第十三章其の参 本名
「――オリジンからのメッセージ……!」
ガラリと、その身に纏う雰囲気を変えた男と、その口から放たれた言葉に、テラは驚きの声を上げる。
彼の呟きに小さく頷いた男は、二人の方に向き直ると、深々と慇懃に頭を下げた。
「――改めて、自己紹介させて頂こう。己は、装甲戦士ニンジャこと、周防斗真だ。気安く“トーマ”とでも呼んでくれ」
「周防――斗真……」
テラは、小さな声で、男の名を反芻した。
と、その傍らのルナが、首を傾げる。
「何だか……随分とカッコつけた名前ね。本当に本名なのかしら?」
「お、鋭いね、キミ」
ルナの呟きを聞いた男――周防斗真は、一転して相好を崩しながら指をさした。
次いで、自分を親指で指さしながら頷く。
「――その通り! さっき、お兄さんには言ったんだけどね。己は、向こうの世界ではアクション俳優の卵でさ。周防斗真っていうのは、その時の芸名だよ。あ、ひょっとして、本名も知りたい感じ――?」
「あ、別にいいわ。アナタの名前に興味は無いから」
「……つれないなぁ」
けんもほろろなルナの態度に苦笑した斗真は、二人の姿を一瞥すると、咎めるような声で言葉を継いだ。
「――ところで、アンタ達は、いつまでその格好でいるつもりなんだ? 己は既に戦意が無い事を伝えた上に、見ての通り装甲も解除しているっていうのに」
「……そんな事を言って、こちらを油断させておいてから、もう一度装甲戦士になって、私たちを不意打ちしようとしてるんじゃないの?」
「うわ、信用無いなぁ、己」
ルナの歯に衣着せぬ言葉に、斗真は顔を顰めつつ、大げさに肩を竦めてみせる。
「安心しな。そんな事をするつもりは無いよ。信じてくれ」
「さっきのアナタを見る限り、とても信用できそうも無いんだけど?」
「……いや、いい、ルナ」
斗真の言葉に依然として懐疑的な声を上げるルナだったが、そんな彼女を制したのはテラだった。
彼の声を聞いたルナは、振り仰いでテラの顔を見上げると、不満げな声を上げる。
「いいって……信用するの? この忍者男を!」
「いや……信用する訳では無いが……」
ルナの剣幕に辟易しつつ、テラは胸のコンセプト・ディスク・ドライブに手をかけながら言った。
「相手が生身なのに、こちらが装甲を纏ったままでは、腹を割った話ができない様な気がする。――心配しなくても大丈夫だよ、ルナ」
テラはそう言うと、コンセプト・ディスク・ドライブのイジェクトボタンを押す。
『イジェクト』
という無機質な合成音声が鳴り、ディスクトレイがせり出すと同時に、テラ・タイプ・フレイムライオンの装甲が淡く光り始め、淡雪が溶ける様に消え去った。
「いざとなったら、また装甲を纏って戦えばいい。二対一だから、こちらが有利なのは変わらないしな」
「……分かったわよ」
装甲を解除したハヤテの言葉に不承不承といった様子で頷いたルナも、胸の白いコンセプト・ディスク・ドライブのイジェクトボタンを押し、ライトニングチーターの装甲を解除する。
「――これでいいんでしょ、スオー!」
「ああ」
仏頂面のルナ――碧の声に一旦は頷いた斗真だったが、「あ、でも、一点だけ」と人差し指を立てた。
「できれば、さっき伝えたみたいに、己の事は“トーマ”と呼んでほしいなぁ……って」
「そんな事はいいから、さっさと話を続けてよ、スオー!」
「……ま、いいか」
碧の返事に再び苦笑いを浮かべた斗真だったが、気を取り直すように息を吐いてから、再び口を開く。
「じゃ、そろそろ本題に入ろうか。お兄さんに、お嬢さん――」
「……お嬢さんはやめて。アナタにそう呼ばれると、何か……キショい」
ブルリと身震いさえしながら、碧が言った。
「――私は、香月碧。“香月さん”って呼びなさい、スオー」
「了解」
斗真は、碧の言葉に頷くと、ニヤリと薄笑みを浮かべる。
「――よろしくね、アオイちゃん」
「あ! ちょっと――!」
「で――」
抗議の声を上げる碧を無視して、斗真はハヤテの方に目を向けた。
「お兄さんの方は、どうお呼びすればいいのかな?」
「どう……って?」
「そりゃあ……」
戸惑いながら問い返すハヤテに意地の悪い笑みを向けながら、斗真は言葉を続ける。
「――偽りの名である“焔良疾風”か、それとも、殺人犯の名である、本名の“ニシナショウゴ”の方か――?」
「――ッ!」
「ちょ、ちょっと!」
多分に悪意を含んだ斗真の言葉に、碧が抗議の声を上げた。
「その――殺じ……っていうのは付ける必要ないでしょ!」
「いや、だって事実なんだろ? 事実を言って何が悪い? まぁ、己がこっちに来た後の事件らしいから、直接は知らないけどさ」
「アナタ……! さっきの小屋の中の話を盗み聞きして――」
「諜報活動は、忍者の十八番だぜ、アオイちゃん」
斗真は、皮肉げに嗤うと、再びハヤテの方に顔を向ける。
「で……どうする? ま、自分自身も芸名を名乗ってる訳だから、己はどっちでも構わないけど」
「……できれば、焔良疾風の方で頼む。――この世界では、そう名乗っているから」
ハヤテは、砂を噛んだような表情を浮かべながら、ぼそりと言った。
彼の言葉を受けた斗真は、小さく頷きながら「……了解」と応え、先ほど見せたのと同じ真剣な顔になってから言葉を継ぐ。
「では、焔良疾風殿。――我らがボスたる、アームドファイターオリジンから言付かったメッセージを伝えよう」
「……牛島と同じように、『石棺を破壊する為に、仲間になれ』か? だったら――」
「いや、違う」
「……え?」
厳しい表情で、首を横に振ろうとしたハヤテだったが、斗真の否定の言葉に虚を衝かれ、その目を大きく見開いた。
「違う……? じゃあ、何を――」
「……それは」
戸惑いながら尋ねるハヤテの顔を真っ直ぐに見据え、斗真は静かに言う。
「オリジンは、こう言っていた。『焔良疾風は、この世界に存在する人間の中で著しく異質であり、実に興味深い。だから――僕に、君と会談し、お互いの意見を交わす機会をくれないだろうか?』――ってね」




