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装甲戦士テラ〜異世界に堕ちた仮面の戦士は、誰が為に戦うのか〜  作者: 朽縄咲良
第九章 灰色の象は、憎しみに逸る戦士を退けられるのか
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第九章其の参 対峙

 「オラ、クソ猫ども! いつまで待たせるんだゴラァっ!」


 エフタトスの大森林から出てきた“森の悪魔”――来島薫は、遠巻きに彼を囲む猫獣人兵たちにガンを飛ばしながら、荒い言葉で怒鳴りつけた。


「オイゴラ! あの野郎にはちゃんと伝えに言ってんだろうなぁ! チンタラしてるようだったら、テメエら全員纏めて真っ二つにしてやんぞゴラ!」


 そう、眉間に皺を寄せながら叫んだ薫は、手にした銀色のツールサムターン(装甲アイテム)をこれ見よがしに掲げてみせる。


「――ッ!」


 それを見た猫獣人たちの間に緊張が走った。

 彼らは一斉に、顔を引き攣らせながら腰に差した剣の柄に手をかけ、背中にしょった矢筒に入った矢羽根に手を伸ばす。

 薫と猫獣人たちの間に、緊迫した空気が張り詰める。

 と――、

 薫が口の端を歪めて嘲笑(わら)った。


「……フン! テメエら化け猫どもがいくらツルもうが、束になってかかろうが、装甲戦士(アームド・ファイター)には到底敵わねえって事がまだ解らねえのかよ? ついこの間、あっちの草原で、あんだけ肉塊に変えてやったばっかだってのによ!」

「……くッ!」


 薫の挑発の声に、猫獣人たちの間から、くぐもった声が漏れ聞こえてきた。彼らの中には、先の戦いで、ふたりの“森の悪魔”の手によって仲間や親友や兄弟や父親を亡くした者が少なくない。

 だが彼らは、今にも爆発しそうな憤怒を必死で抑え込んでいた。――悔しいが、薫の言う通り、自分たちがまとまって攻撃しても、目の前の男一人に到底敵わない事を知っているからだ。

 猫獣人たちは、殺気を滾らせながらも紙一重のところで理性を保ち、薫から充分な距離をとったまま、臨戦態勢を維持しつつ微動だにしない。


「……チッ!」


 自分を遠巻きに囲んだまま沈黙を続ける猫獣人兵たちを睨みながら、薫は憎々しげに顔を歪め、舌を打った。


「んだよ! かかってこねえのかよ! つまんねえな!」


 彼は、地面にペッと唾を吐き捨てると、手近なところに転がっていた岩に腰を掛ける。


「……もう止めだ! 興覚めしちまった! ――いいから、さっさとアイツを呼んで来い!」


 そして、遠巻きにしている猫獣人たちに向かって叫んだ。


「アイツ――テラのクソ野郎をな!」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 それから、1デズ(約二時間)後――。


「……来島薫――!」


 ヴァルトーらと共に急いで駆けつけてきたハヤテは、猫獣人兵たちが取り囲む中心で岩に腰かけている一人の男の姿を見止め、小さく叫んだ。


「……おのれ、舐めおって――!」


 彼の傍らに立つヴァルトーは、不遜な薫の態度に忌々しげに顔を歪め、思わず歯噛みする。


「む……向こうからは手を出しては来なかった故、かねてよりの命令通り、こちらは待機に徹しておりましたが……」

「いや……それでいい」


 おずおずと報告してきた包囲隊の小隊長に、ハヤテは小さく頷いた。


装甲戦士(アームド・ファイター)の力は圧倒的だ。あなた達だけで戦っても、(いたずら)に犠牲を増やすだけだ。アイツを不用意に刺激しないでくれて良かったよ」

「……」


 ハヤテの言葉に、小隊長は憮然とした表情を浮かべるが、それ以上は何も言わなかった。

 ――と、ハヤテは表情を引き締めて、小隊長に尋ねる。


「ところで……あいつ――来島薫は、俺を呼んでいるんだな?」

「あ……はい」


 ハヤテの問いかけに、小隊長は表情を改めて、大きく頷いた。


「何やら……ハヤテ殿に訊きたい事があると言って……」

「訊きたい事……? それは、一体何だと言っていた?」


 訝しげな表情で、ヴァルトーが小隊長に問い質すが、彼は小さく頭を振る。


「分かりません……。とにかく『早くアイツを連れてこい』の一点張りでして……」

「……分かった」


 当惑の表情で答える小隊長に、ハヤテは頷きかけ、一歩足を前に踏み出した。


「だったら、お望み通りに訊きに行ってやるだけだ。――むしろ、訊きたい事があるのはコッチの方だしな」

「……先王陛下の事ですか――」


 そう言って沈鬱な表情を浮かべるヴァルトー。その言葉に対し、複雑な表情で応えるハヤテ。


「――もちろん、それもあるし……更に、もう一件……」


 と、小さく呟くと、彼は腰に提げた袋の膨らみに手を当て、中に入っている物の感触を確かめた。

 そして、ヴァルトーと小隊長に向かって、緊張した面持ちで告げる。


「じゃあ……行ってきます。あなた達は、充分に下がっていて下さい。俺達の戦いの巻き添えを食わないように――」

「やはり……戦闘に(そう)なりますか……」

「……多分」


 ヴァルトーの言葉に、苦笑いを浮かべながら、ハヤテは小さく頷いた。


「もちろん、出来れば穏便に……話だけで済めば、それに越した事は無いですが――。でも、そうはならないでしょうね。残念ながら」

「……ご武運を」


 ヴァルトーはそう言うと、握り拳を作って、ハヤテの胸を軽く叩く。

 突然の事に、驚きの顔をするハヤテを見て、ヴァルトーは微笑みを湛えて言った。


「これは、我らピシィナの戦士に代々伝わる激励の礼です。――頑張って下さい、ハヤテ殿」

「……ありがとう」


 笑いかけるヴァルトーに、自分も微笑みを返して、ハヤテはクルリと踵を返した。

 そして、猫獣人たちの作る包囲の中心に向かって歩を進める。


「――! 来たな……クソ野郎!」


 すかさず彼の姿を見つけた薫が、腰かけていた岩から勢いよく立ち上がり、憎々しげに彼の顔を睨みつけた。

 ハヤテも、油断の無い目で睨み返しながら、静かに口を開く。


「……俺は、“クソ野郎”じゃない。焔良疾風(ほむらはやて)という、立派な名がある」

「ケッ! どうだかな! その名前……本当のテメエの名前じゃねえんだろ? 自分を特撮番組の主人公だと思い込んでるイカレ野郎が!」


 名乗ったハヤテを嘲笑いながら、薫が叫んだ。

 その声に、ハヤテは僅かに眉を顰めたが、小さく息を吐くと、素直に頷く。


「……ああ、そうらしいな」

「――あァ?」

「本当の俺は、仁科勝悟と言うらしい。……職業も、イラストレーターなんかじゃない、しがないコンビニバイトだったようだ」

「お前……?」


 妙にサバサバした顔で答えるハヤテに、薫は意表を衝かれたような表情を浮かべる。

 そんな彼の反応もお構いなしに、ハヤテはどんどん歩み寄り、遂に、十メートル程の距離まで接近した。


「さて……」


 そこでようやく立ち止まった彼は、真っ直ぐな目で薫の顔を見据え、そして静かに言う。


「じゃあ……少し立ち話でもしようか。来島薫――」

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