第十二章其の参 真意
「――“出向組”? それに……“オリジン”だと?」
テラは、ニンジャの話に、驚きを隠せない。
そんな彼の反応を見たニンジャは、訝しげに首を傾げた。
「……あら? ひょっとして、色々と情報が足りてない感じなのか、アンタ?」
「……」
「まさか、オチビトが、牛島たちしかいないと思ってた訳じゃないだろう?」
「それは――ああ」
ニンジャの問いかけに、テラは小さく頷く。
「……俺や牛島たちの他にもオチビトが存在するという事は、俺がこの世界に堕ちてきてすぐ、ツールズに敗れて奴らのアジトに連れて行かれた時に聞かされたよ。だが――」
そう答えると、テラは小さく首を横に振った。
「この世界に、もう起源――初代アームドファイターが存在していた事は……知らなかった。しかも……既にお前たちの仲間になっているとは――」
「はは……仲間どころじゃないよ」
テラの言葉に、ニンジャは思わず笑い声を上げる。
そして、当惑するテラに向かって、更に言葉を継いだ。
「あの人――オリジンは、一番最初にこの世界へ堕ちてきた男であり、己たちオチビトを集め、統率する“首領”だ。オリジンの名そのままに、な」
「――ボス……だと?」
初めて聞かされる、オリジン――オチビト達のトップの存在に、テラは愕然とし、思わず聞き返した。
「じゃあ……、牛島たちは――?」
「ああ、彼らはね……分かりやすく言えば、“御陵衛士”みたいなモンだ」
「御陵衛士……?」
「ありゃ、ご存知ない? ほら、幕末の新選組のさ――」
「いや……それは知ってるが……」
――『御陵衛士』とは、幕末の京都の治安維持の為に結成された浪士組『新選組』から分派した組織の名である。「孝明天皇の御陵を守る」という名分で新選組と分かれた為、彼らは『御陵衛士』と名乗ったのだ。
突然、聞き馴染みのある歴史用語を耳にして、テラは戸惑いを隠せない。
一方のニンジャは、感心したように口笛を鳴らした。
「へえ……意外と物知りなんだな、アンタ。いやぁ、悪い。ぶっちゃけ、ちょっと見くびってたわ」
「……そんな事より、何で――」
「御陵衛士の事を知っているのなら、己たちオリジン側のオチビトから、牛島たちがどう思われてるのかってのは、察しが付くだろう?」
「……」
ニンジャの言葉に、テラは無言のまま、思考を巡らせる。
(……確か、御陵衛士は、新選組から“分派”した体を装いつつ、その実は、思想を異にした者たちによる敵対的独立だったと言われている。オリジン側の者であるニンジャが、牛島たちの事を御陵衛士に喩えるという事は――)
テラは、そこまで考えると、ジッとニンジャの顔を見据えながら、静かに言う。
「……牛島たちの動きは、他のオチビト達には歓迎されていないという事か」
「――そゆコト」
テラの推測をあっさりと肯定したニンジャは、わざとらしく肩を竦めてみせながら、苦笑交じりの声で言葉を続けた。
「まあ……オチビトたちの殆どはそんな感じなんだけど、肝心のオリジンが、やたらと奴らに対して寛容なんだよね。さすがに、ボスの意向に背く事は出来ないから、誰も表立って騒ぎ立ててはいないけど……肚の中はどうなってるやら……」
「――そういうお前はどうなんだ?」
と、テラに問いかけられたニンジャは、虚を衝かれた様に「え? ……己?」と自分を指さしたが――クスクスと笑いながら両手を広げてみせた。
「己は……ご覧の通り、しがない忍者だからね。主の忠実な狗として、その命令には忠実に従うだけさ」
「……」
ニンジャの言葉に、テラはどこか引っ掛かるものを感じた。
彼の言い方は、一見『オリジンの命に従って、牛島たちの元へと出向した』という意味に聞こえるが……。
「……ニンジャ」
彼は、顎に指をかけつつ、ニンジャに声をかけた。
ニンジャは、軽く首を傾げながら、テラの問いかけに「何だい?」と、気さくな調子で応える。
そんな相手の反応をじっと見据えながら、テラは静かに言った。
「……ニンジャ。お前はさっき、牛島たちの事を“御陵衛士”に喩えたよな?」
「ああ。それがどうした?」
「ならば……」
と、テラはニンジャへ指を突きつける。
「――お前の今の立ち位置は、御陵衛士の誰に当たるんだ?」
「……」
「ひょっとして――」
先ほどまでとは打って変わって沈黙を貫くニンジャに、テラは更に言葉を重ねた。
「――斎藤一か?」
「……ふ」
テラの言葉に、ニンジャの動きが一瞬だけ止まったが、すぐに微かな笑い声を立て始める。
そして、それまでだらりと垂らしたままだった忍者刀『忍一文字』を持ち上げ、ゆらりと構えつつ、
「……さあ、どうだろうねぇ」
と、はぐらかすように答えた。
そして、ハッと何かを思い出したような素振りを見せ、ヘルメットの上から頭を掻いてみせた。
「おっといけない。アンタとの話に夢中になり過ぎて、本来の目的を忘れるところだった」
「……本来の目的?」
「ああ」
訝しげに訊き返すテラに向かって頷きかけながら、ニンジャは答える。
「――数日前に堕ちてきた、新しいオチビトの保護。……もしくは処理」
「ッ!」
ニンジャの答えを聞き、テラの身に緊張が走った。
そんなテラの反応も知らぬ顔で、ニンジャは言葉を続ける。
「数日前に“兆し”を見かけて、急いで現場に駆けつけたんだけど、着いた時にはもうどっかに行っちゃててさ。結構方々を探し回ったんだ。――まさか、川に落っこちて流されてたとは思わなくて、大変だったんだぜ」
「……それは――」
「そ。それが彼女。確か――アオイちゃんだっけ?」
そう言うと、彼は手を伸ばし、テラの背後を指さした。
つられてテラが顔を向けると、猫獣人たちが固まって退避している中に混じった、人間の少女の姿が目に入る。
碧が生きている事にホッと息を吐いたテラだったが、続くニンジャの一言が、その安堵感を破った。
「己の勧誘に乗ってくれれば、大人しくお持ち帰りしてあげたんだけどな。さっきのアンタとの会話を聞いた限りじゃ、こっち側に靡きそうも無いからね。――だったら、さっさと殺して、あの娘の持ってる“光る板”二枚を回収する方向に作戦変更する事にするさ」
「――ッ!」
ニンジャの言葉を聞いたテラは、キッと彼を睨みつけ、断固とした声を上げる。
「そんな事、この俺――装甲戦士テラが、決してさせない!」
彼はそう叫ぶと、ゆっくりと脚を広げ、身体の重心を下げた。
「ふ……」
そんなテラの姿を冷ややかに見据えながら、ニンジャもまた、じりじりと足元の地面を均し始める。
ふたりの装甲戦士の間の空気が、やにわに緊張を孕み始めた。
――と、ニンジャがくぐもった笑い声を上げる。
「まあ、いいさ。ついでだ」
そう呟くと、彼は手にした忍一文字を逆手に持ち直した。
そして、殺気を孕んだ声で静かに言った。
「あの娘の“光る板”と同じように、アンタが持っている分も回収してやるよ。その首と一緒に、な」




