第十二章其の漆 救援
突然現れ、装甲戦士ニンジャの忍一文字を、その手甲から伸びた鈎爪で弾き飛ばした装甲戦士ルナ・タイプ・ライトニングチーターは、ハヤテの事を庇うように彼の前に立った。
身体を起こしたハヤテは驚いた顔で、陽の光を反射してキラキラと輝く白金色の装甲に身を包んだ装甲戦士の背中を見上げ、おずおずと声をかける。
「き……君は――香月さん……なのか?」
「……他に誰がいるのよ?」
ハヤテに背を向けたまま、彼の誰何に憮然とした声で応えつつ、ルナは小さく頷いた。
「な……何かヤバそうだったから、助けようと思って……。ダメもとでディスク入れてみたら……何か知らないけど、ルナになれちゃった……」
「そ、そうか……」
ルナの言葉に驚いた表情を浮かべたハヤテだったが、すぐに苦笑を浮かべながら頭を下げる。
「とにかく、ありがとう……。君が来てくれなかったら、俺は殺されてた……」
「あ! ちょ、ご、誤解しないでよッ!」
ハヤテの礼に、ルナは慌てて首を横に振りながら言葉を荒げた。
「わ……私が、その……た、助けようとしたのは、あの黒猫の人よ! あ……あくまであなたは、そのついで! あ、あなたなんか、別にどうなってもいいし!」
「そ、そうか……」
「……おやおやぁ」
「「――ッ!」」
ふたりのやり取りに割り込んできた声に、ハヤテとルナはハッとして身構える。
装甲戦士ニンジャは、手にした忍一文字を肩の上でポンポンと弾ませながら、愉快そうな声色で言った。
「新入りのオチビトちゃんは、ツンデレキャラか。……何だか、ウチのお嬢ちゃんとキャラが被ってんなぁ」
「つ――ツンデレって、誰がよ!」
「……自覚無しかい」
憤慨した声で反駁するルナを前に、思わず呆れ声を上げたニンジャだったが、気を取り直すように咳払いをすると、鈎爪が伸びた両手を前で構えるルナの姿をじっと見据える。
「……というか、そういえば、本人にはまだ聞いてなかったな」
「な……何をよ!」
「なに、単純な話さ」
そう言うと、ニンジャはルナに向かって、ゆっくりと手を伸ばした。
「晴れて装甲戦士になって、もしかしたら心境に変化があったかもしれない。だったら、改めて勧誘させてもらおうと思ってな」
「か……勧誘?」
無防備なニンジャの態度に、ルナは逆に身体を縮こまらせながら、戸惑いの声を上げる。
「勧誘って……。ひょっとして私に、あなた達の仲間になれとか……?」
「察しが良くて助かるよ」
おずおずと訊くルナに、ニンジャは大きく頷いた。
「――どうかな? キミも、己たちの仲間にならないか? 一緒に、己たち共通の目的の邪魔になる猫どもを蹴散らし、石棺をぶっ壊して、さっさと元の日本に帰ろうぜ」
「……」
「さっきは『元の日本に戻りたくない』とか言ってたけどさ。本当は帰りたいんだろ、キミ?」
指を顎にかけながら、沈黙するルナの真意を読み取ろうとするかのように、少しずつ近付いていくニンジャ。
「さっきは、怖くて本音を言い出せなかったんだよね? ――そりゃそうだ! 言える訳無いよな。何せ、周りを猫たちにぎっしりと取り囲まれ、目の前には殺人犯様がでんと構えてるんだから。だから、心にも無い嘘を吐いた――そうだろ?」
「……ッ!」
ニンジャの言葉に、ハヤテは顔色を変える。
その反応に、仮面の奥でニヤリと微笑ったニンジャは、ルナに向かって大きく手を広げながら、更に言葉を継いだ。
「でも、もう大丈夫だ。さっきとは違って、今のキミには己がついているからね。安心して、本音を言っていいんだよ。ほら、正直にさ!」
「……分かったわ。正直に言う」
ニンジャの言葉に、ルナは小さく頷いた。
「そうだ。ハッキリ言ってやれ」
ニンジャは、彼女の返事にほくそ笑みながら、言葉の続きを促す。
ルナは、小さく息を吐くと――再び鈎爪をニンジャの胸元に擬しながら、毅然とした声で言い放った。
「――ぶっちゃけ、まだ良く解らないんだけど、少なくとも、人の話をコソコソと盗み聞きしてたり、いきなり人の居る小屋に火をかけたり、生身の人間に刃を向けるようなクズ野郎とは一緒に居たくなんか無いわね!」
「……ッ!」
思いもかけないルナの言葉に、ハヤテは驚いた表情を浮かべて、目の前の背中を見上げた。
一方、ルナに辛辣な言葉をぶつけられたニンジャは――肩を震わせ、笑っていた。
「ふ、ふふふ……! 何を言い出すかと思えば……」
「な、何よッ! 何がおかしい?」
「可笑しいさ。これが笑わずにいられるか」
心底愉快そうな声で答えたニンジャは、大げさに肩を竦めてみせ、言葉を継ぐ。
「――まあ、確かにキミの言う通りだ。盗み聞きもしたし、劫火封陣で小屋を焼いたし、装甲戦士の力である忍一文字で、生身の彼の首を落とそうとした。――でも、それは当然だろう? だってそれは全部、元の世界に帰るっていう目的を果たす為なんだからよ」
そう言うや、シノビは手にした忍一文字の切っ先をハヤテに向けた。
「それなのにキミは、己じゃなくて、そこに座ってるモノホンの人殺しと居る方を選ぶって言うんだな?」
「……」
ハヤテは、シノビの言葉に苦しげな表情を浮かべながら、力なく項垂れる。
――が、
「いいえ、違うわよ」
ルナは、きっぱりと頭を振った。
「確かに、この人――仁科勝悟って人は、元の世界で人を殺したのかもしれない。……でも、それは殺したくて殺したんじゃない。――今は、それが分かる」
「へぇ……随分と自信がある様じゃないか? その根拠は何なんだ?」
「それは――」
ルナはそう言うと、鈎爪のついた右腕を上げ、少し離れた地面の上で尻餅をついたままのヴァルトーの事を指さす。
「――あの黒猫さんが、この人の為に迷いなく命を捨てようとしたからよ。『優しい心根が好きだから』ってだけの理由でね」
「……」
「それで分かったのよ。『種族すら違うのに、そこまで慕われているこの人は、本当に優しい人なんだ』……ってね」
「ヴァルトーさん……香月さん……」
ルナの言葉を聞いたハヤテは、呆然としながらぽつりと呟いた。
そんなハヤテの顔をチラリと見て、ルナは言葉を続ける。
「だからね……私は決めたの」
そして、足場を固め、両腕の鈎爪を構えながら、決意を込めた声で叫んだ。
「この人が信じる事を私も信じて、一緒についていってみようってね!」




