第十二章其の壱拾参 共闘
ニンジャは、おもむろに左手を上げると、素早く印を結んだ。
「はあああああっ! 忍技・妖火弓月!」
そして、裂帛の気合と共に、紅蓮の炎を纏った忍一文字を横薙ぎに振ると、三日月型になった赤い炎の帯が、テラとルナの方に向かって一直線に飛んでいく。
技の発動を見たテラは、素早く左拳を握ると前に向かって突き出した。
「――バーニング・ロアーッ!」
彼の拳が空気を裂くと、その摩擦熱から発生した炎が、たちまち猛る獅子に形を成す。
赤き炎の獅子は、迫りくる三日月形の炎の帯に飛びかかり、その牙を突き立てた。
ふたつの炎が混ざり合い、互いを燃え尽くそうと猛り狂い――そして、同時に消滅した。
それを見たニンジャが舌打ちする。
「……チッ! あの、炎を食うライオンの技、なかなか厄介――だなッ!」
ニンジャは叫びざま、くるりと身体を回転させ、忍一文字を振り上げる。
ガギィン! ――と、金属同士が激しくぶつかり合う音が、辺りに響き渡った。
「……だから、キミの攻撃はワンパターンで読みやすいんだって言ってるだろうが!」
そう嘲るように言い放ちながら、ニンジャはくるりと手首を返す。
その動きに合わせて、まるで受け止めたルナの鈎爪に絡みつくように、忍一文字の刃が素早く動いた。
その直刀の動きに、ルナの鈎爪は上方へと撥ね飛ばされ、彼女はバンザイをするように両腕を上げてしまう。
「――くッ!」
「もらった!」
ニンジャはすかさず直刀を手元に引き寄せると、焦燥の呻きを漏らす彼女の胸元目がけて鋭い刺突を放った。
――だが、
「ち――またか!」
ニンジャの口から驚きの声が上がる。
ルナの鳩尾を真っ直ぐ貫く軌道を辿っていたはずの忍一文字の切っ先が、またしても大きく逸れてしまったのだ。
ニンジャの放った必殺の一撃は、僅かに彼女の右腹の装甲の表面を削っただけだった。
(さっきといい、今といい……やっぱり、おかしい。己の攻撃が、ヒットする直前でずれてしまう……! 一体、なぜ――)
「うおおおおおっ!」
「――ッ!」
不可解な現象を目の当たりにして、その原因を探るべく、瞬時に思考を巡らそうとするニンジャだったが、飛び込んできたテラの攻撃に妨げられる。
「くそっ! 鬱陶しいな、アンタ!」
ニンジャは毒づきながら、咄嗟に側転し、テラの斬撃を紙一重で躱した。
そして、それから更にバク転をして、ふたりから距離を取る。
「――ルナ! 大丈夫か?」
「な……何とか」
かすっただけとはいえ、ニンジャの刺突の衝撃は大きかった。ルナは右脇腹を押さえながら、ヨロヨロと立ち上がる。
彼女の右腹の装甲には、細かい亀裂がいくつも入っていた。
それを見たテラは、仮面の下の表情を曇らせる。
「……これ以上長引くと、戦いは俺たちに不利になるばかりだな。君の動きは読まれているし、俺は傷のせいで、満足に動けない」
「……」
テラの言葉に、ルナは何も言い返さなかった。それが何より雄弁に、テラの言葉に対する彼女の賛意を表している。
ルナは微かに呻くと、足を縺れさせた。そのまま、テラにもたれかかり、体を預ける格好になる。
「し――しっかりしろ、ルナ――」
「……演技よ」
驚いて声をかけるテラに向かって、ルナは顰めた声で言った。
彼女の囁きに戸惑うテラ。
だが、ルナは立てた指を口元に当て、『静かにしろ』とジェスチャーした。
「な、何だ……ルナ?」
「――あなた、『装甲戦士テラ』の三十八話、観た事ある?」
「……え?」
突然、ルナの口から飛び出した、生きるか死ぬかの戦いをしている最中にしてはあまりにもそぐわない質問に、テラは思わず間の抜けた声を漏らす。
彼は、大いに戸惑いながらも、コクンと頷く。
「あ……ああ、もちろん観たよ。――でも、それが何……」
「あれ、やろうよ」
「え?」
続けて紡がれたルナの更に奇妙な言葉に、テラは一瞬混乱しかけるが、
「――あ」
唐突に三十八話のクライマックスシーンが脳裏に浮かび、彼はルナの言葉の意味を理解した。
「あれって……あれか! でも……出来るのか? 俺はともかく、君はまだ――」
「出来るか出来ないかじゃなくて、やるかやらないかでしょ!」
テラの懸念の声を、強い口調で遮ったルナ。
彼女は、強い意志の宿った目をテラに向けながら、大きく頷きかける。
「大丈夫よ。テレビのルナが出来た事は、今の私でも出来る、そうでしょ? だったら、あれだって――」
「そ……そうかもしれないが――」
「つべこべ言わない!」
不安げな様子で逡巡するテラを一喝し、ルナはテラから離れた。
そして、三十メートルほど離れたところに立つニンジャを睨みつける。
「おや、感動のラブシーンはもう終わりかい、おふたりさん?」
「違わい!」
軽口を叩くニンジャを怒鳴りつけると、ルナは体勢を低くした。
「覚悟しなさい! その、人を小馬鹿にする口、二度と叩けないようにしてあげるから!」
「おお、怖い怖い!」
ルナの啖呵に、ニンジャは大げさに肩を竦めてみせる。
そして、仮面を付けた顔を傾げ、ルナの顔を睨めつけながら口を開いた。
「で……、どうやって?」
「――こうするのよ!」
ルナは叫びざま、両腕を振り上げた。
すると、手の甲から伸びた両腕の鈎爪が、バチバチと音を立てて帯電し始める。
「いっけーッ!」
絶叫と共に、ルナは掲げた両腕を交差させながら振り下ろした。
青白い二条の雷光が互いに絡まり合いながら、ニンジャに迫る。
「ッ!」
それを見たニンジャは即座に半身になり、忍一文字を八双に構えた。
そして、迫りくる雷光を迎え撃たんと目を凝らす。
――それこそが、ルナの狙いだった。
「――セント・エルモス・ファイヤーッ!」
ルナが凛とした声を発すると同時に、絡まり合っていた青白い二条の光がぶつかり合った。
次の瞬間、青白い電光がスパークし、凄まじい光が発生する。
「うぅ――ッ!」
危険を察知し、即座に左腕で目を覆ったニンジャだったが、僅かに遅かった。
間近で炸裂した暴力的なまでの発光に、アイユニット越しにも関わらず、その視力は完全に麻痺させられたのだった――!




