第十二章其の壱拾肆 火雷
「クッ……!」
至近距離で炸裂したスパークによって発生した、暴力的なまでの光をまともに見てしまったニンジャの視界が真っ白になる。
もちろん、ニンジャの装甲のアイユニットにも遮光機能が付いているのだが、ルナのセント・エルモス・ファイヤーの強烈な光は、その性能の防ぎ得る上限をやすやすと上回った。
そして、技の出がかりを見極めようと凝視していたニンジャの目もまた、猛烈な光の奔流をまともに浴びてしまい、網膜がその機能を麻痺させてしまう。
「目が……目がぁッ!」
ニンジャは左手で目を覆い、思わず身を竦めた。
「バーニング・ロアーッ!」
その隙を逃さず、テラが左拳を振るう。
たちまち現れた炎の獅子が、顎を開き、苦しそうに身を捩っているニンジャの身体を食いちぎらんと襲い掛かった。
「……くっ!」
ニンジャは近付く危険を察知し、盲いた目を押さえたまま、咄嗟に後方へと跳ぶ。
だが――、
「……隙ありっ!」
「……ぐッ!」
跳び退った先には、サンダーストラックで一瞬の内に回り込んでいたルナが待ち構えていた。彼女の爪の一閃で、ニンジャの背中の装甲が斬り裂かれる。
「な……舐めんな!」
「ッ!」
鈎爪で背中を引っ掻かれたニンジャは、声を荒げながら体を捻り、右手に握った忍一文字を横に薙いだ。
だが、視力が充分に戻らない内に放った斬撃では、ルナの身体を捉える事は出来ない。
手応えが無い事に、ニンジャは舌打ちをするが、悔しがる暇は与えられなかった。
「はあああああっ!」
「――ッ!」
轟ッ! という剣呑な音を鳴らしながら、テラのフレイムブレードがニンジャに向かって振り下ろされる。
ニンジャは、その音だけを頼りに身を翻し、紙一重のところで斬撃を躱した。
初撃を躱されたテラは、その場でくるりと身体を回転させながら、再び炎の大剣を担ぎ上げ、再びニンジャの肩口に振り下ろそうと力を込める。
「うおおおおっ――」
「――やらせるかよっ!」
先ほどの一撃を躱し、片膝をついた体勢のニンジャが左腕を振り上げた。その指の間には、一本のシノビ・クナイが挟み込まれている。
――と、ニンジャは振り上げた腕を、地面に向かって振り下ろした。
投げ放たれたシノビ・クナイが、ニンジャの足元の地面に突き刺さると同時に、彼は素早く印を切る。
「――忍技・壁火護陣!」
ニンジャが術名を叫ぶと同時に、彼の周りから円状に炎が噴き上がった。
「ぐっ!」
目の前に立ち塞がるかのように燃え上がった炎の壁に灼かれそうになり、テラは思わず怯む。
そして、自分の身体に纏わりつこうとするニンジャの炎をフレイムブレードで斬り払いながら後方に跳んで、距離を取った。
ひとまず安全な距離まで退がったテラは、目の前で轟々と音を立てて燃え上がる炎の壁を睨みながら、思わず舌打ちする。
「ちっ……『絶対防御』壁火護陣か――!」
「は、はははっ! さすが最新装甲戦士! この技の事、知ってるんだな」
四囲を轟炎に囲まれたその中心から、ニンジャの高笑いが聞こえてきた。
「なら、知っているだろう? 壁火護陣は堅牢不攻の技! さっきの劫火封陣とは違って、アンタの炎のライオンにだって食い破る事は出来ないよ!」
「……ッ!」
自慢げに言うニンジャの声に、テラは無言で炎の壁を睨みつけるだけだ。ニンジャの言葉がハッタリなどでは無い事は、テラには良く解っていた。
『装甲戦士ニンジャ』の劇中で、壁火護陣が使われた事は三回しか無かったが、最強の敵であったマスター・ムサシでも、その鉄壁の炎の壁を破る事は出来ずじまいだった。
術名に冠された“堅牢不攻”という二つ名は伊達ではない。
それに加え、今テラが纏っている装甲は、ニンジャの火遁形態と同じ火属性のタイプ・フレイムライオンだ。火属性同士は、相性は悪くも無ければ良くもない。
そして、タイプ・フレイムライオンの技の中で、壁火護陣の防御を突破できる技は――無い。
「……テラだけなら、な」
「――ん?」
テラがぼそりと呟いた声を耳にしたニンジャは、訝しげな声を上げる。その声に、何かを含んだような響きを感じたからだ。
「……?」
彼は、ようやく回復しつつある目を凝らして、分厚い炎の壁の向こうを見透かそうとする。
噴き上がり続ける壁火護陣の轟炎の前で、緋き獅子の装甲を身に纏ったテラが、手にしたフレイムブレードをゆっくりと振り上げるのが見えた。
「――バーニング・エッジ!」
テラが決然とした声で叫ぶと同時に、フレイムブレードを覆う赫炎がいよいよ激しく燃え盛り、刃渡り三メートル以上にも及ぶ巨大な剣身へと形を成す。
――だが、その巨大な炎剣を目の当たりにしても、ニンジャの余裕は消えなかった。
「は、はははははっ! 無駄だよ無駄! いくら炎の剣を強く長くしようとも、この炎の壁を斬り裂く事は――!」
「――ルナ!」
「……ッ!」
己の嘲笑を遮ったテラの呼びかけにハッと息を呑んだニンジャは、慌てて顔を廻らせる。
その目に、帯電した左右の鈎爪を振り上げたルナの姿が映った。
「なっ……!」
「行くよッ! セント・エルモス・ファイヤー!」
虚を衝かれたニンジャが、思わず驚きの声を上げるのと同時に、ルナは振り上げた鈎爪を勢いよく振り下ろす。
先ほどと同じく、互いに絡み合いながら飛ぶ二条の雷光は、噴き上がる炎の壁――ではなく、テラが天に向かって突き上げた巨大な炎の大剣へとみるみる近付いていく。
次の瞬間、二条の雷光がぶつかり合った。
「――ッ!」
辺りは眩い光と轟音が覆い尽くされ、ニンジャは思わず目を背ける。
「……なッ!」
そして、恐る恐る目を上げたニンジャの目は、驚きで大きく見開かれた。
テラが振り上げている炎の大剣の刀身が雷を帯び、青白いスパーク光を絶えず発しながら眩く光っていたからだ。
「な……ッ! か、雷と……火が融合した、だと……ッ!」
テラが掲げ上げる巨大な剣の、そのあまりの神々しさと美しさに、ニンジャは思わず心を奪われる。
「食らえ……!」
テラは、眼前の炎壁を睨みつけると、天高く掲げた炎と雷の大剣を握る両手に一層の力を込め、
「――“秘剣・火雷大神”ッ!」
裂帛の気合と共に、炎の壁に向かって振り下ろした。
壁火護陣に斬りつけた火雷混合の巨刃は、決して斬り破れないはずの炎の壁をやすやすと斬り砕き――、
「――ッ!」
真っ二つに両断した――!




