第十二章其の壱拾壱 不敵
ゆっくりと近付いてくる見慣れない装甲戦士の姿を見たニンジャは、
「赤い……獅子……」
と、思わず呟いていた。
――彼の言葉の通りだった。
その装甲戦士が纏う装甲は、燃え上がる火焔をモチーフとする、赤を基調とした配色のデザインで、その頭部装甲もまた、真っ赤な鬣を逆立てた獅子の顔を模ったものである。
ニンジャの姿を睨みつけるその黄色い瞳は、闘志をはらんでギラギラと輝いていた。
「……」
ニンジャは、知らぬ間に口中に溜まっていた唾を飲み込むと、近付く獅子の装甲戦士の姿を睨み返す。
だが、獅子の装甲戦士――テラ・フレイムライオンは、そんな彼を黙殺した。
彼は、地面にへたり込んだままのルナの元まで歩み寄ると、そっと手を差し伸べる。
「遅くなってすまない、ルナ。もう一度装甲を纏えるまで体力を回復させるのに、少し時間がかかってしまって」
「も……もう! 遅いよッ! もう少しでやられるところだったんだから!」
テラの言葉に不満げな口調で返したルナは、差し出された手を乱暴に掴み、勢いよく立ち上がった。
そして、テラが被る獅子の顔をジロリと睨みながら、低い声で問い質す。
「……ひょっとして、私がピンチになるのをずっと待ってたんじゃないでしょうね? 正義のヒーローみたいに、颯爽と登場しようと思って……」
「い……いや、そういう訳では無いんだけど……」
「……」
ルナの問いかけに、テラは慌てた様子で首を激しく横に振った。
そんな彼の事を無言で睨んでいたルナだったが、大きな溜息を吐くと、肩を竦めてみせた。
「……まあ、いいわ。一応、ギリギリで助けてくれたんだし」
そう呟くと、彼女はつと顔を巡らした。そして、腕組みをして仁王立ちしているニンジャを鈎爪で指さす。
「そんな事より、今はあいつをぶっ飛ばしてやる方が先よ。手伝って!」
「あ……いや。後は俺がやるから、君はもう下がっていて――ぃてっ!」
ルナを押し止めようとしたテラの声は、カーンという金属音に遮られる。
――金属音は、赤い装甲に覆われたテラの向う脛を、ルナが思い切り蹴りつけた音だった。
思わずたじろぐテラに向かって、ルナは怒気に塗れた声で叫ぶ。
「嫌だ!」
「い、いや……『嫌だ』って言っても――」
「当然、私も戦うわよ。あなたと一緒に!」
戸惑うテラに向かって、ルナはハッキリと言い放った。
彼女は、細かなヒビが入った自分の胸部装甲を指さしながら、毅然とした口調で言葉を継ぐ。
「あの忍者男には借りがあるのよ! あの、人の事を小馬鹿にしたような顔面に一発グーパン入れてやらないと、私の気が済まない!」
「いや……でも――」
「別に小馬鹿にしている訳では無いんだけどなぁ」
ルナの剣幕にタジタジとなっているテラの声を遮ったのは、当のニンジャだった。
彼は、自分の顔を手を擦りながら、苦笑混じりの声で言葉を継ぐ。
「そんなに言われる程、悪い面してるとも思えないんだけどねぇ、この仮面。――つか、マスクのデザインのクレームは、『装甲戦士ニンジャ』のキャラデザ担当か、美術監督さんあたりにでも言ってくれよ。――日本に帰ってからさ」
「で、デザインの事なんて言ってないわよ!」
人を食ったようなニンジャの言い草に、ルナは更に激昂しながら怒声を上げた。
「小馬鹿にしてるのは、アナタのその言動や態度からビンビンに感じるのよ! この……ドS性悪忍者!」
「やれやれ……嫌われちゃったモンだねえ」
ルナの剣幕に、ニンジャはおどけた調子で肩を竦めた。そのとぼけた態度が、ルナの怒りに更なる油を注ぐ。
「こんのっ! そういう態度がムカつくんだって!」
「ちょ、ちょっと待て、ルナ! それもニンジャの作戦だ! 君を挑発して、冷静さを失わせようという……だから、ひとまず落ち着――ッ!」
今にも突っ込もうとするルナを羽交い絞めにして、落ち着かせようとするテラだったが、その瞬間、体に激しい痛みが走り、彼は思わずその場で膝をついた。
「ぐ……うぅ……」
「……ちょっと! だ、大丈夫?」
肩を上下させて痛みをこらえるテラの呻き声に驚き、ルナは慌てて彼の身体を支える。
「だ……大丈夫。塞がっていた傷が、少し開いてしまったみたいだ。だけど――」
「な、何よそれ!」
強がるテラの言葉に、ルナは声を上ずらせた。
「じゃあ、あなた、戦うどころじゃないじゃない! 寧ろ、あなたが下がってて! ここは、私ひとりで――」
「いや……俺は、大丈夫。それより、君こそ……」
「だから、そんな苦しそうな声で何を言ってんのよ!」
ルナはそう叫ぶと、テラに向かって激しく頭を振る。
――と、その時、
「あー、じゃあ、別に構わないから、ふたり一緒にかかってこいよ。その方が、己も手間が省ける」
「「――!」」
唐突にかけられたニンジャの声に、テラとルナは思わず顔を見合わせた。
当惑する二人を前に、ニンジャは首をコキコキと鳴らしながら言葉を継ぐ。
「安心しな。『二対一は卑怯だ』なんて言わないからよ。つうか、ケガ人装甲戦士と戦闘素人装甲戦士が相手だったら、二人がかりでかかって来られても負ける気がしないからな。丁度いいハンデだよ、ハンデ」
「……その言葉、後で後悔しても知らないからね」
「――る、ルナ?」
ニンジャの提案に乗るルナに、テラは驚きの声を上げた。
そんな彼の肩に手を置いたルナは、その耳元で囁く。
「――正直、半分はアイツの言う通りよ。今の私とあなたじゃ、ひとりであいつに挑んでも勝てないわ」
「……」
「ていうかさ、ルナとテラが協力してひとりの怪人と戦う場面は、『装甲戦士テラ』の中にもあったでしょ? それと同じよ。あいつの言う通り、卑怯でも何でもない」
「……分かった」
テラは、ルナの説得に頷くと、微かな呻き声を上げながらゆっくりと立ち上がった。
そして、ルナの顔を見ると、大きく頷きかける。
「ルナ……協力して、ニンジャを退けよう」
「――もちろん!」
テラの言葉に、ルナも力強く頷き返した。
彼女は両手の鈎爪を勢いよく打ち合わせると、体の重心を低くし、背中の忍一文字を抜き放ったシノビを睨み据える。
そして、その傍らに立ったテラは、右手を大きく横に伸ばした。
「――フレイムブレード!」
彼がそう叫ぶと同時に、彼の掌から夥しい炎が噴き出した。
焔は激しく燃え盛りながら棒状に収斂し始め、やがてその姿を一本の赫刃の大剣へと変える。
「ハッ!」
テラが裂帛の気合と共に大剣を振ると、その赫い刃から溢れた火焔が、残像の様に彼の身体を赤々と照らし出した。
そして、
「――行くぞっ!」
「ええ!」
烈火の獅子と雷光の狩猟豹は、各々の呼吸を合わせ、同時に地を蹴った――!




