第九章其の壱拾肆 石棺
「手を……組む?」
ハヤテは、牛島の言葉に思わず戸惑いの表情を浮かべ、おずおずと尋ねる。
「それは……アンタ達、オチビト達の側につけという事か? ……だったら――」
「いや。違うよ」
「……え?」
予想に反して頭を振った牛島を前に、ハヤテは更に当惑する。
「じゃ……じゃあ、どういう――」
「私は今、『私と手を組んでくれないか』と言ったんだ。他のオチビトは関係無いよ」
「オチビトではなく、アンタ個人と……だけ?」
「ああ、そうだよ」
ハヤテの問いに、牛島はあっさりと頷く。
「だから、君は別に今までのまま、猫獣人側の方についたままで構わない。――いや、むしろ、君は猫獣人側に居てくれた方が、私としては都合がいい……」
「……それは、どういう意図なんだ?」
ハヤテは、険しい表情のまま、牛島の表情を窺うように目を細める。
「――アンタは、一体何を考えている? 牛島聡……」
「さて、何だろうね」
ハヤテの問いかけに、牛島は愉しげに口角を上げてみせた。
そんな牛島の反応に小さく息を吐いたハヤテは、大きく首を左右に振る。
「……手を組めと言われても、アンタの本心が分からなければ、判断のしようがない。……ただ、アンタが石棺の破壊を狙っている限り、俺は決して――」
「私は、別に“石棺の破壊”に拘っている訳じゃないよ?」
「……え?」
牛島が口にした意外すぎる言葉に、ハヤテは思わず唖然とする。
「そ……それって、どういう意味だ――?」
「どういう意味も何も、言葉通りだよ」
ハヤテの反応が面白くて仕方がないのか、牛島はくっくっと笑いを圧し殺しながら、言葉を続けた。
「――最近の私は、“石棺の破壊”ではなく、“石棺”という存在自体に、並々ならぬ関心を抱いているんだよ」
「存在……自体?」
「実に興味をそそられる存在だと思わないかい?」
牛島は、どこウキウキとさえしながら、ハヤテに問いかけた。
「果たして、この世界に対して、石棺はどんな役割を担っているのか? 何故、この世界の猫獣人たちの間で、『石棺を破壊すると世界が滅ぶ』という警句が連綿と伝えられ続けているのか? そもそも、石棺とは何なのか? 人工のモニュメントなのか、それとも自然の構造物なのか、それとも……猫獣人たちの神話で伝わっている通りの『神を封じた棺』なのか……?」
「……」
「ああ、考えるだけで心が躍るよ! 『物書きとしての血が騒ぐ』とでも言うのかな?」
牛島は陶酔したような表情を浮かべながら、更に言葉を継ぐ。
「――正直に言うとね。あの日、白猫の王様を殺す前に聞き出した神話の内容と、あの光景を見てから、私は元の世界の事なんてどうでも良くなってしまったんだよ!」
「……あの光景?」
「――ん?」
自分の言葉に、訝しげに眉を顰めたハヤテの様子に、牛島は首を傾げた。
「君も、見たんじゃないのかい? あの通路を……」
「あ、“あの通路”……?」
不可解な牛島の言葉に、ハヤテは戸惑いの表情を浮かべる。
牛島は、狼狽するハヤテに小さく頷きかけながら話を続けた。
「そう。――あの王宮の大広間に隠されていた、石棺の眠る“霊廟”へ続く通路さ」
「つ、通路? ……そんなものが、あそこにあったのか?」
初めて知る事実に驚愕するハヤテ。
そんな彼の反応を見た牛島が、ふと眉を顰める。
「……見てないのかい?」
「あ……ああ」
牛島の問いに、ハヤテはぎこちなく頷く。
「――あの部屋に、そんな通路がある事自体、今知った……」
「……そうか」
牛島はそう呟くと、大きく息を吐いた。
それは、明らかに失望の溜息だった。
「そうだったんだね。私はてっきり、これほどまでに深く猫たちの間に入り込んでいる君だったら、とっくにあの通路を見ているものだと思っていたんだがね。……なるほど。道理で、話が通じない訳だ」
「……何だ? 何かあったのか、その“通路”に――?」
「君には、もう話す気は無いよ」
「――ッ!」
明らかに、牛島の口調が変わった。ひどく冷たく感じるその声に、ハヤテは思わず気圧される。
「……気が変わった」
そう言うと、牛島は懐から青く光る魔石を取り出した。彼の瞳が、魔石が反射した陽の光を受けて、蒼く光る。
「疾風くん……君は、私の今後に対して、危険な存在なのかもしれない」
「……何だって?」
「君は、他のオチビト達と比べて、イレギュラーな部分が多過ぎる」
牛島は、据わった眼をハヤテに向けながら、静かに言った。
「我々オチビト全員が抱いているはずの、『石棺を壊さなければならない』という強迫観念を、ひとりだけ持っていない事や、何も知らないにも関わらず、我々と対立してまで猫獣人の側についている事……。イレギュラーだらけだ」
「……」
「そのイレギュラーは、小石の様な些細な事なのかもしれない。だが、小石といえど、レールに乗れば、大きな列車を脱線させる事もある……」
「……」
「私の走らせる列車を脅かす小石となる可能性が少しでもあるのならば、速やかにレールから排除せねばならない。そうだろう……疾風くん?」
そう言うと、牛島は左手首のジュエルブレスに魔石を嵌め込んだ。
「だから……君にはここで消えてもらう事にするよ。さっきの話は、忘れてくれ」
「――ちッ!」
それを見たハヤテは舌打ちをするや、慌ててコンセプト・ディスク・ドライブを取り出し、イジェクトボタンを押す。
焦るハヤテの様子を見て、牛島は微かに笑みを浮かべ、それから静かに口を開いた。
「魔装――」
「――装甲戦士・装着ッ!」
一拍遅れて、ハヤテも叫び、ウィンディウルフディスクを載せたトレイをドライブに押し込む。
次の瞬間、双方の身体が眩い光に包まれ、
『魔装・装甲戦士ジュエル・ブルーアクアエディション』
『装甲戦士テラ・タイプ・ウィンディウルフ、完・装ッ!』
ふたりの装着アイテムから鳴った電子音声が、戦いの開始を告げた――!




