第九章其の弐 用途
「ビッグノーズ・ラッソーッ!」
そう、技名を叫ぶと、装甲戦士テラ・タイプ・マウンテンエレファントは、その仮面に付いた巨大な鼻を倍以上の長さに伸ばす。
その先端を曲げて、投げ縄のような輪を作ると、目の前の地面に深々と埋まった巨大な岩に向かって、頭を大きく振って投げ放った。
ビッグノーズの輪の中に巨岩が入るや否や、その輪がキュッと締まる。
「うおおおおおッ!」
次の瞬間、テラは咆哮と共に渾身の力をビッグノーズに込め、大きく首を振り上げた。
ビッグノーズ・ラッソーに絡め捕られた大岩が、軽々と宙に浮く。
「フンッッッ!」
すかさず、その大岩を手元に引き寄せたテラは、その太い両腕を回した。
そして、大岩を抱え上げたまま、グルグルとその場で激しく回転し始める。
「――エレファント・ヴォルテック・スローイングッ!」
絶叫と共に、彼に抱えられていた大岩が空中高く放り投げられた。
一瞬遅れて、テラの巨体も大岩を追って跳び上がる。
「フンッ!」
激しく回転する大岩を中空で抱きかかえたテラは、その横回転に自分の身体も委ねながら、ぐるりと身体を反転させた。
頭を下にした体勢のまま、地面に向かってドンドンと加速していく。
そして――、
「デブリ・フロー・フォールズ!」
テラによって地面に激しく叩きつけられた大岩は、落下の衝撃と激しい横回転の相乗効果で、文字通り粉々に砕け散った。
周囲は、巻き上がった土埃と夥しい砂礫で覆われる。
「う……おおおおぉぉっ!」
「すげえ……っ!」
「俺たちが束になっても、ビクともしなかった大岩を、あんなに簡単に……!」
「オレは、王宮でもあの技を見たけど……やっぱヤベぇぜ!」
デブリ・フロー・フォールズの衝突により、まるで地震のように激しく揺れる丘の斜面で足を取られてよろめきながらも、周囲を取り巻いていた猫獣人兵たちは一斉に歓声を上げた。
「いやはや……凄まじい威力ですな、その力は……」
ヴァルト―中隊長は、土煙が収まるのを待ってから、丘の斜面に深く穿たれたクレーターの中心に立つテラに感嘆と感謝の念に満ちた声をかける。
「おかげで、ずっと我々の手を煩わせていた大岩が除去できました。感謝しますよ」
「いや……礼を言われる事では……」
灰色だったマウンテンエレファントの装甲を、土埃のコーティングで茶色に変えたテラが、戸惑い交じりの声で答える。
照れ隠しに頭を掻こうとでもしたのか、右手を頭に持っていくが、装甲戦士のヘルメット越しには頭を掻けない事に気が付き、行き場の無くなった手を首筋に当てて誤魔化す。――ヴァルトーにはバレバレだったが。
噴き出しそうになるのを堪えながら、ヴァルト―はマウンテンエレファントの装甲に積もった土埃を手で払ってやった。
そして、申し訳なさそうな声で言う。
「……こんな事で、その力をお借りしてしまって、本当に申し訳ない」
「――え?」
突然の謝罪に、戸惑いの声を上げるテラ。
そんな彼に向かって、ヴァルトーは言葉を継いだ。
「いや……。本来、この姿と力は、敵と戦うためのものではないですか? ……先日の、あの時のように――。なのに今は、こんな土木工事の為に、その稀有な力を振るって頂いている……。さぞや、気分を害されているでしょうが、何卒ご容――」
「いえ。――そんな事はありませんよ」
テラは、ヴァルトーの言葉を途中で遮った。
彼は、「え……?」と、当惑の声を上げるヴァルトーに向けて首を横に振ると、胸に張り付いていたコンセプトディスクドライブを外し、イジェクトボタンを押す。
『イジェクト』
という機械音声と共に、彼が纏っていた装甲が淡い光を放ち、淡雪が溶ける様に消えていく。
そして、コンセプトディスクドライブがトレイを排出すると同時に、テラの姿はハヤテへと戻った。
ハヤテは、トレイからマウンテンエレファントディスクを取り出しながら、静かに言う。
「――むしろ、今の俺の心は、とても嬉しい気持ちでいっぱいなんです」
「嬉しい……ですか?」
「はい」
ハヤテは、ヴァルトーの問いかけに頷くと、彼に手にしたマウンテンエレファントディスクを見せながら、穏やかな声で答える。
「この装甲戦士テラの力……。これを、敵を傷つけたり、命を脅かす為にではなく、物を作る為――ここにいるみんなの為に使える事が、俺は本当に嬉しいんです」
「……ハヤテ殿」
「正直、他の装甲戦士――オチビト達と戦うよりも、ずっと充実した気分です。出来るならば、これからずっと、こういった形でこの力を使っていきたい……そう思います。多分、叶わぬ願いなんでしょうが……」
「……そうですね。残念ながら……」
ヴァルトーは、哀しげな表情を浮かべながら話すハヤテに、自らも沈痛な表情をして頷いた。
「森の悪魔どもが、このまま大人しくしているとは思えませんからな……。今日とは違った形で、貴方の力をお借りする日が、遠からず来る事でしょう。――申し訳ない」
「いえ……」
再び深々と頭を下げるヴァルトーに、ハヤテは静かに頭を振る。
「もちろん、その覚悟は決めています。そのつもりで、ここまで来たんですから」
「……かたじけな――」
ハヤテの言葉に、ヴァルトーが感謝の言葉を述べようとした時だった。
「ヴァ……ヴァルトー中隊長殿――ッ!」
まだ若い兵のひとりが、泡を食った様子で走り寄って来て、ふたりの間に割り入った。
ハヤテとの会話に水を差されたヴァルトーは、怒気でヒゲを逆立てながら、厳しい声を上げる。
「何だ! 私は今、ハヤテ殿と話を――」
「い、一大事でございます!」
「「――っ!」」
中隊長の叱責をも遮って声を張り上げた兵の形相に只ならぬものを感じ、ハヤテとヴァルトーの表情が険しくなった。
ハヤテとヴァルトーは目配せを交わし、息を切らせている兵に目を移す。
ヴァルトーは、胸の内から湧き上がる言い知れぬ不安に声を震わせながら、おずおずと兵士に問いかけた。
「……一大事とは、何だ? 簡潔に申せ」
「は……はっ!」
ヴァルトーの声に大きく頷いた若い兵は、荒い息を調えると、ヴァルトーの顔を見上げて答える。
「け……結界の東で警戒索敵にあたっていた隊から、火急の報せが届きました」
「火急の報せ――それは一体、どういった内容だ?」
胸の中で嫌な予感がもぞもぞと蠢くのを感じつつ、ヴァルトーは先を促した。
――兵が告げた内容は、ふたりの抱いた悪い予想を裏付けるものだった。
「つい先ほど……エフタトスの大森林から、ひとりの“森の悪魔”が姿を現したとの事です!」




