第十章其の伍 慈悲
「じ……慈悲が無い? ――俺に?」
「ああ、そうだよ」
自分を糾弾する言葉に驚いたテラが上ずった声で問いかけると、ジュエルはあっさりと頷いた。
そして、顎を指で撫でながら、静かな声でテラに問いかける。
「……君は、Z2と戦い、勝利を収めた。彼にかなりの重傷を負わせ、その肩を完全に破壊して、ね」
「……ああ、そうだ」
ジュエルの言葉に、テラは戸惑いながらも認めた。
そして、キッと顔を上げて、ジュエルを真っ直ぐに見ながら言う。
「確かに……Z2の必殺技に対抗する為に、俺は全力の疾風・アックスキックを放ち――Z2に深手を負わせて勝利した。だが、それが何だと――」
「そして、健一くんが二度とアームドファイターZ2の力を使えぬ様、装甲アイテムであるZ2バックルを取り上げた。――そうだね?」
「……あ、ああ、そうだよ! だから、それが何だ――」
「――だから、それが理由だよ。私が君の事を“慈悲が無い”と言ったのは」
「な……何だと?」
ジュエルの口から放たれた糾弾の言葉に、テラは当惑と動揺を隠せない。
そんな彼を前に、ジュエルは嘲笑を浴びせかけ、更に言葉を継ぐ。
「だって、そうだろう? 肩を壊され、君に装甲アイテムを奪われたせいで、この世界でにおける健一くんの立ち位置が、『この世界に住むどの生物よりも強力な力を持つ戦士』から『装甲を纏う事も出来ないタダの足手纏いのクソガキ』へと変わってしまったのだよ。――全部、君のせいだ」
「う……」
淡々と紡がれるジュエルの言葉に、テラは思わず声を失った。
そんな彼の事を冷ややかに見下しながら、ジュエルは更に言葉の刃を振りかざす。
「そんな弱者に堕ちた健一くんが、どうしてこの厳しい異世界で生きていけようか。猫獣人や森の中に潜む化け物の様な生物に追われた時に、立ち向かう術すら持てなくなった彼が」
「……だから、健一を殺したのか? 自分たちの足を引っ張るから――?」
「ああ、それも理由の一つだ」
「ふざけるな!」
ジュエルの言葉に、テラは声を荒げた。
「だったら……彼が弱い存在になってしまったのなら、俺達装甲戦士たち……大人たちが、彼を守っていけばいいだろう! 本来、子どもは守られるべき存在だし、どんな状況でも、大人には子供を守る義務がある!」
「無いよ」
「な――」
テラの主張を、ジュエルはあっさりと否定する。
彼は、フルフルと頭を振りながら、静かに言った。
「――少なくとも、この世界に生きる我々がそんな甘っちょろい事を言ってられる程、現状は甘くない。弱者を背負っていく余裕など無いんだ。そんな事をしたら、我々も共倒れになってしまうだろう」
「だからって――!」
「……では、訊くが」
怒りを露わにするテラを、仮面の奥の目で睨み据えながら、ジュエルは尋ねる。
「――君なら、彼を守る事が出来たというのかい? 猫獣人たちの側につき、その中で生きていこうとしている君が」
「それは――」
「もちろん」と言いかけたテラだったが、脳裏に薄暗いキヤフェ王宮の廊下での情景が浮かび上がり、思わず口ごもった。
あの時――自分に倒された装甲戦士シーフが、縋りつきながら懇願した言葉を思い出したのだ。
『……アンタが、寛大な心だか何だかで、あっしを生かしたところで、どうせすぐに、あの化け猫どもに惨たらしく殺されちまうんですよ……』
『後生ですから――あいつらに嬲り殺しにされる前に、アンタがあっしの息の根を止めて下せえ』
――あの時、シーフは異常なまでに、生きて猫獣人たちに囚われる事を怖れていた。捕まったら最後、死よりも辛い目に遭わされるに違いない、と。
そして、彼は自ら死を選んだ……。
「……っ」
「どうやら……その様子じゃ、気付いたようだね。自分の考えが、いかに甘っちょろいものだったのか……」
「……」
「猫獣人たちの、我々オチビトに対する敵意は深い。仮に健一くんが生き延びて、猫獣人だらけの所にいる君の元に行ったところで、ロクな結末にはならなかっただろうね」
「だ……だが……!」
ジュエルの言葉に、テラは論駁しようと声を上げた。
「だが……俺は、猫獣人たちと共存できている! 俺の力を認めてくれて、共に生きていく事を赦してくれている! だから、健一だって――」
「君と、健一くんや我々とでは、同じオチビトでも、まるで事情が違う」
テラの反論を遮ったジュエルは、冷たい声で言葉を継ぐ。
「――君は、ひとりも猫獣人を殺していない。……だが、健一くんや我々は違う」
「う……」
「私も健一くんも薫くんも、相当な数の猫獣人たちを殺している。……『石棺の破壊』という目的を果たす為には邪魔だから、やむを得ず――だがね」
「……」
「そんな理不尽な目に遭わされてきた彼らが、『まだ子供だから』『もう装甲戦士にはなれないから』なんて理由くらいで、今までさんざん、仲間を無惨に殺してきた憎い仇を赦すだなんて思うのかい?」
「そ……それは……」
「赦さないよ、絶対。……多分、自分が彼らの立場だったとしても赦さないね、決して」
そう、キッパリと言い切ると、ジュエルはテラの顔をジッと見据える。
「それとも……君なら赦せるのかい? 愛する家族や親しい仲間を殺した仇を」
「――それは……」
ジュエルの問いに、テラは返す言葉を失う。
そんな彼に、ジュエルは頷きかけた。
「“赦せない”と感じてしまったとしても、悩む事も、恥じ入る事も無いよ。それが、人として自然な感情だ。……多分、種族は違えど、猫獣人たちもね」
「……」
「猫獣人の庇護下にある君が健一くんを守るという事は、必然的に彼を怨恨が渦を巻いている様な所に叩き込むという事なんだよ。そんな状況下でも、君はなお健一くんを守り通す事が出来るというのかい、猫獣人全てを敵に回す事になってでも?」
そう言うと、ジュエルは小さく息を吐く。
「出来ないよ、絶対に。もし、まだ本気でそう思っているのだとしたら、君は、『情を持つ者の心の機微』というものに疎すぎると言わざるを得ないよ」
「……ぐ」
「……良かった。君は、そこまで愚かでは無いようだね」
ジュエルは、沈黙するテラに対して満足げに頷きかけると、更に言葉を継いだ。
「ならば、理解るだろう? 私は健一くんに齎してあげたのだよ、――安らかな死を。彼の為に」
そう言うと、彼は左手を広げる。彼の掌には、微かな冷気を放つ白い魔石があった。
「この南極魔石――ホワイトアンタ―クチサイトエディションのアイシクル・アローでね」
「……!」
「アイシクル・アローは、瞬時に相手を凍りつかせる技だ。……健一くんは、痛みを感じる暇もなく逝っただろう。猫獣人たちに捕まって惨たらしく処刑されるより、ずっと楽な最期だよ」
そう言うと、ジュエルは両手を広げ、肩を竦める。
「解ったかい、テラ。これが――私なりの、彼に対する“慈悲”だ」




