第十一章其の弐 深謝
「う、わあああああああぁぁっ!」
恐怖に満ちた絶叫を上げながら、ハヤテは跳ね起きた。
「はぁっ! はぁッ! はぁっ……はぁ……」
激しく肩を上下させながら荒い息を吐くハヤテは、恐怖に顔を引き攣らせながら、周囲を見回す。
「こ……ここは……?」
彼が寝ていたのは、蛍光灯の白い光が照らし、様々な商品が陳列されているコンビニの店内ではなく、薄暗い木造の掘っ立て小屋の中だった。
ハヤテは、寝起きで夢と現の区別がつかず、髪の毛に手を突っ込んでわしわしと搔き乱しながら、今の自分の置かれている状況を思い出そうとする。
「お……俺は……。さ、さっき見ていたのは……」
「――おお、お目覚めになられましたか、ハヤテ殿!」
「――!」
彼の思考を遮ったのは、掘っ立て小屋の粗末なドアを開けて入ってきた黒い毛皮の猫獣人だった。
「ヴァ……ヴァルトーさん……」
彼の心配そうな表情を見たハヤテは、やっと我に返る。
「……そうか。俺は、装甲戦士テラとしてツールズと戦い……その後に現れたジュエルとも戦って――」
「……あの宝石の仮面を被った“森の悪魔”が姿を消した後、ハヤテ殿は気を失われましてな。そのまま三日ほど眠り続けていたのですよ」
そう、ハヤテの言葉を引き継ぐように言ったヴァルトーは、ハヤテのベッドの脇に置かれていた木製の椅子に腰を下ろした。
そして、その黄色い瞳に安堵の色を浮かべながら、優しい声で言う。
「ずっと目を覚まさないので、随分と心配致しましたが、お目覚めになられて良かったです」
「それは……ご心配をおかけしました……」
ハヤテはヴァルトーに向けて、おずおずと頭を下げる。
と、
「いつつ……」
ハヤテは顔を顰めると、包帯が巻かれた腹に手を当てた。
そんな彼を慌てて支えながら、ヴァルトーは少し厳しい声で言う。
「ハヤテ殿! あまり動いてはいけませぬぞ。あなたは、ふたりの森の悪魔と戦って、あちこちに重傷を負っておられるのですから……」
「そ……そう、でしたね……」
ハヤテは、額に脂汗を浮かべながら、小さく頷いた。
と、その表情を強張らせて、ヴァルトーに尋ねる。
「そ……それで、あの後、あいつらは――」
「ご心配なく。森の悪魔どもは、あの日以来、姿を現してはおりませぬ」
ハヤテの問いに、ヴァルトーは微笑みを湛えた顔を横に振った。
「ハヤテ殿と同様に、悪魔どもも相当の深手を負っておりましたからな……。少なくとも、あのふたりが再び襲来する事は、当分の間無いでしょう」
「……そうですか」
「ハヤテ殿が命をかけて戦ってくださったおかげで、我々の中で負傷者は皆無でした。あの、回転する刃を武器にする悪魔の攻撃をまともに食らっていたら、我々は全滅していたに違いありません。我らの為に、ハヤテ殿が身を以て攻撃を防いで頂いたおかげで、私は今、あなたと会話を交わす事が出来ているのです」
ヴァルトーはそう言うと、ハヤテに向かって深々と頭を下げる。
「中隊の代表として、深く御礼申し上げます」
「あ……いや……」
ヴァルトーの感謝の言葉に、ハヤテは仄かに照れながら、首を横に振った。
「……というか、礼を言うのは、むしろ……俺の方です」
「はい?」
怪訝な表情を浮かべるヴァルトーに、ハヤテは静かに言葉を継ぐ。
「俺が、ジュエル・ブラッディダイヤモンドエディションに止めを刺されそうになった時……、みんながジュエルに矢を射かけて注意を逸らしてくれたおかげで、俺は“光る板”をコンセプト・ディスク・ドライブに変えるだけの時間を得る事が出来たんです」
そう言うと、彼はヴァルトーに向かって深々と頭を下げ返した。
「ありがとうございました。貴方たちが居なければ、俺はタイプ・ストームドラゴンになる事が出来ずに、ジュエルに命を奪われているところでした。……本当に助かりました」
「あぁ……いえいえ」
ハヤテの言葉に、ヴァルトーは苦笑いを浮かべながら頭を振る。
「むしろ、ハヤテ殿の足を引っ張るばかりで、内心忸怩たる思いでいっぱいです。我らにもっと力があれば、ハヤテ殿ひとりに戦いの負担を背負わせる事もないのに……不甲斐ない事です」
「いえ……! とんでもない――」
申し訳なさそうな顔をするヴァルトーに、ハヤテは慌てて言った。
「こんな……あなた達の仇敵と同じ姿をし、同じ力を持った俺の事を、仲間として……友人として扱って頂いて……俺は、それだけで充分です」
「ハヤテ殿……」
ヴァルトーは、ハヤテの顔をじっと見つめて、柔らかな笑みを浮かべる。
「それは……我らも同じです。姿も違い、力も劣る我々にも分け隔てない態度で接して頂き、我らだけではなく、ドリューシュ殿下やフラニィ殿下の事も守って下さった。そんなあなたの優しさに、種族の垣根を越えて、我らは惹かれているのでしょう」
「……優しさ――ですか」
ハヤテは、ヴァルトーの言葉に、相好を崩した。が――
「……うっ」
不意に苦悶の表情を浮かべ、頭を抱えた。
「くっ……ぐぅ……」
「……ハヤテ殿?」
様子の変わったハヤテに、訝しげな表情でヴァルトーが声をかけるが、ハヤテはその呼びかけに応える余裕も無い。
ただ、顔面を蒼白に染め、食い縛った歯の間からくぐもった呻き声を上げるだけだった。
『『優シイ?』』
――彼の脳内に、温度を欠いたような、抑揚の無い声が響き渡る。
『『オ前ガ、優シイダッテ?』』
焦点が合わない彼の視界に、ふたりの男の姿がぼんやりと浮かび上がる。
『『ソンナ訳、無イダロウ?』』
だんだんとハッキリと見えてくるその姿は――
「あ……あぁ……ああああああああ!」
『『俺タチヲ惨タラシク殺シタオ前ナンカガ、優シイハズナド無イダロウ?』』
首から噴き出した鮮血で全身を真っ赤に染めた、金髪の若い男と、若い警官――。
ふたりは、焦点の定まらない瞳でハヤテを睨みつけながら、虚ろな声で言った。
『『ナア……仁科勝悟。――コノ、人殺シガ!』』




