第十五章其の漆 確信
「え――?」
愕然とした様子のテラが呟いた声に、驚きの声を上げたのはルナだった。
「あ、アマネって……あの、アマネさん?」
「……あ、ああ」
ルナの問いかけに対し、ぎこちなく首を縦に振るテラ。
「う……ウソでしょ?」
テラの反応を見たルナは、呆然としながら、十数メートル離れた草むらで無言のまま立ち尽くしている少女へと顔を向ける。
――確かに、ふたつに分けた長いおさげ髪、フレームの太い黒縁眼鏡、やや吊り目がちの大きな瞳といった少女の顔立ちは、以前にハヤテから聞いた“秋原天音”という少女の特徴と合致していた。
だが――、
「で、でも、おかしくない?」
ルナは、激しく狼狽しながらテラに向かって言った。
「だ、だって……元の世界のアマネさんは確か――十五歳の時にトラック事故に巻き込まれて、それから十二年間もずっと昏睡状態だったって――」
「……ああ」
「で、でも……!」
微かに声を震わせながら頷いたテラに、ルナは声を上ずらせながら叫ぶ。
「あそこに立っているアマネさん? ――は、どう見ても無傷だし、ましてや二十代にはとても見えないよ? むしろ、私と同じくらいか、少し下くらいの年齢にしか見えないんだけど……?」
「……ああ、そうだ」
ルナの問いかけに、三度頷くテラ。
「――あそこに立っているアマネは……あの時と同じに見える。トラック事故に遭う前の……元気だった、十五歳の頃のあいつに……」
「……どういう事なの?」
「――分からない!」
首を傾げるルナに対し、テラは思わず声を荒げた。
取り乱すテラの剣幕に、思わず身体をビクリと震わせるルナ。
だが、テラは、そんな彼女の怯えにも気付くと「すまない……」と詫び、やや声のトーンを落ち着かせて言葉を継いだ。
「――でも、これだけはハッキリと分かる。彼女は、本物の秋原天音――俺の幼馴染だ。間違いない」
「……」
一瞬、『何で、そんな風に断言できるの?』と尋ねかけたルナだったが、途中まで出かかったその問いは、喉の奥で引っかかった。
それは、理屈ではなく、彼の直感が間違っていないという事が本能的に納得できたという事……。ルナは、そう理解した。
すると、
(……?)
ルナは、胸の奥がチクリと疼くような、不思議な感覚を覚え、思わず左胸を押さえる。
――装甲に嵌め込まれたコンセプト・ディスク・ドライブに妨げられて、掌で直に感じ取る事は出来なかったが、心なしか、いつもよりも早く心臓が鼓動している……ような気がする。
(……何だろう? 何だか、心がざわざわする……感じ……)
どこか落ち着かない気分にさせる奇妙な感情に、ルナが戸惑いながら首を傾げた――その時、
「……蒼い狼の装甲。あなたが、装甲戦士テラね?」
「ッ!」
「……ッ!」
それまでずっと沈黙を保っていた少女が、初めて口を開いた。
彼女の声を聞いたテラとルナは、ハッとして、彼女の姿に注目する。
――そして、テラはゆっくりと頷き、逆に問いかけた。
「そういう君は――あ、アマネ……秋原天音、なのか?」
「……何で、あなたなんかがあたしの名前を? ――周防さんにでも聞いたの? それとも、あのバカの方? ――それか、聡おじ……牛島から?」
ほぼ初対面のはずのテラが自分の名前を知っている事に僅かに驚き、アマネは思わず尋ねる。
だが、テラは小さく首を横に振った。
「違う。誰からも、君の事は聞いていない。……というか、まさか、この異世界にお前が居るとは、今の今まで思いもよらなかった」
「……?」
「……いや」
テラは、声を震わせて呟くように言うと、おもむろに左胸のコンセプト・ディスク・ドライブのイジェクトボタンに指を添える。
「ちょ……! テラ、待って――!」
彼の意図に気付いたルナが慌てて声をかけるが、既に遅かった。
テラは、指に力を入れ、イジェクトボタンを押す。
『イジェクト』
コンセプト・ディスク・ドライブから乾いた電子音声が流れると、スーッと音を立ててディスクトレイがせり出してきた。
同時に、テラの全身を覆っていた装甲が淡い光を放ち始め、やがて消え去る。
装甲戦士テラから焔良疾風へと戻った彼は、胸から外れたコンセプト・ディスク・ドライブを掴んだ左腕をだらりと垂らしたまま、天音の顔をじっと見つめた。
「……日本に居る時から、再びお前の声を聞ける日が来るとは思わなかったよ、アマネ――」
「――ッ!」
ハヤテの素顔を見た天音は、眼鏡の奥の目を大きく見開く。
「あ……あなたは……!」
「ああ……」
呆然とした顔の天音を前に、ハヤテは僅かに目を潤ませながら頷いた。
「俺だよ。勝悟……仁科勝悟だ。お前の、幼稚園の頃からの幼馴染の――」
「……」
「もっとも……その姿のお前が知ってるよりも、随分と年を食っちまったから、俺が仁科勝悟だとはすぐには分からないかもしれないけど。……信じてくれ」
そこで一旦言葉を切ると、ハヤテは天音の顔をジッと見つめ、静かに言葉を紡ぐ。
「俺は、確かに仁科勝悟なんだ。二十七歳の……お前よりも十二年分年齢を重ねた……な」
「二十七……歳……」
ハヤテに見つめられた天音は、戸惑う様な表情を浮かべて、口の中で反芻するように呟いた。
「二十七歳の……しょうちゃん……?」




