ニンジャは高らかに叫びながら、片手で器用に巻物の封を解いた。
たちまち広がった巻物が、ニンジャの身体を覆うように広がる。
そして――、
「――『陰遁』ッ!」
ニンジャの声と共に、巻物から夥しい漆黒の靄が溢れ出し、たちまちの内に彼とテラの身体を包み込んだ――!




