第十五章其の玖 役割
目の前で、天音が白亜色をした装甲に身を包んだのを目の当たりにしたハヤテは、愕然とした顔をする。
「あ……装甲戦士ハーモニー……! アマネ……まさか、お前だったのか――」
「あたしの名前を気安く呼ぶなッ、しょうちゃんのニセモノがッ!」
呆然としたハヤテの呟きに声を荒げたハーモニーは、紅いアイユニットをギラリと光らせると、手にしていた長いフルート――“聖者のフルートをマスクの口元に近付ける。
「――あたしの前から消えて!」
彼女はそう叫ぶと、フルートに口をつけた。
だが、
「……」
攻撃態勢に入ったハーモニーを前にしても、依然としてハヤテは、まるで石像と化したかのように立ち尽くしたままだった。
そんな彼を尻目に、ハーモニーはハヤテの胸元に狙いをつけ、銀色のフルートに息を吹き込もうとする。
「……健一くんの仇ィ――ッ!」
「――ハヤテさんッ!」
フルートから放たれた“音の弾丸”が、ハヤテの胸を貫こうとする寸前、ルナの金切り声が空気を揺らす。
次の瞬間、立ち尽くしたままだったハヤテの姿が、霞のように掻き消えた。
ハヤテを捉えるはずだった“音の弾丸”は目標を見失い、彼の背後に生えていた大木の幹に次々と命中し、無数の弾痕を刻みつけた。
「ちょっと……邪魔しないでよ!」
ハーモニーは苛立ちの声を上げると、顔を左に向け、その先で蹲る白金色の人影を睨みつける。
それは、ハーモニーの攻撃がハヤテに命中する前にサンダーストラックを発動し、すんでの所で彼を救った装甲戦士ルナだった。
「邪魔……するに決まってるじゃない!」
激昂するハーモニーを背中越しに睨み返しながら、ルナは声を荒げる。
「っていうか、あなた正気なの? 装甲戦士の攻撃を、生身のハヤテさんに当てようだなんて……!」
そう言いながら、彼女は、ハヤテの代わりにハーモニーの攻撃を食らった形になった大木に目を遣る。
ハーモニーの“音の弾丸”を受けた大木は、ミシミシと音を立てながら、真っ二つにへし折れた。
「こ……こんな攻撃を生身で受けたりなんかしたら、オーバーキルもいいところじゃない……!」
地響きを立てながら地面に転がった大木を見下ろしたルナは、背筋が寒くなるのを感じながらそう呟くと、両腕で抱きかかえていたハヤテの方に目を向けた。
そして、ハヤテの身体を乱暴に地面に下ろすと、その胸倉を掴み、睨めつける。
「――あなたもあなたよ、ハヤテさん! 何をボーっと突っ立てるのよ! 死ぬ気?」
「……す、すまない」
ルナの叱責に、ハヤテは思わず謝った。
そんな彼の顔をなおも睨みつけながら、ルナは大きく息を吐く。
そして、声のトーンを落として、「……ねえ」と、ハヤテに問いかける。
「――もしかして、あなた、あの娘の攻撃を受けて死んでもいい……なんて考えてたんじゃないでしょうね?」
「それは……」
「……図星か」
一瞬口ごもったハヤテの瞳の動きで、その真意を察したルナは、もう一度深い溜息を吐いた。
そして、
「――呆れた」
そう言い捨てると、おもむろに手を挙げると、ハヤテの頬を掌で打った。
パァンという乾いた音が、森の中に響き渡る。
「う……」
「何考えてるのよ、あなたはッ!」
頬を張られて、思わずよろけるハヤテの胸倉をもう一度掴み上げると、驚いた表情を浮かべた顔を引き寄せ、声を限りに怒鳴りつけた。
「私たちが、何をする為にここまで来たか忘れたのッ? 装甲戦士と戦おうとしている王子様を助ける為だったんじゃないの!」
「……!」
「なのに、あなたはこんなところで命を捨てる気なの? 王子様たちを助けるっていう、本来の目的を放り出して!」
「そ、それは……」
「……確かに、あなたの気持ちは分からないでも無いわよ」
ルナは、やや声の調子を落とし、ハヤテの胸倉を掴んでいた手を放すと、彼の目を真っ直ぐに見つめながら静かに言葉を継ぐ。
「ずっと寝たきりで話す事も出来なかった幼馴染と、こんな所で思いがけず再会して、しかもその娘は、何でかは分からないけど昔のままの姿で元気で……。でも、自分の事を『仇だ』って憎んでるみたいで……」
「……」
「そんな感じで……今のハヤテさんの頭の中は、色んな情報がいっぺんに降りかかってきて、理解が追い付かない――そんな感じなんだと思う。混乱するのも無理はないよ。……でもね」
ルナは、再び声の調子を厳しくさせ、更に続ける。
「難しいかもしれないけど、その事は、今は一旦忘れて。……そうしないと、王子様たち、三百の猫獣人たちの命を救えない!」
彼女がそう言った瞬間、森の奥から、喧騒が風に乗って聞こえてきた。
「――ッ!」
その音を聞いたルナとハヤテは、思わず身体を固くさせる。
微かに聞こえる音は、獣の咆哮の様な鬨の声や、たくさんの脚が大地を蹴る音や金属が擦り合う様な甲高い音だった。
――明らかに、戦闘している音。
「……始まった――!」
ルナは緊迫した声を上げると、ハヤテの背中を押した。
「ハヤテさん、あなたは先に行って! 王子様たちを助けに!」
「え――?」
ルナの指示に、ハヤテは驚きの表情を浮かべ、それから激しく首を横に振る。
「だ……ダメだ! それなら逆に、俺がここで戦うから、君が王子の救出を――」
「ダメ!」
ルナは、ハヤテの言葉を即座に却下した。
「今のあなたの心理状態じゃ、全力であの娘と戦う事なんて出来っこないわ。絶対に攻撃の手が鈍るか、また気が変わって、わざとやられようとしかねない。だったら、私が相手した方がいい」
「だ、だけど――!」
ハヤテは、ルナの言葉に反論の言葉を見つけられぬまま、それでも首を横に振った。
「き、君ひとりで装甲戦士と戦うのは、まだ早い! なら、俺も一緒に――」
「私たち装甲戦士の救援が遅れれば遅れる程、命を奪われるピシィナたちが増えるのよ。ふたりがかりで戦うとか、悠長な事を言っていられる余裕なんか無いわ」
「……」
ルナの言葉の前に、ぐうの音も出ないハヤテ。
「――大丈夫よ。心配しないで」
それでも心配げな表情を浮かべるハヤテに、ルナは殊更に声を張り上げ、腕を曲げて力こぶを作ってみせながら言った。
「私も、れっきとした装甲戦士よ。それに、今までの間、優秀な師匠に戦い方を教わってきたんだもの。だから――ここは私に任せて、師匠!」




