第九章其の壱 信頼
「おい! そこ、鈍いぞ! 何やってんの!」
「おーい! ちょっとこっちに手を貸してくれぇ!」
「うわぁ……デカいなコリャ。動かすの骨だぞ、コレは……」
猫獣人の王都キヤフェから、南に2ルイ(約六キロメートル)ほど離れたところに聳え立つ小高い丘――オシスの丘の頂上付近は、今日も朝から騒々しい。
それもそのはず。
度重なるオチビト達の襲撃に危機感を覚えた猫獣人たちが、キヤフェを囲む結界の外に聳えるオシスの丘の戦略的重要性を鑑み、遥か昔に遺棄されていた砦の修復を行なっているからだ。
かなりの年月を風雨に晒され、すっかり荒れ果てていたオシス砦だったが、先日ファスナフォリック王に即位したイドゥン一世の命により、多数の兵を動員した大規模な砦普請が行われている。
――だが、小高い丘とはいえ、急峻な斜面に要塞を構築するのは容易ではない。空堀を掘るにも、大きな岩石が邪魔をし、櫓を立てようとしても、固い地面がそれを妨げる。
その為、作業は遅々として進まなかった――昨日までは。
「――と、いう事で、ひとつお力をお借りしたいのです」
と、砦普請の責任者であるヴァルトー中隊長が、口の端に苦笑いを浮かべながら言った。
「……『力を借りたい』って……」
そう、黒い毛柄の大柄な中年猫獣人に言われたハヤテは、当惑の表情を浮かべる。
彼は、猫獣人の男たちが忙しなく働く普請現場を見回しながら、ポリポリと頭を掻いた。
「いや……俺なんかで良ければ、いくらでも手を貸しますが……。いいんですか?」
「はぁ……『いいんですか?』とは、どういった意味でしょう?」
ハヤテの言葉に、キョトンとした表情を浮かべて首を傾げるヴァルトー。……どうでもいいのだが、ヴァルトーの体つきは屈強な男のそれにもかかわらず、顔は猫そのものなので、ハヤテから見ると妙な愛嬌を感じてしまう。
秘かに胸を躍らせつつも、当惑を顔に浮かべたまま、彼はヴァルトーの問いかけに答えた。
「そりゃあ……、俺の手を借りたいって言ったら、当然、装甲戦士テラとしての力を――って事でしょう?」
「ええ、そのつもりです」
当然のように頷き返すヴァルトーに、ハヤテは困惑の表情をますます深める。
「そのつもりといっても……そもそも、俺が装甲戦士になる事は危険視され、禁止されているんじゃないですか?」
そう言うと、ハヤテは表情を曇らせた。
「俺は、イドゥン王太子……いや、今ではもう王か……イドゥン王に警戒されている身です。――いつか“森の悪魔”側に寝返るんじゃないか……って。だから、キヤフェからこんな所まで……あ、失礼」
“こんな所”とは、さすがに口が過ぎたと思ったハヤテは、慌てて頭を下げるが、ヴァルトーはその顔を綻ばせ、大きく頭を振る。
「ははは、いいんです。実際ここは、まだまともな建物ひとつ建てられていない有様ですからね。……むしろ、先王陛下とドリューシュ殿下の命を救って頂いた救国の英雄殿に対して、イドゥン陛下の意向とはいえ、こんな扱いしか出来ない事に心苦しい思いでいっぱいです」
「ヴァルトーさん……」
ヴァルトーの言葉に、驚きの表情を浮かべ、言葉を詰まらせるハヤテ。
そんな彼に、ヴァルトーは親しげな笑みを浮かべながら言う。
「……先日、“森の悪魔”のひとりがキヤフェに攻め込んできた時、ドリューシュ殿下の指揮の元でアイツを迎撃したのが、我が隊でしてね」
「ああ……あの時の――」
ハヤテは、思わず目を丸くした。
ヴァルトーは、そんな彼に大きく頷くと言葉を継ぐ。
「アイツにドリューシュ殿下が殺されそうになった時に颯爽と駆けつけて、殿下と我々の命を救ってくださった貴方の姿……忘れられません」
「……」
「――あの場に居なかった近衛騎士の中には、『それも含めて、全部向こうと示し合わせた芝居だ。そのうち裏切るに違いない』などとほざく者もいますが、あの満身創痍の姿を見れば、そんな事は無いと断言できます」
「……ああ、そうです」
胸にこみ上げてくるものを感じ、微かに声を震わせながら、ハヤテは小さく頷いた。
そんな彼に小さく頷きかけながら、ヴァルトーは更に言葉を続ける。
「――そして、ここに駐屯している中隊の者も、全て私と同じ気持ちです。……全てのピシィナが貴方を敵視している訳では無い事を、どうか覚えていて下さい」
「あ……は、はい……」
ヴァルトーの言葉に目を潤ませながら、ハヤテは「ありがとうございます」と頭を深々と下げた。
「ああ、いやいや……。当然の事です。そう、貴方に礼を言われては、逆に困ってしまいます」
「ですが……」
「ハヤテ殿。少なくともここでは、その様なお気遣い――気後れは必要ありませんよ」
ヴァルトーは、その黒毛に覆われた顔をくしゃくしゃにして、柔和な笑みを浮かべる。
「というのもですね。先だって、ドリューシュ殿下が兵たちの中から貴方に好意的な者を選りすぐって、ここに配置したのです。――私の様な、ね」
そう言うと、彼は片目を瞑ってみせた。
「ですから、このオシスの砦にいる者の中に、貴方の敵はいないと考えて頂いて差し支えありません。どうぞ、我々に心を開いて下さい。我々も、貴方を身内と思って接して参りますので」
「……身内――」
ハヤテは呆然とした顔で、周囲を見回す。
――いつの間にか、周囲で作業をしていた猫獣人たちが手を止めて、ハヤテの方を親しげな目で見て頷いていた。
「――っ」
ハヤテは、唐突に自分の視界が潤むのを感じて、慌てて空を見上げる。
そして、拳で目を擦ると、ヴァルトーと周囲の猫獣人たちに向けて、深々と頭を下げた。
「ヴァルトーさん、みんな……ありがとう……!」
「――まあまあ、立ち話はこの辺にして」
何だか湿っぽい空気になってしまったのを払拭しようとするように、ヴァルトーが努めて明るい声色で言った。
「と、いう訳で、ハヤテ殿には、我々のお手伝いをお願いいたします。この丘の地面は固い上に大きな岩が混じっていて、我々だけではとても手に負えません。ですから、コイツの力でチャチャッとお願いします」
そう言いながら、彼は手にしたものをハヤテに差し出す。
――彼の手の上にあったのは、ハヤテが装甲戦士テラへ姿を変える為の装甲アイテム――コンセプトディスクドライブと、二枚のコンセプトディスクだった。
「……分かりました」
ハヤテは微笑みながら、ヴァルトーからコンセプトディスクドライブとディスクを受け取る。
そして、左手にコンセプトディスクドライブを掲げ、右手にはマウンテンエレファントのコンセプトディスクを持つと、ゆっくりと構えた。
そして、
「……行きます!」
と高らかに叫ぶや、せり出してきたコンセプトディスクドライブのトレイにディスクを載せ、本体内へ押し込み、赤いコンセプトディスクドライブを左胸に押し付ける。
「――装着ッ!」
彼の掛け声とともに、七色の光がドライブから溢れ出し、たちまち彼の身体を包み込んだ。
一瞬後――、
『装甲戦士テラ・タイプ・マウンテンエレファント、完装ッ!』
機械音声がその名を言祝ぐと同時に弾けた光の中から、灰色の象の装甲を纏った戦士がその威容を現したのだった――!




