第十一章其の壱拾弐 理由
深々と頭を垂れたハヤテを前にして、照れ笑いを浮かべていた碧だったが、
「……で、これからの事なんだけど」
そう切り出すと、表情を曇らせた。
「これから……私は、どうすればいいのかな?」
「――そうだね」
暗い表情で首を傾げる碧の問いかけに、ハヤテも難しい顔をして考え込んだ。
そして、彼女の顔をじっと見つめ、逆に訊き返す。
「君はどうしたいと思っているんだ? ――やっぱり、他のオチビト達と同じように、石棺を壊して元の日本に戻りたいと考えているのか?」
「……そういうあなたは、どうなのよ?」
「俺……?」
問いに問いで返されたハヤテは、目を僅かに丸くし、一瞬だけ考え込むそぶりを見せたが、すぐに首を横に振った。
「……いや。さっきも言ったけど、俺は他のオチビトとは違って、『石棺を壊す』という事に対する強迫的な衝動は無いんだ。だから――正直なところ、俺は元の世界に戻るというよりは、俺の命と……心を救ってくれたフラニィ……そして、猫獣人たちの事を護る為に、この装甲戦士の力を使っていきたいと考えてる」
「フラニィ? ……あぁ、さっきの話に出てきた、猫獣人族のお姫様ね」
「ああ」
碧の言葉に、ハヤテは小さく頷く。
「猫獣人で、更に王女様にも関わらず、彼女たちにとっては不倶戴天の敵であろうオチビト――人間の俺に対しても親しげに接してくれる、優しい娘だよ」
「ふぅん。“優しい娘”、ねえ……」
ハヤテの言葉に対し、碧は僅かに眉根を寄せて口を開く。
「……ねえ。ひょっとして、その娘、あなたの事――」
「え……?」
「……いいえ、何でも無いわ」
キョトンとした表情を浮かべるハヤテに、慌てて頭を振る碧。
「――そのフラニィって娘が居ない場で、これ以上言うのは野暮よね……」
「え? フラニィがどうしたって?」
「あぁ――だから、何でもないってば」
要領を得ないという顔で首を傾げるハヤテの事を適当にあしらいながら、碧は言葉を継いだ。
「――じゃあ、あなたは、石棺を破壊しようとする他のオチビトと戦うつもりなの?」
「いや……そういうつもりでも無いんだけど……」
「でも、必然的にそうなっちゃうじゃん」
煮え切らないハヤテの回答に、碧は厳しい声で反論する。
「だって、とにかく人間側は石棺を壊してしまいたいんでしょ? 自分たちが元の世界に戻る為に……。でも、猫獣人は絶対にそんな事は赦せない。――そりゃそうよね。だって、『石棺が壊されちゃったら、自分たちの世界が滅ぶ』って言い伝えがあるんだもの」
「……」
「だったら、人間と猫獣人はぶつかるしかないじゃない? それで、『猫獣人を護りたい』ってあなたが望むのなら、同じ人間……装甲戦士を敵に回す事になるわよ」
「……確かに、そうなるな」
碧の言葉に、ハヤテは僅かに唇を噛むが、ふたりを遠巻きに見ている、ヴァルトーたち猫獣人たちの顔をチラリと見てから、決意に満ちた表情で「でも――」と、声を発した。
「それでも、俺はまだ、人間と猫獣人族とが分かり合える可能性を諦めたくないんだ。俺とフラニィ――そして、ここにいる猫獣人と分かり合う事が出来たように……ね」
「でも……元の世界に帰りたいっていう、人間の望みはどうするの?」
「――俺は、思うんだ」
碧に訊かれ、ハヤテは考え込むような素振りを見せ、ぼそりと呟いた。
「そもそも、人間や猫獣人をも含めた俺たちは、“石棺”とやらの事を何も知らなさすぎるんじゃないか? ……って」
「え……?」
「そもそも……どうして、元の世界に戻る為に石棺を壊さなければならないのか? そして、もし石棺が壊されたら、この世界は本当に滅んでしまうのか? ――その理由を明確に答えられる者が、誰もいないんだ。人間側にも、猫獣人側にも」
「あ……確かに」
と、ハヤテの言葉に目を丸くする碧に対し、ハヤテは更に言う。
「人間とピシィナが、今現在持っている“理由”はそれぞれ、『どうしてかは分からないが、そうしなければならないと解っていたから』『大昔からの伝承で、そう伝えられているから』だ。どちらの理由も、著しく具体性に欠けているとは思わないか?」
「う……うん。確かに、言われてみれば……」
「――だから」
ハヤテはそこまで言うと、一旦言葉を切り、自分のコップに水を注いで一気に呷った。
そして、静かにコップを置くと、決意を漲らせた目を碧に向けて、言葉を継ぐ。
「まず、“石棺”というものが何なのか――それを知る必要があると思う。その為には、キヤフェの王宮地下にある“霊廟”を調べる必要がある……そう考えている」
「な――っ?」
ハヤテの言葉に、驚愕の声を上げたのは、それまで無言で話を聞いていたヴァルトーだった。
彼は、その目を大きく見開いて、ハヤテに詰め寄る。
「そ――それは、赦されませぬ! かの霊廟は、王家の――それも、王位を継ぐ者以外は立ち入る事を決して赦されぬ“禁足地”と言われております! いかにハヤテ殿といえど、調べる事など――」
「それは……分かっている」
ハヤテは、ヴァルトーの言葉に小さく頷いた。
「俺は、王様……アシュガト二世陛下から、直々に教えられたからな。“聖符”という、戒めの言い伝えを……」
「ならば――」
「……だが、牛島は、霊廟に通じる“通路”まで行ったと言っていた」
「――!」
ヴァルトーは、ハヤテの言葉に驚きの表情を浮かべる。
「う……ウシジマとは、先日攻め寄せてきた……あの」
「ああ。装甲戦士ジュエルだ」
ハヤテは、大きく頷きながら言葉を継ぐ。
「……アシュガト二世を殺した時に、押し入ったらしい。もっとも、霊廟の中までは到達出来なかったような口ぶりだったけどな……」
「な……何と……!」
「――とはいえ、彼は霊廟の手前まで入ったんだ。それでも、彼は何事もなく生きているし、この世界も滅んではいない。……つまり、“通路”は“聖符”で言われている“禁足地”の範囲には含まれていない可能性が高い」
「そ……それはそうかもしれませぬが!」
「――それに、牛島が言っていたんだ。『“通路”を見れば、“この世界の正体の片鱗”が分かる』――と」
そう言うと、ハヤテはヴァルトーの顔を真剣な目を向けた。
そして、確固たる決意をその顔に漲らせながら、静かに言葉を続ける。
「だから……俺は、一度“通路”を見てみたいと思っている。この世界の正体とやらを見極める為――そして、人間と猫獣人とが解り合える方法を見つける為に、な」




