第十四章其の壱拾壱 殿軍
「お……オリジンの村だって?」
牛島の発した言葉を聞いた斗真は、驚きのあまり、口をあんぐりと開けた。
薫も目を大きく見開き、呆然としている。
「お、おい、オッサン! 正気かよ? よ……よりによって、あのオリジンを頼るっていうのかよ?」
「さっきも言っただろう、薫くん。私たちが、他に頼るところなど無いじゃないか?」
「それは……そうだけどよ……」
思わず声を荒げた薫だったが、牛島の落ち着いた態度に気圧されて、その声と威勢はみるみる萎んでしまう。
「牛島さん……」
そんな彼に代わって声を上げたのは、斗真だった。
彼は、目を油断なく光らせながら、静かな声で牛島に問いかける。
「アンタは、簡単に『オリジンに頼る』と言うが……そうやすやすと、あのオリジンがアンタらの事を受け入れてくれると思っているのか?」
「おや……『アンタら』とは、まるで他人事みたいな言い方だね、斗真くん? ――まるで、自分は私たちとは別だとでも言いたげな感じだね」
「……そういう訳じゃない」
牛島の鋭い問いかけに、斗真は僅かに顔を引き攣らせながら首を横に振った。
「と……とにかく!」
そして、これ以上追及されるのを防ぐかのように、声のトーンを上げ、牛島の顔を鋭い目で見る。
「――牛島さん、オリジンは、そこまで甘くないぞ」
「……」
「アンタがオリジンの村を抜けた時に何をしたのか……よもや忘れてはいないだろう? あんな事をしておきながら、いざ危うくなったら逃げ戻ろうなんて、些か虫が良すぎる話だとは思わないか? オリジンはもちろん、村の他の連中も納得できないと思うぜ」
「……そうだね」
斗真の言葉に、牛島は神妙な顔になって小さく頷く。
「確かに、自分でも随分と都合の良い事を言っていると思っているよ。オリジンや村のみんなが、かつての私の所業をどう思っているかも、大体は予想がつく……」
「だったら――」
「謝るさ。誠心誠意、ね」
「「……!」」
薫と斗真は言葉を失い、互いの顔を見合わせた。
『謝る』――およそ、今までの牛島の言動と行動からは想像も出来ない単語が彼の口から出た事に、ふたりは驚くというより、むしろ呆気にとられたのだ。
そんなふたりをよそに、牛島は淡々と言葉を継ぐ。
「オリジンと他のみんなの前で、私の今までの行いを謝罪し、赦しを乞うつもりだ。土下座して詫びろと言われれば、その通りにしよう」
「オッサン……アンタ、何でそこまで――」
「生きるか死ぬかの瀬戸際だからね。体面を気にする事態じゃない。それに、私ひとりだけの事では無いから――」
そう答えると、牛島は部屋に集う面々の顔を順番に見回した。
「――私は、このアジトのトップとして、みんなの命を預かっているんだ。皆を救う為なら、私ひとりのプライドが傷つく事など、ほんの些事だよ」
「……」
牛島の言葉に、面々は返す言葉も無く黙りこくる。
それを賛同の証と認めた牛島は、大きく頷くと、再び口を開いた。
「では――準備を整え次第、夜闇に紛れて、速やかにオリジンの村に向かおうと思う。……とはいえ」
そこで一旦言葉を切ると、牛島は憂いの表情を浮かべる。
「いかに、森の中で馬での行軍が鈍っていようとも、猫獣人たちに追いつかれてしまう懸念も残る。――それに、疾風くんやもうひとりのオチビトが、先行して追ってくる可能性も考えられるしね」
「……ハヤ、テ――!」
牛島の言葉に、それまで沈黙を貫いていた天音がピクリと肩を震わせる。が、彼女の様子に気付いた者は居なかった。
「――だから」
と、牛島は斗真の方に顔を向ける。
「斗真くん、君にはこのアジトに留まる殿軍の役目をお願いしたい」
「……殿軍?」
突然名指しされた斗真は、当惑したように首を傾げた。
そんな彼に、牛島は「そうだ」と、大きく頷いてみせる。
「敵を引きつけ、足止めし、味方が安全な距離まで退避する時間を稼ぐのが殿軍だ。難しい仕事だが、君ならやり遂げられるだろう」
「……それって、体のいい捨て石って奴じゃないのかい?」
と、皮肉気な笑いを浮かべてみせる斗真に、牛島は「そうじゃない」と頭を振った。
「別に、捨て石となって死ねと命じている訳では無いよ。十分に時間を稼いだところで、君も退き、オリジンの村へと向かってほしい。簡単ではない役目だが、実力のある君なら……いや、君にしか頼めない。――頼む」
「……」
「ちょ! ちょっと待ってくれよ、オッサン!」
憤慨した様子で、ふたりの間に割って入ってきたのは薫だった。
彼は目を剥きながら、牛島に向かって詰め寄る。
「お、オレにだって、そのくらいは出来る! 猫獣人と、装甲戦士のふたりの足止めくらい……オレにだって――」
「いや、君には無理だよ、薫くん」
「――ッ!」
必死の訴えをあっさりと退けられ、薫は顔面を蒼白にして愕然とした。
そんな彼の顔を冷たい目で見据えながら、牛島は静かに言葉を継ぐ。
「さっきも言っただろう? 君の態度に迷いを感じると。……それに、君の装甲フォームは、木々の生い茂った森の中では十分に力を発揮できない事が、今までの戦いからハッキリ分かっているし……何より、君は一度テラに完敗している」
「――ぐッ!」
「……君には、傷の癒えていない私と、戦えない槙田さんの護衛をお願いしたい。――天音ちゃんと一緒にね」
「ぐ……わ、分かった……よ……」
牛島の言葉の説得力の前に、薫は抗弁する事が出来ず、言い知れぬ屈辱感を感じながらしぶしぶと頷いた。
――と、その時、
「――嫌」
「――!」
ぼそりと呟かれた声が、狭い部屋の中に響き、その場にいた全ての者が、声のした方に視線を向ける。
――声の主は、牛島の布団の横で膝を抱えていた天音だった。
「ねえ……天音ちゃん。何が嫌なのかしら?」
怪訝な表情を浮かべながら、沙紀が彼女に尋ねる。
すると、天音は床に視線を向けたまま、独り言のように小さな声で答えた。
「あたしも……残る」
「え……? 残るって?」
天音の言葉を聞き間違えたかと思った沙紀が、もう一度訊き直す。
「ひょっとして……残るって、ここに?」
「……うん」
「ば……バカ言ってんじゃねえよ、アマネ!」
コクンと頷いた天音に向かって、薫は慌てて声を荒げた。
「さ……さっきオッサンも言ってたじゃねえかよ! シンガリっていう役目は、簡単には務まらねえって――!」
「そんなの知らないよ! とにかく、あたしはここに残って、攻めてくる奴らと戦うの!」
薫の声を金切り声で遮って、天音は勢いよく立ち上がる。
そして、薫の顔を睨みつける天音の顔は、抑え切れぬ激情と哀しみで歪んでいた。
その形相を見た薫たちは、思わず絶句する。
「そう……戦わないと。あたしは……戦わなきゃいけないんだ……!」
沈黙する三人を前にした天音は、彼らではなく、まるで自分自身に言い聞かせるかのように、暗い声で呟いた。
「……そう。健一くんを殺した上に、何故だか知らないけど、ショウちゃんの名前まで騙ってる……ホムラハヤテって奴と――ッ!」




