第十章其の壱 巧者
装甲の装着が完了した装甲戦士ジュエルは、おもむろに右手を伸ばし、テラの足元を指さす。
「――水牢」
次の瞬間、テラの足元の地面が割れ、夥しい水が噴き出した。
「――ッ!」
噴き出した水は、渦を巻きながら、先ほどと同じようにテラの身体に纏わりつく。
だが、テラはそれを読んでいた。
「――ウルフファング・ウィンドッ!」
即座に左手で手刀を作り、自分の周囲を覆い尽くさんとする水流に向けて、真空の刃を放つ。
噴き上がりかけた巨大な水の柱は、テラのウルフファング・ウィンドを受けて散り散りに爆ぜた。
「――トルネード・スマッシュ!」
次いで、テラはジュエルに向かって右腕を突き出す。
彼の右腕によって弾かれた空気が小さな竜巻となり、ジュエルに向かって真っ直ぐに突き進み、彼の身体に命中した。
が――、
「……“水分身”か!」
トルネード・スマッシュがヒットした瞬間、先ほどの水牢と同じように飛び散ったジュエルの身体を見た瞬間、テラは悔しそうに叫んだ。
水で出来たジュエルの分身体は、数多の水滴となって、周囲に降り注ぐ。
「――正解だよ」
「グッ――!」
背後から声がした瞬間、テラは身を屈め、前方に向かって地を蹴った。
低い体勢で跳んだテラは、右掌を地につけ、もう一度跳ねた。そして、空中で身体を一回転させると、
「ウルフファング・ウィンド!」
今度は真空の手刀を放つ。
真空の刃が、今度こそジュエルの身体を捉えた。
――が、
「――読みが甘いよ、テラ」
「ガッ――?」
どこか人をからかう様なジュエルの声が背後から聴こえた瞬間、彼の背中に強い衝撃が加えられ、テラは思わず苦悶の声を上げる。
彼はそのまま吹き飛び、草原の上を十五メートルほどもゴロゴロと転がってから、ようやく止まった。
「……くそっ!」
背中の痛みで仮面の下の顔を顰めながら、テラは身を起こす。
先ほど彼が吹き飛ばされた場所に、蒼い宝石の仮面をつけたジュエルが、足を振り上げた格好で立っていた。
「やはり、私より後の時代から来ただけあって、ジュエルの水分身の事を知っていたようだね。……でも、喋れる事は知らなかっただろう? まあ、無理もない。何せ、テレビ放送中にも、そんな描写は一切無かったからね」
「……何で――」
「うん? 『何で、水分身が喋ったのか?』だって? ――簡単な事さ」
そう言うと、ジュエルはパチンと指を鳴らす。すると、彼の傍らの地面から滲み出した水が人の背丈くらいの高さまで盛り上がったかと思うと、もう一人のジュエルが現れた。
元々のジュエルは、新しく表れたジュエルの肩に手を置き、自慢げに言う。
「改良したんだよ、私が」
『――オリジナルの技に手を加えてね』
「……っ!」
後半の言葉は、水分身のジュエルが発した声だった。その事実に、テラは驚きを隠せない。
そんなテラの反応を見て、ジュエルは仮面の奥でクックッと嘲笑を漏らす。
「驚いてくれてありがとう。改良するのは結構大変だったから、そのリアクションは嬉しいね。――じゃあ、驚きついでにもう一つ」
そう言うと、ジュエルは再び指を鳴らした。
テラは、ハッとして身構えるが、
「……ッ!」
背後に嫌な気配を感じて、本能的に横に跳ぶ。
ブンッ!
一瞬前まで彼がいた空間に、何かが空を切った。
「な……っ」
間一髪で攻撃を避けたテラは、攻撃を加えてきた者の姿を見て、思わず息を呑む。
「水分身が、もう一体……?」
「びっくりしただろう? テレビのジュエルは、一体しか出していなかったからね」
驚くテラの姿を見て、ジュエルは満足げに頷きながら言った。
「まあ、発想の転換ってやつさ。『水分身が水を媒体にするのであれば、水さえあれば何体でも同時発動できるんじゃないか』……ってね」
「……それで、試してみたら出来た――と?」
「まあ、今は二体が同時操作の限界なんだけどね」
そう言うと、ジュエルはおどけた様子で肩を竦めてみせる。
「何せ、彼らは自立稼働では無いからね。私が頭で考えながら、彼らを操作するのは、なかなかに大変なんだよ。――こんな風に、ね!」
「っ!」
ジュエルが指を振ったのを合図にしたように、二体の水分身が、無言でテラに向かって襲いかかってきた。
「くっ!」
急いで身構えたテラは、水分身の一体が放った拳をガードし、もう一体の放った回し蹴りを身を屈めて避ける。
――と、
「ほら、足元がお留守だよ!」
「ぐっ!」
ジュエルの本体が、二体の水分身の身体で出来た死角から足払いをしかけてきた。堪らず、テラはその場に尻餅をついてしまう。
と、ジュエルは指を鳴らした。それに応じるかのように、二体の水分身がその形を崩し、元の水へと戻る。
と、ジュエルが、虚空に向けて右手を翳した。
「――水三叉槍」
静かに紡がれた声に応じるように、水分身を形作っていた大量の水が彼の手元に凝集し始め、長い柄をし、先端が三又に分かれた、仄かに青く輝く槍と姿を変えた。
「……」
槍の柄を両手で掴んだジュエルは、無言のまま、尻餅をついたテラに向けて三叉槍を突き下ろす。
「くっ!」
その鋭い槍の先端を、テラは紙一重のところで身を捩って避けた。
が、
「――避け方が甘いよ!」
ジュエルはすかさず手首を返し、水三叉槍を横薙ぎに払う。
「がっ……!」
三叉槍の副刃で背中を強かに打ち据えられたテラは、思わず苦悶の声を上げる。
が、
「……捕まえた」
「――!」
半身を捻って、伸ばした左手で水三叉槍の柄をしっかりと掴んだテラ。
彼は、掴んだ柄を思い切り引っ張り、それにつられて前のめりに体勢を崩したアクアのマスク目がけて、右手の裏拳を叩きつける――。
が、
「……危ない危ない。今のは少し驚かされたよ、テラ」
言葉とは裏腹に、余裕たっぷりの口調で言うジュエル。
テラの放った裏拳は、ジュエルの顔面の前に現れた大きな水の塊によって受け止められていた。
「……チッ!」
思わず舌打ちするテラだったが、その心の内には焦燥を募らせる。
(――このジュエル……いや、牛島聡は、自分の装甲の特徴や能力を把握した上で、最適な使い方を熟知しているようだ。……恐ろしく戦い慣れている。シーフやZ2やツールズよりも、ずっと……!)
青い狼の仮面の下で、ハヤテの頬を冷や汗が伝った。
(――多分、この男は、オリジナルの装甲戦士ジュエルよりもずっと……強い!)




