第九章其の伍 開戦
「くたばれぇっ!」
憎々しげな叫びと共に、ツールズが手にしたマルチプル・ツール・ガンの銃爪を引く。
その銃口から、眩いマズルフラッシュと同時に白く光る釘が数本立て続けに発射され、地響きを立てながら突進してくるテラ目がけて飛んだ。
「おおおぉぉっ!」
テラはすかさず、マウンテンエレファントのビッグノーズを振り上げる。
カカカン! という乾いた音を立てて、光る釘が全て弾き飛ばされた。
そして、突進の勢いは弱めぬまま右腕を真横に振り上げ、ツールズの首元目がけてラリアットを食らわそうとする。
「エレファ・ラリアットォーッ!」
「……くっ!」
射撃体勢を取ったままだったツールズは、回避行動が遅れた。
咄嗟にリンボーダンスでバーを潜る様に身体を仰け反らせ、テラの巨椀の下を潜り抜けようとする。
――が、
「くっ! ぐうぅっ!」
テラ・タイプマウンテンエレファントが、その怪力で放ったラリアットが巻き起こした衝撃波をまともに浴びたツールズは、苦悶の声を上げながら尻餅をついた。
その隙を、テラは逃さない。
両脚を踏ん張って強引にその場で制止すると、まるで四股を踏もうとするかのように、高々と脚を上げた。
「ビッグフットスタ――!」
「……ネイルスピアモードッ!」
自分の足元に仰向けに倒れた格好のツールズの胸目がけ、テラが巨大な脚を振り下ろそうとする直前、ツールズが叫ぶ。
その叫びに応じるようにマルチプル・ツール・ガンが眩い光に包まれ、たちまち細長い槍に形を変えた。
「串刺しになっちまえ!」
ツールズは、槍を掴んだ右手をテラの股座目がけて振り上げる。江戸時代の磔刑よろしく、股間から脳天までを槍で貫こうというのだ。
「く……! くおおおおおっ!」
不意を衝かれたテラは、咄嗟に振り上げた右脚を横に払い、急所を狙うネイルスピアを蹴り飛ばす。
だが、そのせいで、テラの視線がツールズから一瞬切れる。
「隙ありぃっ!」
ツールズは、槍を蹴り払われた反動を利用してグルグルと身体を回転させながら起き上がり、そのままテラに向けて浴びせ蹴りを放つ。
「グッ!」
肩口にツールズの浴びせ蹴りを食らったテラは、くぐもった呻き声を上げるが――、
「――チィッ、効かねえか!」
ツールズの浴びせ蹴りをまともに食らっても微動だにしないテラの様子に、ツールズは忌々しげに舌を打つ。
不充分な体勢から放ったとはいえ、手応えは充分だった。それにも関わらず、テラ・タイプ・マウンテンエレファントの堅牢な装甲の前には、ツールズの浴びせ蹴りは蟻の一撫でに等しいようだ。
だが、ツールズには、その事を悔しがる暇すら与えられない。
瞬時に伸びたテラのビッグノーズが、蹴りを放って伸び切ったツールズの足首にガッチリと巻き付いた。
「ぐっ! は、離――!」
「グオオオオオオオ――ッ!」
ツールズが怒鳴る間もなく、獣の如き咆哮を上げたテラがビッグノーズの先にツールズを掴んだまま、その場で激しく回転し始める。
「ぐっ……グウウウッ!」
目まぐるしい回転によって、身体に容赦なく加えられる苛烈な遠心力の前に為す術もないツールズは、マスクの下の顔を歪めながら、ネイルスピアを握る手に力を込めた。
「が……ガンモード……ッ!」
ようやくの思いで、ネイルスピアをマルチプル・ツール・ガンへ変形させる事が出来たツールズは、自分の足首に巻き付いたテラのビッグノーズ目がけて乱射した。
殆どの釘弾はビッグノーズの金属装甲に弾かれたが、そのうちの数本が、装甲の僅かな隙間に突き立ち、ツールズの足首への巻き付く力が僅かに緩む。
ビッグノーズから、ツールズの足首がすっぽ抜けた。
「う、うおおわあああ――ッ!」
悲鳴の様な絶叫を残し、ツールズの身体が、灌木を次々薙ぎ倒しつつ宙を舞う。
そして、朦々と土煙を上げて、森の奥の地面に転がった。
一方のテラは、立ち上る土煙に顔を向けるや「……逃がすか!」と叫び、土煙の方に向けて躊躇なく地を蹴る。
地響きを立てながら、その巨体に似合わぬ敏捷さを見せるテラ。薙ぎ倒された灌木を軽々と飛び越えながら、スピードを落とさずに森の中へと足を踏み入れた。
と、その時――、
「おおおおおおおおおっ!」
咆哮と共に、鬱蒼と茂る森の木々が一斉に薙ぎ倒され、テラの方はと倒れ掛かってくる。
「――ッ! ビッグノーズッ!」
一瞬、虚を衝かれたテラだったが、即座にビッグノーズを伸ばし、自分の方へと圧し掛かろうとする太い木の幹を全て弾き飛ばした。
地面を転がる木の幹によって、再び夥しい土煙が上がり、テラの視界を妨げる。
――と、あたりに立ち込める土煙の中で光が瞬き、甲高いモーター音と回転音がテラの耳を打った。
「っ……!」
本能的に危険を察知したテラは、即座に後方へ飛び退る。
その一瞬後、激しく回転するチェーンソーの刀身が、数瞬前にテラが立っていた場所を横一線に薙ぎ払った。
白い火花を散らせ、ガリガリと嫌な音を立てながら、強靭なはずのマウンテンエレファントの胸部装甲に真一文字の傷が刻み込まれる。
「ぐッ……!」
「……ちっ、浅かったか……! 相変わらず、カンのいい野郎だ!」
思わず呻き声を上げて胸部装甲の傷に掌を這わせるテラを悔しそうに睨みつけながら、悠然と土煙の中から姿を現し、右腕のトゥーサイデッド・ソーの刃身を振り払ったのは――、
装甲戦士ツールズ・パイオニアリングソースタイルだった。




