第十五章其の陸 邂逅
「はぁ……はぁ……っ! ま、まだ追いつかないのかな?」
草が鬱蒼と生い茂る森の中を疾走しながら、装甲戦士ルナ・タイプ・ライトニングチーターが荒い息を吐きながら、前を走る蒼い装甲の背中に向けてぼやく。
「うん……まだ先みたいだ」
彼女の前を走りながら、濃密な闇に包まれた森の木々の間を透かし見た装甲戦士テラ・タイプ・ウィンディウルフは、小さく頭を振った。
そんな彼に、ルナは不安げな声をかける。
「ねえ……もしかして、道を間違えたりとかしてない?」
「……いや」
ルナの言葉に、チラリと足元に目を遣ったテラは、膝上まで伸びた草むらの中で、大勢の足跡で踏み固められた一筋の獣道を確認すると、再び首を横に振った。
「ドリューシュ王子たちが通った跡は、キチンと残ってる。俺たちは道を間違えてはいない。この獣道の先に、ドリューシュ王子たちは居る」
「“森の悪魔”――装甲戦士たちも、ね」
と、テラの言葉に一言付け加えたルナは、微かに身震いする。
もうじき、自分は装甲戦士と戦闘を行う事になる――その事が脳裏を過ったからだ。
本格的な戦闘は、初陣である装甲戦士ニンジャ戦以来だ。
あれから、彼女はテラに教えを乞いながら実戦的な訓練を積んで、装甲戦士としての戦い方を覚えた。一対一で、ニンジャ相手に終始劣勢だったあの時よりも、格段に強くなった自信があった。
――だが、敵が自分に明白な殺気を向けながら襲いかかってくる本当の実戦は、訓練とはまるで違うものだろうという事も容易に想像がつく。
そう考えると――やはり、体が震えた。
(ち、違うわよ。これは……ただの武者震いってやつよ!)
そう、彼女は心の中で独り言ちると、ブンブンと頭を振った。
そして、殊更に声を張り上げながら、背の高い草々を掻き分けながら前を進むテラに向かって尋ねる。
「で、でもさ! もうそろそろだよね? 装甲戦士になってから、一時間くらい走りっ放しなんだし!」
「……そうだな」
ルナの声に、テラも頷いた。
――キヤフェに向かうのを止め、“森の悪魔”討伐に向かったドリューシュ達を追いかけ、救援する事に決めたハヤテと碧は、少しでも早く追いつけるよう、それぞれの最速形態であるテラ・タイプ・ウィンディウルフとルナ・タイプ・ライトニングチーターの装甲を身に纏ったのだった。
装甲の性能により、普通に歩いていたのなら数時間もかかりそうな距離を、たった一時間で走破してきたのだが、彼らの疲労と――ルナの忍耐力は限界を迎えようとしていた。
「ね、ねえ! テラ!」
遂にルナは音を上げて、上ずった声でテラの背中に呼びかけた。
「い……急がなきゃいけないのは分かるんだけど、ちょっと……もう限界。少しだけ……休憩しない?」
「……」
ルナの言葉に、テラは足は止めぬまま、肩越しにチラリと後ろを振り向く。
そして、肩で息を吐きながら、それでも必死で自分について来ようと走るルナの姿に気が付くと、一瞬躊躇してから小さく頷いた。
「……そうだな。分かった。少し休もうか」
「……ゴメン」
ルナは、テラが一瞬見せた逡巡に、焦慮に駆られた彼の内心を察し、バツ悪げに謝った。
「あ……いや、大丈夫。――というか、俺の方こそすまない。少し気が逸ってしまってるみたいだ……」
「少し……ねぇ」
テラの言葉に、ルナは思わず苦笑する。
そんなルナの反応にも気付かぬ様子で、テラは再び前方に視線を向けると、背中越しに彼女に言う。
「――でも、ここじゃ休めるようなスペースも無い。もう少し走って、開けた場所があったら休憩しよう」
「……うへぇ」
すげないテラの言葉に、ルナは思わず悲鳴を上げ、それから諦念を込めた声で「……了解」と答えた。
――だが、天は彼女を見捨てなかった。
「あ……」
そのやり取りから十分ほど経って、黙々と走り続けていたテラが小さな声を上げ、その脚を止める。
「え? ちょ、どうしたの、急に?」
急に立ち止まったテラの背中にぶつかりそうになったルナが、慌てて抗議の声を上げた。
だが、テラは彼女の声も聴こえていない様子で、前方に目を向けたまま小さく呟く。
「ここは――」
「え……?」
彼の声が気にかかり、ルナもテラの肩越しに前方を見て、
「……何、コレ?」
思わず驚きの声を上げる。
彼女が驚くのも無理はなかった。
ふたりの目の前に忽然と現れたのは、生い茂る森の中でぽっかりと開けた、円状の空き地だった。
元々は、周囲と同じく生長した大木が生い茂る森だったであろう空き地の地面には、鋭利な刃物によるものとみられる鮮やかな切断面を露わにした無数の切株が植わっていて、更に奇妙な事に、空き地の中心には、幹の途中で真っ二つに切断された大木がいくつも積み重なっていた。
それは恐らく、切株の先に生えていた幹だろう。
――明らかに、自然に出来た光景ではない。
その異常な光景を目の当たりにしたルナは、マスクの中の目を丸くして、訝しげに首を傾げた。
「……何なの? まるであれ……そう、UFOが着陸した跡みたいな……」
「――いや、違う」
テラは、ルナの言葉に首を横に振る。
そして、彼は空地へと足を踏み入れ、空き地の中心で堆く積み重なった大木の幹に手を置くと、周囲を見回した。
そして、納得した様子で頷く。
「間違いない。ここは――あの日、牛島たちのアジトから脱出した俺とツールズが戦った場所だ」
「え――?」
彼の言葉に、ルナは驚きの声を上げる。
「じゃ、じゃあ……」
そして、キョロキョロと空き地を見回して、おずおずと訊いた。
「ここをこんな風に変えちゃったのは、テラと、その……ツールズっていう装甲戦士だっていう事……?」
「……うん」
「へぇ~……」
感嘆と呆れが入り混じったようなルナの声を聞きながら、テラは当時の事を思い出していた。
自分がこの異世界に堕ちて間もない時――フラニィを連れて逃げた自分が、待ち伏せしていた装甲戦士ツールズと戦った時の事を。
「……あ」
彼は、足元に埋もれていた切株に目を遣ると、小さな声を上げた。
ツールズの放ったツールズ・クリムゾン・トルネードによって真っ二つにされた大木の切株。その切断面から伸び始めた新しい枝が目に入ったからだ。
「そうか……。俺がこの異世界に来てから、もうそんなに時間が経ったのか……」
彼は、何とも言えない感慨を覚えながら身を屈め、切株から伸びた細い枝にそっと触れる。
――ガサリ
「「――ッ!」」
――その時、自分たちとは反対側の方から音が聞こえ、テラとルナはハッとして顔を上げた。
ふたりは顔を見合わせると、腰を落として油断なく身構え、音のした方に神経を集中させる。
――ガサリ ガサリ ガサリ……
……間違いない。この音は、二足歩行の何かが、草を踏みしめ歩く音だ。しかも、その足音はだんだんとこちらへと近付いてくる。
「……」
「……」
テラとルナは、息を詰めて、暗闇の向こう側から近付いてくる何者かの出方を窺う。
――やがて、木々の向こうから、ひとりの黒い影が現れた。
ふたりの緊張がさらに高まる。
「……誰だ?」
立ち止まった影に向けて、静かにテラが誰何した。
その時――、
天にかかっていた薄い雲の切れ間から漏れ出た星の光が、空き地を眩く照らし出す。
そして、その光は人影をも照らし出し、その顔を露わにした。
――ふたつに分けたおさげ髪に黒縁の眼鏡をかけた少女の顔を。
「……っ!」
その顔を見た瞬間、テラは思わず絶句した。
構えていた腕をだらりと下げた彼は、呆然とした様子で少女の顔を凝視している。
「……テラ?」
彼の様子に異様なものを感じたルナが声をかけるが、テラはその声が全く聞こえていない様子で、ただただ立ち竦んでいた。
そして、
「な……何で? 何で……お前が、こんな所に……いるんだよ!」
テラは、激しく声を震わせながら、少女に向かって叫ぶ。
「こ、答えてくれ――アマネ……ッ!」




