第十章其の壱拾弐 颶風
背を丸め、背中の翼を大きく広げたテラ・タイプ・ストームドラゴンの姿は、正に邪龍と呼ぶに相応しい禍々しい姿だった。
その身体からは、どす黒い殺気が陽炎のように立ち上っている。
「……」
血で染まった腹部に手を当てながら、水三叉槍を支えにして立つジュエルは言葉を喪った。
と、彼はゆらりと右腕を上げ、テラの足元を指さす。
「……水牢」
彼の声と同時に、テラの足元から夥しい水柱が噴き出し、彼を閉じこめんと渦を巻く――。
「オオオオオオオオオッ!」
が、大きく身体を反らしたテラが雄叫びを上げながら起こした暴風によって、水牢を構成する水は千々に乱れ散ってしまう。
「……ふっ。やはり、水牢程度の水芸じゃ、今の君の事は抑えられないようだね」
自分の技がいとも容易く破られたにも関わらず、ジュエルは己の事を嘲笑う余裕すら持っていた。
「ガアアアアッ!」
そんなジュエルの前で、テラは再び咆哮する。そして、手にした龍尾ノ長剣の柄を両手で固く握ると、その刃を右肩の上に担ぐように乗せた。
そして、より一層身体を低く沈み込ませて前傾姿勢を取りながら、血の色をした目をギラリと輝かせる。
(――ッ!)
その構えと目を見た瞬間、ジュエルの脳内でけたたましい警報が鳴り響いた。反射的に自分も身構えるジュエルは、珍しく焦りの色を浮かべる。
(……マズい。あの構えは恐らく、彼があの龍の姿で放つ必殺技だ。――そして)
彼は、自分の左手首に目を落とし、左手首のジュエルブレスに嵌った蒼い魔石をチラリと見ると、心中密かに臍を噛む。
(――ジュエルの基本フォームであるアクアブルーエディションでは、とても太刀打ちできない……!)
一瞬の間で、冷静に彼我の力差を比較したジュエルは、その結論に基づいた戦略を、脳内で素早く組み立てる。
「――水分身」
ジュエルはそう言うと、素早く二回指を鳴らす。
すると、彼の前に水柱が二つ噴き出し、瞬く間に二体のジュエルへと姿を変えた。
二体の水分身は、本体を護るように、その前に並んで立つ。ジュエルは、二体の 水分身を、自分の身を守る為の肉壁――もとい、水壁にしようというのだ。
一方のテラは、先ほどからの体勢を保ったままで微動だにしなかったが、おもむろに低い言葉を吐く。
「――臥龍天醒」
その言葉と共に、彼は踏みしめた脚に力を込め、思い切り地面を蹴った。
彼が脚を蹴り出した衝撃で、地面には無数の亀裂が走り、ささくれ立つ。
「――ッ!」
砂塵を巻き上げる一陣の颶風と化したテラは、一瞬の間に急激に間合いを縮め、立ち塞がる二体の水分身の目前に姿を現した。
そして、肩に担いでいた龍尾ノ長剣を袈裟掛けに斬り下ろす。
「「――ッ!」」
横溢な殺気を纏った黒刃を以て、二体まとめて斬りつけられた水分身は、断末魔の叫びを上げる間もなく、水へと還り、文字通り霧散した。
――が、テラの攻撃は、それで終わりではない。
二体の水分身を両断した龍尾ノ長剣の刃の勢いを、地面スレスレのところで強引に止めたテラは、素早く手首を返すと、
「――二連ッ」
水分身の後ろに身を潜めていたジュエルに向けて、一気に斬り上げる!
ガガガガッ――!
「――ッ?」
手元から伝わる斬撃の感触に違和感を覚えたテラの口から、息を呑む声が漏れる。
「コレハ……ッ!」
彼が斬り上げ、その刃を深く食い込ませたのは――、鮮血を撒き散らすジュエルの胴体ではなかった。
それは、鮮血の色をした光を放つ、巨大な卵型の宝石であった。
「……」
「……やあ、残念だったね、テラ」
と、突然、巨大な赤い宝石の中からジュエルの声が聞こえ、彼はぎろりと宝石の中に目を移す。
――いつの間にか、ブラッディダイヤモンドエディションに装甲を換えていたジュエルが、巨大な宝石の中に入っていた。
……いや、正確に言うと、ジュエル自身を核として、自分を護るダイヤモンドの卵殻を創り出したのだ。
「……私に、この“堅牢な卵殻”まで出させ、あまつさえ傷までつけるとは、やるじゃないか。この技は……あまり使いたくない、奥の奥の手なのだがね……」
「ぐ……グウウウウウ……」
「おいおい、止めたまえ。いかに君の技が強力だとしても、私の“堅牢な卵殻”を斬り割る事は不可能だよ。何せ、この殻の硬度は、私の装甲と同じ――即ち、硬度10なのだから――」
「グウウウウオオオオオオオオオ――ッ!」
ジュエルの言葉を無視して、テラは龍尾ノ長剣の柄を握る両手に一層の力を籠める。
――と、その漆黒の刃身が鈍く光った。
(――これは……!)
反撃の一撃を下そうとしていたジュエルだったが、その禍々しい光に危機を察知した。
彼は、すかさず後ろに飛び退こうとする――が、その行動は既に遅かった。
――ガガガガガガガガガッ!
耳障りな音を立てながら、凄まじい旋風をその身に帯びた黒刃が一閃し、標的を一気に両断する。
絶対の防御力を誇る堅牢な卵殻を。
――そして、その中に身を潜めていたジュエル・ブラッディダイヤモンドエディションの胸部装甲をも――!




