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装甲戦士テラ〜異世界に堕ちた仮面の戦士は、誰が為に戦うのか〜  作者: 朽縄咲良
第十三章 無数の糸は、如何にして絡まり合うのか
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第十三章其の壱拾壱 確執

 前のミアン王国国王アシュガト二世が王都チュプリに潜入した“森の悪魔”によって崩御した後、王位を継いだイドゥン・レゾ・ファスナフォリック――イドゥン一世だったが、彼に対する王国民の評価は芳しいものではなかった。


 彼は、王位に就くや、王国内に居住する男たちを掻き集め、王宮の大改築に取り掛かり始めた。

 建前としては、“森の悪魔”の侵入を易々と許してしまった現王宮を一層堅牢にし、再発を防止する為――というものだったが、実際には防禦の要であるはずの城壁や外堀・櫓や塔にはほとんど手を付けず、もっぱら、王が居住する主殿の拡張と装飾に関わる工事にばかり労働力が割かれていた。

 多大な労力を費やした甲斐あって、僅か四週間(メヒル)足らずという短期間で完成した主殿は、質素倹約を旨としていたアシュガト二世時代とは見違える程に豪奢で美しく、更に巨大な建物となったものの、肝心の防禦力の増強という目的に関しては、とても達成したとは言い難いものだった。

 完成した主殿を見上げる王国の重臣たちは、一様にその華美さに驚いたが、同時に「もしや、陛下の目的は、はじめから王城の堅牢化などではなかったのではないか……?」という邪推を抱く。

 だが、その事を口にする者は、誰もいない。――否、口にしたくとも、出来なかった。

 なぜなら、イドゥン一世の御代になってから、下手に王の機嫌を損ねたり、反対意見を述べようとする臣民には、例外なく即位後新たに設立された国王直属の親衛士団(ナーヴィア)による拘束――或いは死が待っていたからである。


 イドゥン一世による苛烈な治世は、王都キヤフェ全体に沈鬱な空気をもたらし始めていた――。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 「――最近は、“森の悪魔”共も随分と大人しいようだな」


 以前とは見違えて絢爛な内装となった“王の間”で、長テーブルに所狭しと並べられた料理に忙しなく手を伸ばしながら、イドゥン一世は上機嫌で言った。


「……はい」


 彼の言葉を受け、直立不動の体勢で頷いたのは、彼の弟であるドリューシュ・セカ・ファスナフォリックである。

 顔に生えたヒゲ一本動かさず、殊更に表情を消したままで、彼は淡々と言葉を継いだ。


「オシス砦の守備隊からの報告ですと、数週間(メヒル)前に砦へ乗り込んできた“森の悪魔”をハヤテ殿が撃退して以降、新たな襲来は無いとの事です」

「フン! おい、ドリューシュ!」


 ドリューシュの報告を聞くやあからさまに不機嫌そうな表情を浮かべたイドゥンは、弟の事を睨みつけた。


「あの男の名に、“殿”など付けるな! 忌々しい“森の悪魔”だぞ、あいつは!」

「――あの男とは、ハヤテ殿()の事ですか?」

「だから、“殿”は止めろと言うておろうが!」


 イドゥンは、その黄色い瞳を怒りでギラギラと光らせながら、テーブルに拳を叩きつける。

 その衝撃でテーブルの上の皿に山と盛られた料理が零れ、真っ白いテーブルクロスを汚した。


「あの男――ホムラハヤテは、我ら気高きピシィナとは違う、“ニンゲン”とかいう野蛮な種族の者だぞ! そんな奴に、敬称など付けるな、愚弟が!」

「……お言葉ですが、ハヤテ殿は、“森の悪魔”でも、野蛮な種族でもありませぬ! かの力で、我らピシィナの危機を何度と無く救ってくれた、恩人であり友人です。その様な方の事を、斯様に悪し様に罵るのは止めて頂きたい!」

「ドリューシュ……、貴様!」


 兄を諫めるドリューシュの毅然とした態度に、イドゥンは目を血走らせ、怒りでギリギリと歯噛みする。


「こ……こら、ドリューシュ! あなたこそお止めなさい! お兄様――陛下に口答えするなんて……」

「そ、そうよ! 身分を弁えなさい!」


 怒りで身を戦慄(わなな)かせているイドゥンの傍らに並んで座っていたファアラとカテリナが、慌てて弟の無礼を窘める。もっとも、ふたりがドリューシュを注意したのは、弟の身を案じたからではなく、彼に煽り上げられたイドゥン(長兄)の怒りが、自分の方に飛び火しないように……という自己保身の為だったが。

 聡明なドリューシュは、そんなふたりの姉の心など容易く読み取ったものの、これ以上兄に反抗して、この場を荒立てる事は益無しと悟り、憮然とした顔で申し訳程度に頭を下げた。


「……生意気な口を叩きました。申し訳ございません、陛下」

「……フンッ! 愚か者めが!」


 不満を隠さぬドリューシュの態度に眦を上げるイドゥンだったが、ようやくの事で堪えて、弟に侮蔑を吐き捨てるだけで済ませた。

 ドリューシュは、今やミアン王国の第一王太子であり、その武力は全ピシィナの中でもずば抜けていて、今の王国軍には欠かすべからざる、貴重で重要な駒である。

 今ここで短気を起こしてドリューシュを処断してしまえば、最も困るのは他ならぬイドゥン自身だ。

 イドゥンとしては、事あるごとに反発する目障りな愚弟など早急に排除してしまいたいのだが、そういった事情もあって手を出せず仕舞いでいる。

 彼は思い切り顔を顰めると、手元のゴブレットを手に取り、中に注がれていたマタタビ酒を一気に呷った。

 そして、下品なゲップを吐くと、酔眼でドリューシュを見据えながら言う。


「ならば……好機ではないのか?」

「……は?」


 唐突にイドゥンの口から出た言葉の意味を測りかねて、ドリューシュは首を傾げた。


「あの……好機とは?」

「解らぬのか?」


 今度は血の滴る肉に齧り付きながら、イドゥンはドリューシュの顔をジロリと睨みつけながら言葉を継ぐ。


「貴様の報告によれば、ホムラハヤテが森の悪魔三匹にかなりの深手を負わせたのであろう?」

「は……はい」

「一方のこちらは、ホムラハヤテに加え、森の悪魔がもう一匹戦力に加わったというではないか」


 そこまで言うと、イドゥンは肉汁まみれになった口元を真っ赤な舌でべろりと舐めとった。

 そして、口の端を歪めて鋭い牙を露わにし、狂的な薄笑みを浮かべながら言葉を継ぐ。


「ならば……。今こそ、森に潜む忌々しい悪魔どもを一網打尽に討ち滅ぼし、彼奴等(きゃつら)の兇刃によって無惨にも殺された父上……先王陛下の仇を取る――この上ない好機だとは思わぬか?」

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