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装甲戦士テラ〜異世界に堕ちた仮面の戦士は、誰が為に戦うのか〜  作者: 朽縄咲良
序章 風纏う蒼き狼は、何と戦うのか
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序章其の弐 遭遇

 「な……何だ、ありゃあ……!」


 ようやく悲鳴の源に辿り着いた男は、奇妙な光景を前に目を飛び出さんばかりに見開き、その身体を硬直させた。

 彼の目の前、十数メートル前方には、二つの影が立っている。

 ひとつは、小柄な少女のシルエット。こんな深い森の中に居るにはそぐわない、ヒラヒラとした白布を身体に巻き付けたようなゆったりとした服を纏い、白銀色の長い髪をうなじのあたりで束ねた、()()()()()()()だった。

 ……比喩表現では無い。

 恐怖で引き攣る彼女の顔は、紛う事無く、白猫のそれだった。

 縦に長い瞳孔も、ふたつに分かれてぷっくりと膨らんだ口元も、頭の上にピンと立った大きな三角形の耳も、猫そのものだ。

 それなのに彼女は、人間と同じ様に、二本の脚で立っている。……実に奇妙な光景だった。

 ――だが、

 真っ先に男の目が惹きつけられたのは、彼女の姿にではない。


「ど……ドラゴン……?」


 彼は、思わず目を疑った。

 猫少女の眼前に立ち塞がり、大きく裂けた口元からダラダラと涎を垂らしているのは、長い尻尾を含めると全長五メートルは下らないであろう、巨大なドラゴンだった。

 赤錆色の鱗で全身を覆われ、その背中からは、“こうもり傘”のような黒い翼が小さく畳まれており、川岸の砂利を踏みしめる丸太のように太い四肢の指先からは、鋭く尖った爪が伸びている。


「な……何で、あんなのが……! ドラゴンなんて、空想上の生き物なんじゃないのか……?」


 彼は、呆然と呟いた。目の前の光景が、とても信じられない。


「――!」


 と、その時、

 気配を感じたドラゴンが、ギラギラと黄色く光る目を巡らし、突然闖入してきた男の姿を見つけた。

 次の瞬間――ドラゴンは、その巨大な眼を一瞬大きく見開く。

 そして、ゆっくりと口元を歪め、嘲笑(わら)った。

 ――まるで、新たな得物を見つけて喜ぶように。


「う――ッ!」


 ドラゴンの嘲笑を目にした瞬間、男の顔から音を立てて血の気が引く。

 そして、ドラゴンと同時に、その眼前で立ち竦んでいた猫の少女も男の存在に気付いた。

 彼女は、信じられないものを見たかのように目を見開く。

 そして、震える口を開いて、男に向かって必死に叫んだ。


「た――助けてッ!」

「――ッ!」


 少女の叫びを耳にした瞬間、男はハッと我に返る。


「ガァアアアアア――ッ!」


 その一瞬後、ドラゴンが咆哮と共に地を蹴り、男に向かって突進してきた。男の小さな体を一撃で噛み殺さんと、その大きな口を開いて鋭い牙を剥き出しにしながら、その巨体を躍らせる。


「くっ――ッ!」


 すんでの所で、男はドラゴンの牙を躱した。

 だが、そのはずみで川岸の砂利に足を取られ、地面に転がってしまう。

 慌てて身体を起こすが、その数秒のロスは、『ドラゴンから充分な距離を取る』という、男の数少ない選択肢を奪ってしまうには充分だった。

 気が付いた時には、男はドラゴンの間合いの中。今から身を躍らせても、到底ドラゴンの牙から逃れる事は出来ない距離だった。


「……っ」


 その現実を悟った彼は青ざめ、息を荒くしながら、それでも何とかして距離を取らんと、脚を動かそうとする。

 ――その時、


 チャリ……


「……ん?」


 左脚のあたりで金属が擦れるような音がした事に気付いた彼は、視線を脚へ向けた。

 ――今の今まで気が付かなかったが、左脚の太腿のポケットが不自然に膨らんでいる。


「な……何だ?」


 ドラゴンを牽制するように睨みつけながら、彼はそろそろと手を伸ばし、左太腿のポケットに入っているものを取り出した。


「何だこれ……板? ――光ってるぞ?」


 彼が手にしたのは、二枚の小さな板だった。不思議な事に、その板は金色の光を微かに放っている。


「……何だよ、コイツは?」


 男は、思わず舌打ちした。

 ナイフや“銃”ならば、ドラゴンと戦う力になるのに、こんな小さな板二枚では、攻撃を防ぐ楯にもなりはしない……。

 と――、


「グルルル……!」


 眼前のドラゴンが、低い唸り声を上げ、ゆっくりと頭を下げていく。――再び、男に向けて先程の突進を仕掛けようというのだ。

 こんなに近い距離では、さっきのようにドラゴンの突進を躱す余裕は無い。

 絶体絶命――!

 ……だが、諦める訳にはいかない!


(俺がもしコイツにやられたら、あの娘の命も無いんだ! ……戦え! たとえ敵わなくても、あの娘が逃げられるだけの時間を稼ぐんだ!)


 その為には……、


(クソッ! 何か無いのか? ――アイツを、ドラゴンと戦える力は――ッ!)


 ――と、彼がそう思った瞬間、手中にあった二枚の板が、それまでとは比べ物にならないほどの強い光を放ち始めた。


「――っ!」

「ウガア……?」


 その光の目映さに、男とドラゴンは、思わず目を瞑る。

 光は、ものの数秒で治まった。

 そろそろと目を開き、二枚の板を持つ手元を見た男は、思わず声を上げる。


「な――何だ、これは……!」


 彼の手に握られていたのは、もはや“板”では無かった。

 厚みがあり、一方の側面には“液晶画面”の窓がある、赤く塗装された正方形の箱状の機械と、十数センチほどのドーナツ型で、虹色の光を反射する“プラスチック”製の薄い板――。

 そのふたつの奇妙な物体を目にした瞬間、


「これは――“コンセプト・ディスク・ドライブ”と“コンセプト・ディスク”……ッ!」


 男の口から、ひとりでに言葉が漏れた。

 と、男はハッとして息を呑む。


(知っている……! 俺は、このふたつのものが何なのかを知っている――!)


 奇妙な確信を覚えながら、彼は自ら“コンセプト・ディスク・ドライブ”と呼んだ機械を持ち直し、“液晶窓”の横にあるボタンを押した。

 すると、ウィーンという駆動音と共に、“コンセプト・ディスク・ドライブ”の横面からトレイがゆっくりと出てくる。

 ()()()()()()()()()()をした赤い機械を見据えながら、男は小さく頷いた。


(そうだ……。そして俺は、コイツの使い方も知っている!)


 そう確信した男は、ゆっくりと面を上げ、眼前のドラゴンを睨みつける。

 先程の眩しい光で、ドラゴンは一瞬視力を失ったようだが、だんだんと回復しつつあるようだ。その瞼をしきりに開閉させながら、巨大な目玉をギョロギョロと巡らし、獲物(おとこ)の姿を探している。


 ――この好機を逃してはならない!


 男は意を決すると、踏ん張るように脚を広げ、左手に持った“コンセプト・ディスク・ドライブ”を前に掲げた。


 どうすれば良いのかは、もうハッキリと思い出した!


 彼は、右手の“コンセプト・ディスク”を同じ様に前に掲げ、深く息を吸い込む。

 そして、心を落ち着けようとするかのように軽く目を瞑り、ゆっくりとその言葉を吐き出す。


「……装甲戦士(アームド・ファイター)……」


 次の瞬間、カッと大きく目を見開き、肺の空気全部を一気に吐き出し、叫ぶ!


「装・着ッ!」


 そして、右手のディスクをドライブのトレイに載せると、一気に本体の方へと押し込んだ。

 ――と、

 “コンセプト・ディスク・ドライブ”の液晶画面が光り、『Now Loading』の文字が浮かび上がる。

 そして、男が“コンセプト・ディスク・ドライブ”を己の左胸に押しつけた瞬間、先程に倍する七色の光の奔流が溢れ出し、まるで蛇のように男の体に絡みつき、包み込んだ。


「ガ? ガアアアアアッ!」


 その異様な光景に、さしものドラゴンも驚きの咆哮を上げ、怯えるように――或いは攻撃に備えるように、その姿勢を低くする。

 時間にして十数秒――。

 男を包み込んだ光の奔流は、突然四方に弾け飛んだ。


「グオオオオオオォォォォッ!」


 本能的に脅威を感じたドラゴンが、一際大きな咆哮を上げる。眼前に立つ、ただひとりの影に向かって。

 その影は、大きく両手を広げ、立っていた。

 だが、その格好は、先程までの“Tシャツ”と“カーゴパンツ”という出で立ちではない。

 濃紺を基調とした色合いの、体に密着した全身スーツに、脚部と腕部にはメタリックブルーの装甲が付いている。

 胸部にも同じ色合いの装甲をあしらい、左胸には真っ赤に輝く“コンセプト・ディスク・ドライブ”が嵌め込まれていた。

 牙を剥き出した蒼き狼を模したマスクを付けた男は、ゆっくりと顔を上げると、眼前に立つドラゴンを睨みつけ、固く拳を握ると前に突き出す。

 そして、絶対の自信に溢れた声で、声高に叫んだ!


「……装甲戦士(アームド・ファイター)テラ・タイプ・ウィンディウルフ! 完・装ッ!」

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