第十一章其の肆 逢着
ハヤテとヴァルトーは、西日が射すオシス砦の大手門の前に並んで立っていた。彼らは、数十名の猫獣人兵たちが固まりながら丘の小道を昇ってくるのを、緊張の面持ちで見守っている。
「……大丈夫ですか? お辛いようでしたら、無理せずにお部屋に戻られても構いませぬが……」
心配顔のヴァルトーが、横に立つハヤテにおずおずと尋ねた。
だが、青白い顔をしたハヤテは、頑なに首を横に振る。
「いえ……大丈夫です。俺も立ち会います」
「ですが……」
「……これからここに護送されてくるオチビトが、一体何者なのかを見極める必要がありますし。……それに、万が一、そのオチビトが装甲戦士になって暴れ出しでもしたら、この場でそれを止められるのは、俺しかいませんから」
ハヤテはそう言うと、左手に持ったコンセプト・ディスク・ドライブを掲げてみせた。
彼の言葉を聞いたヴァルトーは、小さく溜息を吐いて、不承不承といった様子で頷く。
「……分かりました。――もっとも、『何を言ってもお聞き届け頂けない』という事が……ですが」
「すみません……」
呆れ交じりのヴァルトーの言葉に、ハヤテは申し訳なさげに頭を掻いた。
そして、表情を引き締めると、ヴァルトーに尋ね返す。
「――それで、発見されたオチビトというのは、どんな感じで?」
「伝令の報告によると、ヒュージィ川の河川敷で、びしょ濡れになって倒れていたらしいです。……どうやら、川に落ちたか泳いでいる最中に溺れてしまって、岸に打ち上げられたようですな」
目は前方に向けたまま、ヴァルトーは簡潔に答えた。
「哨戒部隊によると、倒れていた“森の悪魔”……失敬――オチビトは、今まで我々ピシィナが遭遇した者では無いようです。……とはいえ、あの奇妙な鎧を纏っている状態での遭遇の方が多いので、会敵済みの者という可能性も充分に考えられますが、ね」
「……なら、少なくとも、薫や牛島では無いって事か」
ヴァルトーの言葉を聞いたハヤテは、顎に手を当てて考え込んだ。
「以前、牛島が言っていた。『オチビトは他にも居て、拠点を構えて潜んでいる』……と」
「……と、いう事は――やはり、この前の悪魔たちとは別の“拠点”からやって来た、新たな敵――」
「或いは――」
ハヤテは、眉間に皺を寄せながら、呟くように言う。
「……俺と同じ、新たにこの世界に堕とされた人間の可能性も――」
「哨戒部隊、もうじき帰着いたします!」
「「――ッ!」」
前方から緊迫した兵の声が上がり、それを聞いたハヤテとヴァルトー……そして、周りを固める兵たちの緊張が、一気に高まった。
兵たちは、一斉に剣や弓矢を構えて万が一の事態に備え、ハヤテも、いつ何時不測の事態が起こっても対処できるように、胸元にコンセプト・ディスク・ドライブを擬す。
そんな彼らに向かって、一塊となった哨戒部隊の猫獣人兵たちはゆっくりと近付いてくる。
「――止まれぃ!」
砦側と哨戒部隊との間の距離が五十メートルを割った時、ヴァルトーが声を張り上げた。
中隊長の命令に、哨戒部隊の兵がピタリと足を止める。
――と、ひとりの猫獣人兵が哨戒部隊の一群の中から離れ、砦に向かって進んできた。兜に施された装飾から、彼が哨戒部隊の指揮官だという事が分かる。
ヴァルトーの前に来た指揮官は、左手を胸に当てると、恭しく跪いた。
「ヴァルトー中隊長! ナザル及び哨戒部隊の兵三十名、ただ今帰着いたしました!」
「うむ、ご苦労!」
深々と頭を下げたナザルの報告を受け、中隊長の威厳を以て鷹揚に頷きかけたヴァルトーは、哨戒部隊の一群を一瞥して言葉を継いだ。
「して……先ほどの報告にあったものは――」
「はっ!」
ヴァルトーの問いに、ナザルはやや長めの茶色い体毛で覆われた顔を上げ、良く通る声で答える。
「先刻の報告の通り、かの悪魔めは完全に意識を失っておりました故、荒縄で手足を厳重に縛った上で、担架に乗せて運んで参りました! 途中で目を覚まして、多少抵抗したものの、無駄だと悟ったのか、すぐに大人しくなりました」
「……そのオチビトは、装甲アイテムを持っていたのか?」
ナザルの報告の途中で、ハヤテが割り込んだ。
だが、彼の不躾に気分を害した様子もなく、小さく頷いたナザルは、「……これは、是非ともハヤテさんに確認して頂きたかったのですが」と言いながら、鎧の隠しから何かを取り出した。
「悪魔が意識を失っている内に身体を検め、発見したのが――これです」
「――ッ!」
ナザルが示したものを見た瞬間、ハヤテの目が驚きで大きく見開かれる。
彼は無意識のうちに手を伸ばし、ナザルの手から半ばひったくるようにして“それ”を受け取った。
そして、夕日を反射してキラキラと輝く円盤状のそれをしげしげと見つめる。
「――間違いない……」
ハヤテは、茫然と呟く。
「これは……コンセプト・ディスクだ。――フレイムライオンディスクと……ライトニングチーターディスク……!」
手にした二枚のコンセプト・ディスクを凝視しながら、驚きを隠せないハヤテ。
「……どうして、川で溺れたオチビトが、装甲戦士テラの装甲アイテムであるフレイムライオンディスクと、装甲戦士ルナの装甲アイテムであるライトニングチーターディスクを持っているんだ?」
――と、その時、
彼らと離れたところで待機していた哨戒部隊の一群が、やにわに騒がしくなった。
一群の中心で、何者かが暴れている様な音と甲高い悲鳴が聴こえてくる。
「――っ!」
その音と悲鳴を聞いた瞬間、ハヤテは思わず哨戒部隊の方へと駆け出していた。
「ちょっと! どいてくれ!」
剣の柄に手をかけ、集団の中央に向かって緊張した顔を向けている兵たちの間を縫って、ハヤテは音の源へと急ぐ。
そして、集団の中心へと辿り着いたハヤテは、愕然とした。
「お……女の子?」
両手両足を縛られながら、乗せられた担架の上で懸命に藻掻いていたのは――
黒のサマーセーターを纏い、チェック柄のベージュのキュロットを穿いている、少し癖のあるボブの茶髪が印象的な――まだ年若い少女だった。
と――、
「――あ!」
呆然と立ち竦むハヤテの姿に気付いた少女が、その大きな目を潤ませながら叫んだ。
「あ……あの! 助けて! 助けて下さいっ! ――な、何か、変な……喋る猫の化け物に捕まって、ここまで連れてこられたんです! 同じ人間が居て良かった……お願いだから、助けて――!」
「あ……え、ええと……取り敢えず、落ち着いて――」
状況は掴めないままだったが、ハヤテはとにかく少女を落ち着かせようと、両手を挙げて彼女に近付く。
「まあ……いきなり捕まったらビックリするよね。でも、安心してくれ。彼ら――猫獣人たちは、悪くも怖くも無いよ。だから……まずは落ち着いて、君の事情を話してく――」
「っ! あなた……その、顔は……っ!」
妙な事に、ハヤテの顔を一目見た途端、少女の顔色が変わった。彼女は、先ほどよりも恐怖の色を濃くした表情で、じりじりと後ずさった。
少女の反応に訝しげな表情を浮かべながら、ハヤテは一歩ずつ彼女へ近づく。
「……? ど、どうしたんだ? そんな顔で俺を見――」
「ヒッ……来ないでっ! それ以上、近付かないでッ!」
「――っ!」
少女の激しい拒絶を受け、ハヤテは思わず足を止めた。
戸惑うハヤテの顔を怯えた表情で睨みつけながら、少女は震える声で叫ぶ。
「あ……あなた、に……仁科勝悟でしょ!」
「ッ!」
少女の発した名前に、今度はハヤテが驚く番だった。
「な……何で? 何で、君がその名前を知っているんだ――?」
「知らない訳無いでしょッ!」
ハヤテの問いかけに、少女はガクガクと身体を震わせながら、金切り声に近い声で叫ぶ。
「わ……ワイドショーとかで毎日流れてたもん、あなたの顔と名前が!」
そして、顔を背けながらも、敵意に満ちた目はハヤテを真っ直ぐに見据え、彼女は声を張り上げた。
「け――“警官殺しの仁科勝悟”って!」




