第十六章其の伍 推測
瓦礫の中からゆっくりと立ち上がった装甲戦士ニンジャ・金遁形態は、“忍技・剣山鼠”の術を解き、体中から剣を伸ばした姿から、通常の装甲へと戻った。
そして、小屋の上から自分を見下ろしているテラに向かって、お道化た様にパチパチと手を叩いてみせる。
「いやー、正直驚いたよ。甘っちょろいはずのアンタが、あんなに容赦のない攻撃を連続で叩き込んでくるなんてさ。油断して不覚を取ったぜ」
「……本当に油断か?」
嘯くニンジャに対し、テラは右手に握ったフレイムブレードに再び炎を滾らせながら、挑発するように言った。
「俺には、為す術もなく、防戦一方だったように見えたけどな」
「……あら、バレてた?」
挑発するようなテラの言葉に反駁せず、ニンジャはあっさりと首肯してみせた。
「ぶっちゃけ、アンタの言う通りさ。さすがに、あれだけ大技を連続で食らわされたら、凌ぐ事で精一杯で、反撃に移るどころじゃないよ。……って言うかさ」
ニンジャは不敵に笑うと、テラの下半身を指さしながら言葉を継ぐ。
「アンタも結構ヤバいだろ? 膝が笑ってるのが、ここからでも良く見えるぜ。あんなに大技を連発したら、アンタの身体の方が持たないんじゃないか? 知らんけど」
「……そうでもないさ」
「一瞬、間が空いたよ。嘘が下手だな、アンタ」
「……」
強がってみせたものの、あっさりと内実を見破られたテラは、憮然として黙り込んだ。
そんな彼を、クスクスと嘲笑ってみせたニンジャは、ふと思わせぶりな声を上げる。
「なあ、テラ。ここで己が『このアジトに、ツールズとジュエルがまだ残ってます』って言ったら……どうする?」
「それは、無いな」
ニンジャの思わせぶりな言葉に、テラは即座に首を横に振った。
今度は即答したテラに、内心で少しだけ驚きながら、ニンジャは問いを重ねる。
「へえ……何で分かったんだい?」
「――さっき、お前はこう言った。『今度はタイマンで戦おうぜ』とな。つまり、今この場に残っているのはお前ひとりという事だ」
「……その発言自体が、アンタの意識をミスリードするブラフだって可能性もあるぜ?」
そう言いながら、テラの反応を慎重に観察するニンジャだったが、
「いや、お前の発言はブラフなんかじゃない。そうだろ?」
「へぇ……?」
テラが再び頭を振ったのを見て、不思議そうに首を傾げた。
「……何でそう言い切れる? その根拠は?」
「簡単な事だ。ドリューシュ王子の軍と戦っている時はおろか、この状況に到っても、ツールズとジュエルが一向に姿を見せないからだ。……俺があんなに大技を何度も繰り出してお前を攻め立てたのは、それを確かめる為でもあったんだ」
テラはそう言うと、ニンジャを指さして言葉を続ける。
「――お前は、俺のバーニング・ロアーの連撃を受けても、他に助けを求めようとする素振りを見せなかった。……つまり、ここには助けてくれる仲間が存在していないという事――違うか?」
「……ふふ。ご名答」
テラの言葉に、ニンジャは先程と同じように、わざとらしく手を叩いてみせた。
「確かに、アンタの言う通りさ。牛島さんと来島、それに沙紀の姐さんは、日が暮れてすぐにここを発って、“オリジンの村”に向かったよ。……だから、今ここに居るのは、己と……アマネちゃんだけだ」
「――ッ! アマネ……!」
ニンジャの口から出た“アマネ”の名に、思わずテラはたじろぐ。
彼が見せた動揺を、ニンジャは見逃さなかった。
「おや? そういえば、アンタはアマネちゃんと会わなかったのかい? アマネちゃんは、アンタに会う為にすっ飛んで行ったんだけどな」
「アマネとは……さっき会った」
「へえ……つか、アマネちゃんは、アンタの事を『健一坊の仇』だと思い込んでるみたいだけど、良くすんなりと解放してくれたもんだね」
「……アマネの事は、ルナに任せた。だから、俺はここに――」
「ああ、アオイちゃんか。そういえば、姿が見えないなぁって思ってたんだよ。なるほどねぇ、そういう事か」
テラの答えに、ニンジャは得心した様子で手を打つ。
――一方のテラは、先ほどまでの余裕が嘘のように消え失せた様子で、声を上ずらせてニンジャに問い質した。
「ど……どういう事なんだ? 何であいつが……アマネが、あの姿でここに居るんだ?」
「あの姿?」
「あの時の……十二年前、あいつが事故に遭う前の――まだ元気だった十五歳のままの姿で!」
テラは声を荒げると、両掌で頭を抱えた。
「ここにあいつが存在しているという事は、十二年前に堕ちてきたって事だ。――じゃあ、俺が居た世界で、病院のベッドに横たわったまま十二年間眠り続けていたアマネは何者なんだ?」
「……」
「そ――それとも、元の日本に居たあいつが本物で、この異世界に存在しているアマネがニセモノだという事なのか……?」
「……それは、来島から話を聞いた時から、己も気になっていた事なんだよな」
テラの言葉に、ニンジャも頷く。
そして、テラの顔をジッと観察しながら、静かに尋ねた。
「――で、実際にアマネちゃんと会って、アンタはどう感じたんだ? あの娘は、アンタの幼馴染の秋原天音とは違うのか、それとも、同一人物だと感じたのか……」
「……あいつは、ニセモノなんかじゃない……。俺が良く知っている、アマネ本人だった。間違いない」
テラは、ニンジャの問いに、確固とした自信に満ちた声で答える。
そして、困惑した様子で、また激しく頭を振った。
その時、
「……もしかすると」
「……!」
耳に届いたニンジャの声に、テラはハッとした様子で顔を上げた。
「な……何か分かったのかッ?」
「まあ……何の根拠もない推測だけどさ」
目の色を変えて食いつくテラの様子に、思わず苦笑を漏らしながら、ニンジャは頷く。
「出来の悪いマンガみたいな推測なんだけどさ。つっても、己たちがこんな異世界に堕とされた事自体、マンガか小説みたいな話だしな。――だったら、己が考えついた妄想みたいな考えも、可能性としては有り得るんじゃないかという……ね」
「そ……それは、一体どんな推測なんだっ? 教えてくれ!」
「……やだね」
「――ッ!」
テラの頼みを、ニンジャはすげなく断った。
「何で、敵のアンタに、ホイホイ親切に教えてやらなきゃいけないんだよ」
一度はそう言い捨てたニンジャだったが、思わせぶりに顎に指を当てると「ただ……」と言葉を続ける。
「――もし、この戦いで、アンタが己を倒せたら、教えてやってもいいぜ」
そう言いながら、ニンジャは背中に手を伸ばし、スラリと忍一文字を抜き放った。
「ただし、アンタにも相応のモンを賭けてもらおう。……そう」
そして、抜き放った忍一文字をテラの胸元に擬しながら、低い声で言った。
「己が勝ったら、アンタの持っている装甲アイテムを頂く事としよう。――もちろん、アンタには死んでもらって、空の“光る板”に戻った状態でな!」




