第十章其の漆 金剛
爆発的な加速をかけたジュエルは、一瞬でテラに肉薄する。
「シャアアッ!」
次の瞬間、奇声を上げながら、深紅に輝く凝血細剣をテラの胸元に突き立てんとする。
「させるかっ! チタニウム・タスク・ガードッ!」
テラは、咄嗟に仮面から伸びる二本の牙を交差させ、迫りくる凝血細剣の切っ先を受け止める。
――が、
「……フン! チタン如きで、ダイヤモンドの剣を防げると思ったのかい?」
ジュエルの言葉の通り、重ねたチタニウム・タスクを易々と貫通した凝血細剣は、そのままテラの胸部装甲に突き立った。
しかし、
「……ちっ!」
ジュエルが、忌々しげに舌打ちする。
チタニウム・タスクの二重のガードとマウンテンエレファントの分厚い胸部装甲に妨げられた凝血細剣の切っ先は、さすがにテラの生身までは届かなかった。
勢いの止まったジュエルの身体にテラのビッグノーズが伸び、大蛇の様に巻き付いた。
「……捕まえたぞ、ジュエル!」
「テラ……!」
テラの意図を読んだジュエルが、驚きの声を上げる。
「まさか……君は、私をその鼻で捕らえる為に、わざと突進を受け止めたのか――!」
「ああ、そうだ!」
声を上ずらせるジュエルを見据え、テラはアイユニットを光らせながら叫んだ。
「食らえ! デブリ・フローフォ――」
「……なんてね」
テラが必殺技に移ろうとした刹那、ジュエルはその仮面を不敵に輝かせる。
「……ブラッディ・ヘッジホッグ」
ジュエルが、冷静な声を上げるや、彼の纏う真紅のブラッディダイヤモンドエディションの装甲から、無数の深紅の針が生えた。
ダイヤの硬さを持つ長い針は、身体に巻き付いたビッグノーズを次々と貫き、内蔵されている人造筋肉の繊維をズタズタにする。
やがて、穴だらけにされたビッグノーズが、その力を喪い、だらりと垂れ下がった。
「……ッ!」
「君が考える程度の策なんて、とっくにお見通しだし――“溶血”」
彼の声と共に、テラの胸に突き立っていた凝血細剣が、その形を崩し、どろりとした赤い液体へと姿を変えた。
「な……っ?」
「――仮に、君が私の予測を超えてこようと、ジュエルの最強形態であるブラッディ・ダイヤモンドエディションには通用しないよ!」
そう叫んだジュエルは、両手を強く握り込み、真っ直ぐ上に突き上げる。すると、先ほどまで凝血細剣を構成していた血液がその両拳に吸い上げられるように集まり、今度はグローブの様な形状の結晶となる。
「ブラッディ・ナックル」
ジュエルは抑揚の無い声でそう言うと、軽やかなステップを踏んでテラの懐に入り込んだ。そして、その胸部装甲に向かって、ダイヤの硬度を持つ拳を叩きつける。
「グはぁッ!」
テラ・タイプ・マウンテンエレファントの巨体が、くの字に折れた。いかに、マウンテンエレファントの堅牢な装甲といえど、ブラッディ・ナックルの硬い拳による凄まじい衝撃を受け止め切る事は出来なかったのだ。
だが、ジュエルは攻撃の手を緩めない。
胸に、腹に、顔面に、次々とブラッディ・ナックルが打ち込まれる。
「ぐ……う……ぐぅっ!」
拳を受ける度、マウンテンエレファントの灰色の装甲が、へこみ、ひしゃげ、欠けていく。
――その時、
「う……うおおおおおおおおっ!」
防戦すらできず、一方的に殴られ続けていたテラが、咆哮した。
彼は首を大きく振ると、ジュエルの身体を薙ぎ払おうとするかのように、先が欠け、あちこちにヒビが入ったチタニウム・タスクを振り下ろした。
「――フン! 無駄な足掻きを!」
が、その一撃は、ジュエルにやすやすと躱された。彼は軽やかに後方に跳び、風切り音を上げながら迫るチタニウム・タスクを避ける。
「フフフ……、だから、君の反撃は既に予測済み――」
嘲笑しながら、前方に視線を戻したジュエルだったが、相対していたはずのテラの巨体が忽然と姿を消している事に気付いた。
「どこに――」
キョロキョロと周囲を見下ろすジュエルだったが、ふと暗くなったのに気が付き、素早く空を振り仰ぐ。
その目に映ったのは、指を絡ませ組んだ両拳を振り上げた体勢で天高く跳躍していたテラの姿だった。
「――ッ!」
「エレファ・ブランディング・スレッジハンマ――ッ!」
一瞬動きの止まったジュエルの額に向け、テラは組んだ両拳にマウンテンエレファントの全ての力を込めて振り下ろした。
凄まじい衝突音が響き渡り、衝突で弾かれた空気が渦を巻いて、周囲の土や植物もろとも、高々と舞い上がる――!
――が、
テラの放った渾身のエレファ・ブランディング・スレッジハンマーは、頭上で交差させたジュエルの両腕――大量の血液を凝集させ、より一層硬化させた手甲――によって、完全に受け止められた。
「――はっ!」
衝突の瞬間、ジュエルは両腕の角度を微妙に変え、エレファ・ブランディング・スレッジハンマーの衝撃と威力を斜め下の方向へといなす。
「う――ッ!」
技の作用点をずらされたテラは、思わず体勢を崩し、前のめりになる。
その肩口に、いなしたテラの技の力を上手く利用して身体を回転させ、遠心力をたっぷりと乗せたジュエルの浴びせ蹴りがめり込んだ。
「が――ッ!」
思わぬ反撃に、テラの身体は吹き飛ぶ。
そして、草原の上をゴロゴロと三十メートルほども転がり、突き出た大岩にぶつかって、ようやく止まった。
「ぐ……が……」
大岩に半ばめり込み、テラは全身を襲う激しい痛みで呻き声を上げる。
「はっはっは!」
そんな彼に向けて、ジュエルは嘲笑を浴びせた。
「いやいや、今の技の繋ぎは良かったよ! びっくりしたよ――ほんの少しね」
「……」
「でも、さっきも言っただろう? 少しくらい、私を出し抜けたところで、このブラッディダイヤモンドエディションの前では、蟷螂の斧の一薙ぎに等しいってね」
「……ぐ」
ジュエルの嘲笑に対し、テラはただ歯噛みするだけだった。
(……駄目だ。俺の今の手持ちだけじゃ、ブラッディダイヤモンドエディションには到底太刀打ちできない!)
確かにジュエルの最終フォームなだけあって、その攻撃力も防御力も、テラの基本フォームとは文字通り格が違う。
このままでは、ジュエルに嬲り殺しにされてしまう――そう考えたテラは、劣勢を挽回できる手は無いか、朦朧とする頭で必死に考える。
――その時、
『――使いなよ、テラ』
「え……?」
突然、脳内に響いた少年の声に、テラはハッとする。
『せっかく持ってるんだからさ。――ホントはボクのものだけど、キミにあげるよ。ソレ』
「け……健一……か?」
信じられない思いで、テラは周囲を見回すが、当然、彼の周りに少年の姿は無い。
だが、彼の声はハッキリと聴こえる……いや、脳内に直接響き渡っている。
その声は、更に言葉を続けた。
『その代わり……ボクの代わりにサトルの奴をぶっ飛ばして。頼んだよ』
「お……おい、健一! そ……ソレって、一体何の――」
テラは、慌てて健一の声に向かって呼びかけたが、もう返事が返ってくる事は無かった。
――その時、
「……あ」
テラは、自分の足元で何かが光を放っているのに気が付く。
彼は、光っているソレを持ち上げた。
そして、驚きの声を漏らす。
「これは――!」
彼の手の中で仄かな光を放つのは……かつて健一のZバックルだった“光る板”であった――。




