第十五章其の参 仲間
――『アンタらは焔良さんの事を、本当はどう思っているんだい?』
とニンジャに問いかけられたヴァルトーの部下たちは、僅かに目を見開き、当惑した様子で互いの顔を見合わせた。
そして、不安げな表情を浮かべながら、彼らの隊長の様子を窺う。
「……」
部下からの視線を浴びたヴァルトーは、一瞬言葉を詰まらせたものの、
「そ――それはもちろん、我らと意志を同じくする仲間だと……」
と、すぐに答えを返した。
だが、ニンジャは彼の僅かな表情の変化を見逃さなかった。
彼は、仮面の奥から微かな笑い声を漏らすと、ヴァルトーの事を指さしながら言う。
「アンタ――今、一瞬だけ返事に詰まっただろ?」
「そ……そんな事は――」
「“意志を同じくする仲間”ねえ……」
と、皮肉気な声色で呟いたニンジャは、僅かにたじろいだ様子のヴァルトーの事を睨めつけながら、わざとらしく首を捻った。
「果たして、本当にそう思っているのかな? 案外、アンタ達猫獣人さんたちは、肚の底では焔良さんの事を警戒してるんじゃないの? いつか、仲間面してた焔良さんがしれっと裏切って、己たちオチビトと同じように自分たちを襲うんじゃないか――って」
「そ……そんな事は無い!」
「ほら、また躊躇した」
「……っ!」
心の奥を見透かして、的確に急所を穿ってくるようなニンジャの言葉に、ヴァルトーは二の句が継げなくなる。
そんな彼に対し、ニンジャは肩を竦めながら、うんうんと深く頷いてみせた。
「いや、むしろ、それが当然だと思うぜ。人間って奴は、肚の底で何を考えてるかなんて、傍から見ても分かりゃしないもんだ。ましてや、アンタらと彼とは、猫と人間――種族すら違うんだ。そりゃ、本能的に警戒しない方がおかしいぜ」
「……」
「……安心したよ」
「? ……安心、だと?」
ニンジャの口から紡がれた意想外の言葉に、ヴァルトーは戸惑う。
「一体……何を安心したというのだ?」
「いや、ね」
ヴァルトーの問いかけに、ニンジャは言葉を探すように首を傾けながら答えた。
「この前の戦いの時に、アンタらと焔良さん――テラとのやり取りを見ててさ。ほんの少しだけ『ひょっとしたら……』って思っちゃったんだよ。――『己たち人間とアンタら猫獣人たちがお互いに、真の意味で分かり合う事が出来るんじゃないか』って。……でも、今のアンタの反応を見て確信した」
「な……何をだ?」
「そりゃあ――『ああ、やっぱり無理なんだ』ってね」
「……ッ!」
「ま、それは別に、人間と猫獣人だけに限った話じゃない訳だけど」
そう呟いたニンジャの脳裏に、温和な表情を浮かべながらも、目には常に油断のならない光を宿している、無精髭を蓄えた中年男の顔が浮かんだ。
(……たとえ百万遍生まれ変わったとしても、牛島さんとは腹を割って付き合える気がしないねぇ)
そう考えながら思わず苦笑を漏らしたニンジャは、ふと顔を後方に巡らし、夜闇に沈んだ木々の向こう――牛島たちがオリジンの村に向けて出発していった方向――を透かし見た。
(……大丈夫かな、来島の野郎。頭に血を上らせて、迂闊に突っかからなきゃいいけど……)
別れ際に、薫に『オリジンの村に入るまでは、今まで通り、知らぬ存ぜぬをつき通せ』と念を押してはいるが、どうにも心配だ……。
――と、
「――何を油断している!」
ヴァルトーたちは、ニンジャが一瞬気を逸らした事で生じた隙を見逃さなかった。
彼らは一斉に地を蹴ると、ニンジャに一太刀浴びせんと、手にした剣を大きく振りかぶる。
「食らえ――ッ!」
「……“油断”?」
だが、四方から一斉に斬りかかられたニンジャの挙措に、焦燥の色は欠片も見えなかった。
彼が手首を軽く捻ると、その掌中に四本のシノビクナイが忽然と現れる。
そして、大きく身体を捻ると、仮面の下で不敵な笑みを浮かべた。
「違うね。だって――己はハナからアンタらごときなんて、歯牙にもかけてないからな。油断のしようが無いんだよ!」
「ッ!」
ニンジャの身体から、やにわに夥しい殺気が迸り出たのを感じたヴァルトーは、一斉攻撃の無謀を悟り、慌てて部下たちに叫ぶ。
「いかん! 総員、散れ――ッ!」
「もう遅い! 派手に燃えちまいな! 忍技・劫火封じ――」
「――狂詩曲・音の壁」
必殺の炎壁を展開しようとしたニンジャの声を、凛と澄んだ女の声が遮った。
同時に、辺りに耳を劈く様な高音の旋律が響き渡り、ニンジャに襲いかかろうとしていたヴァルトーら猫獣人兵全員が、まるで見えない壁に圧し戻されたかのように後方へ吹き飛ばされる。
「うわああああっ!」
驚愕の声と共に草むらを転がった猫獣人兵たちだったが、不思議な事に、謎の攻撃を受けたにもかかわらず、身体は無傷だった。
「くっ!」
その事を不審に思いながらも、すぐさま身を起こし、もう一度ニンジャに挑みかかろうとするヴァルトーたちだったが――、
「く……な、何だ……?」
「み……耳が……!」
「め、目が……回る……」
猛烈な頭痛と吐き気と眩暈に襲われ、再び地面に倒れ伏してしまう。
「……」
一方、自身の必殺技を放つ前に、蹴散らすはずだった敵が勝手に吹き飛んでしまったニンジャは、大きな溜息を吐くと、指の間に挟んだシノビクナイを引っ込めた。
そして、
「……せっかくの見せ場を取らないでほしいなぁ」
とぼやきながら背後へ振り返る。
そして、暗闇の間からゆっくりと出てきた、純白の装甲を身に纏う小柄な装甲戦士の名を呼んだ。
「アマネちゃ――装甲戦士ハーモニーさぁ」




