第十章其の拾 黒龍
「まったく……君には驚かされるね」
漆黒の装甲に覆われた、テラの新たな姿を目の当たりにして、ジュエルは思わず唸る。
「――まさか、一人の装甲戦士が、ふたつの装甲ユニットを同時装着する事が出来るとはね。……私の記憶が正しければ、同時装着を果たした装甲戦士など、存在していなかったような気がするが……」
ジュエルはそう呟くと、顎に手を当て、興味津々といった様子でテラに訊いた。
「……ひょっとして、ジュエル以降の『装甲戦士』シリーズで、装甲アイテムの同時装着システムが導入されたとか……そういうテコ入れがあったのかな?」
「いや……」
ジュエルの問いかけに対し、テラは静かに首を横に振る。
「装甲戦士が装着できる装甲アイテムは、ひとつだけ――。それは不文律と言っていいくらい、歴代の『装甲戦士』シリーズの中で守られていて、例外は無かった。それは、『装甲戦士テラ』でも変わらない……」
「……じゃあ、君のその姿は何なんだい?」
テラの答えに、微かな苛立ちを込めた声を上げ、ジュエルはその胸部に指を突きつけた。
彼が指さしたテラの胸部装甲には、赤と白――ふたつのコンセプト・ディスク・ドライブは嵌め込まれ、微かな駆動音を立てている。
テラは、ジュエルの指先につられて、自分の胸を見下ろし――微かに頭を振った。
「……俺にも、分からない。今言ったように、番組劇中でのテラには、ユニットの同時装着なんて概念は無かった。――だけど、何となく出来るような気がして、一か八か試してみたら……出来たんだ、この、“タイプ・ストームドラゴン”が」
「……俄かには信じ難いが」
と、ジュエルはテラの言葉に首を傾げるが、
「まあ……実際に、ユニットが同時稼働している装甲フォームを目の当たりにしては、信じるも信じないも無いか」
そう呟くと、テラの姿を見据えながら問いを重ねる。
「――ならば、だ。その……“タイプ・ストームドラゴン”という装甲フォームは、実際の『装甲戦士テラ』には存在しない、君自身が創造した未知の装甲フォームだ――という事かい?」
「ああ」
ジュエルの問いかけに頷いたテラは、「……というか」と続けた。
「それは、アンタになら理解できるんじゃないのか?」
「……何?」
テラの言葉に、ジュエルは思わず当惑する。
「――『私には理解できる』? どういう意味だい、それは?」
「アンタも、同じ事をしていたじゃないか」
「同じ事……だって?」
「ああ」
訝しむジュエルに対し、テラは更に言った。
「アンタだって、劇中の『装甲戦士ジュエル』では存在していない技を、自分で開発・改良していたじゃないか。複数の水人形や、ブラッディ・ファウンテン……」
「……確かに」
「俺は、それと同じ事をやってみただけだ」
「ふ……ふふ……」
事も無げに言い放つテラに、ジュエルは思わず噴き出す。
「はははは! まったく、私のプライドを逆なでてくる言い草だね! 既存の技を応用・改良しただけの新技と、装甲ユニット同時装着の上で創造した新装甲を“同じ事”だと言い切るのか、君は!」
「……」
だが、ジュエルの言葉に、テラは応えない。
それどころか、急に頭を抱えて呻き声を上げ始めた。
「……うぅ」
「……ん、どうした?」
ジュエルは、頭を抱えて蹲ったテラに、思わず声をかけた。
だが、テラは両手で頭を抱えたまま、依然として低い唸り声を上げ続ける。
――と、
「う……ウォォオオオオオオオオオ――ッ!」
突然立ち上がり、まるで獣の様な咆哮をあげた。
先ほどまでの彼とは全く違う、悪意と敵意に満ちた叫び声を聞いた瞬間、ジュエルは本能的に危険を察知し、即座に戦闘態勢を取る。
「……何だ? この禍々しい……剥き出しの殺気は!」
「――ウオオオオオオオオオオッ!」
テラは、先ほどに倍する咆哮をあげると、長い尻尾を振り上げた。そして、思い切り地面へと叩きつけ
、その反動で空高く飛び上がる。
同時に、背中に格納していた黒い翼を大きく広げると、大きく羽搏かせ、巻き起こった猛烈な突風を眼下のジュエルに向けて叩きつける。
「ぐ……っ!」
ジュエルは、嵐のような風圧を浴びせられ、思わず呻き声を上げる。彼は、何とかその場に留まろうと、必死で足を踏ん張るが……、
「う……おぉっ……!」
耐え切れず、バランスを崩しながら数歩後ずさった。
「くっ……! なるほど、“ストームドラゴン”……“嵐の龍”か! その名に違わぬ……力だ!」
そう呻くように言ったジュエルは、近くに生えていた大木の幹に背中を押し付ける事でようやく体勢を整え、テラが滞空していた方向を見上げる。
――が、
「――来るッ!」
テラは背中の羽を広げたまま、まるでハンググライダーのように空を滑空しながら、ジュエルの方に向かって一直線に接近した。
「やらせんっ!」
大木の幹を身体の支えにしたジュエルは、みるみる近付いてくるテラに向かって、素早く作り直した氷の和弓に氷の矢を番える。
「食らえ! アイシクル・アローッ!」
そして、テラ目掛けて、力の限り引き絞った矢を放った。
――だが、
「――何だとっ?」
氷の矢は、テラの眉間に突き立つ前に、彼を取り巻く豪風によって、その軌道を大きく逸らされてしまう。
「くっ!」
必殺の矢を躱されたのを見たジュエルは、即座に氷の和弓を投げ捨てると、真横に向かって身を投げ出した。
一瞬遅れて、耳を劈く様な轟音と共に、凄まじい風が彼の頭をスレスレに掠めていく。
そして、先ほどまで体の支えとしていた巨木が、太い幹を真っ二つに断ち斬られ、ミシミシという乾いた音を立てながら、地面に倒れる。
「……いやはや、何ともはや……」
ジュエルは、一抱えはありそうな巨木をいとも容易く両断した、黒い暴龍の姿をした戦士に慄然としながらも、
「……素晴らしい。これが――装甲ユニットを同時装着した装甲戦士の力というものか!」
その仮面の下に、不敵な笑みを浮かべていた――。




