第十六章其の陸 銃弾
「――いくぜっ!」
そう叫ぶや、ニンジャは両手を素早く動かし、印を結ぶ。
ニンジャが印を結び終わるや否や、彼の前に、黒光りする二丁の長銃が忽然と現れた。
「――忍技・襲鉛蝗!」
そう高らかに叫んだニンジャは、すかさず創成した長銃の銃把を握ると、小屋の屋根に立つテラに向けて照準を合わせると、間髪を入れず引鉄を引く。
「――ッ!」
自分の胸元に向けられた二丁の銃口が一斉にマズルフラッシュを吐き出すのを見たテラは、咄嗟に身を翻した。
そのまま、頭上スレスレを通過した銃弾が立てる甲高い風切り音を聞きながら、小屋の裏手の地面へと飛び降りる。
「――いい年して、かくれんぼの真似事か?」
「……」
小屋越しにかけられるニンジャの嘲り声を聞き流しながら、テラは次の手を考えようとする。
――と、
「ああ……そういえば、アンタは知っているかい?」
どこか愉しげなニンジャの声が、テラの耳朶を打つが、彼はその挑発的な声に問い返す事はしなかった。
それにもかかわらず、ニンジャはなおも言葉を続ける。
「――この、装甲戦士ニンジャ・金遁形態の“忍技・襲鉛蝗”なんだけどさ。この技には、結構なオタクでないと知らない様な裏設定ってのがあったんだよ」
「……?」
意図の分からないニンジャの言葉に、テラは訝しむ。
――と、その時、
“カチャリ”という微かな金属音が鳴った事に気付いたテラは、ハッとして頭上を振り仰いだ。
「ッ!」
宙に浮かんだ二丁の長銃が自分を狙っている事に気付いたテラは、驚きで目を大きく見開く。
「それは――」
そんな彼の狼狽を見透かしたように、小屋越しから聞こえるニンジャの声が弾んだ。
「“忍技・襲鉛蝗”の長銃は、遠隔浮遊操作が可能だって事さ! まあ、番組制作の予算がカツカツ過ぎて、結局テレビ番組の中では使われずじまいだった死に設定だったんだけどな!」
「――ッ!」
「食らいな!」
ニンジャの殺気が籠もった声と共に、宙に浮かぶ二丁の長銃の銃口が光る。
「くっ! ――バーニング・ロアーッ!」
激しい危機感を抱いたテラは、咄嗟に身を低く屈めつつ左腕を振り上げた。
たちまち現れた炎の獅子が、獣の如き咆哮を上げながら空中の長銃に襲いかかり、その高温の炎によって灼き溶かす。
だが――、
「ぐっ……!」
バーニング・ロアの攻撃が届くよりも一瞬だけ早く長銃から発射された銃弾は、テラの右太腿と左肩の装甲に命中した。
脚を撃たれて苦痛の声を上げたテラは、右手で太腿の傷を押さえながら、その場で膝をつく。
更に――、
「くっ……! これは――」
銃弾が食い込んだ左肩の装甲が、シュウシュウと音を立てながら、どんどん真紅の鮮やかな色を喪っていくのを目の当たりにして、テラは焦燥の声を上げた。
「ふ、腐食していく……。まさか、これは――!」
「――ご明察」
「ッ!」
振り向く間もなく、小屋の壁を突き破って放たれたニンジャの鋭い蹴りを受けたテラは、土埃を上げながら地面を転がる。
ささくれだった小屋の壁を両腕で押し広げて、悠然と出てきたニンジャは、地面に這いつくばるテラを冷ややかに見下しながら、自慢げに言った。
「さっき、アンタに叩き込んだ銃弾には、予め『忍技・金錆銀酸』の術式を仕込んであったんだ。まあ、弾は小さいから、『忍技・剣山鼠』の剣に比べれば威力は高くないけどな」
「……ちっ」
ニンジャの種明かしを聞いたテラは、小さく舌を打つ。
そんなテラの悔しそうな反応を見て、ニンジャは愉しそうにクックッと嗤ってみせた。
「ようやく、アンタの余裕を引っぺがす事が出来たみたいだな。さっきは何気にショックだったんだぜ。一方的にやられまくっちゃってさ」
「……」
「正直、アンタの事はそんなに嫌いじゃなかったよ。少なくとも、あの人に比べれば随分とマシだ」
「あの人……?」
「……分かるだろ?」
問い返すテラに向かって、ニンジャはおどけた態度で肩を竦めてみせた。
そして、両手を組んで指を鳴らしながら、ゆっくりとテラに向かって歩み寄る。
「アンタと酒を酌み交わしながら、装甲戦士シリーズの作品談義に花を咲かせるのも楽しそうだけどな。……生憎と今の己には、そんな呑気な事を言っている余裕は無いもんでな」
そう言うと、ニンジャは腕をゆらりと上げて、テラの左胸のコンセプト・ディスク・ドライブを指さした。
「それ――アンタの持ってる“光る板”を貰い受ける事にするよ。まあ、その装甲アイテムを“光る板”に戻す為には、アンタが死ぬ必要があるから、ついでに命も頂戴する事になるんだけどさ」
「……何で、そんなに“光る板”に拘っているんだ?」
よろよろと立ち上がりながら、テラはニンジャに尋ねた。
その問いかけに対し、ニンジャは一瞬言葉を呑んだような素振りを見せたが、静かに答える。
「……己は、強くなる必要があるからな。アイツに対抗する為に――!」
「ニンジャ……お前――アイツって……」
「おっと、無駄話はそこまでだ」
更に問いかけようとするテラに、はぐらかすように首を横に振るニンジャ。
(……ここでテラを斃したら、二重の意味でアマネちゃんに恨まれそうだけどな)
と、心に微かな痛みが走るのを感じながら、
「あばよ、装甲戦士テラ! ――忍技・襲鉛蝗!」
彼は素早く両手を組み合わせ、必殺技の印を切った――!




