第八章其の玖 面会
「ちゃ――ちゃんづけは止めなさい!」
牛島に馴れ馴れしく呼びかけられた少女は、黒縁眼鏡の奥の目を大きく見開き、まだ幼さを残す顔を引き攣らせながら声を荒げる。
「あなたなんかにちゃんづけで呼ばれると、虫唾が走るわ! あたしの事は、天音さん――いえ、秋原さんと呼びなさい!」
「おやおや、やっと思春期が訪れたのかい、天音ちゃん?」
自分に対して敵意を剥き出しにする少女――秋原天音に、牛島は苦笑いを湛えながら言った。
「昔――まだ私がここに居た頃には、事ある毎に『聡おじさん~!』って可愛い声をあげながら、子供みたいに私の後を追いかけていたのにね。しばらく会わない内にすっかり成長してしまったようで、聡おじさんは寂しいよ」
「ふ――ふざけた事言わないでよ!」
からかう様な牛島の言葉に、天音は真っ赤に染めた顔をブンブンと振りながら憤った。彼女が頭を振る度に、彼女の長いおさげ髪が新体操のリボンの様に翻る。
「だ……誰が、あなたの後ろを子供のように追いかけてたですって? ――あたしは、もう十五歳よ! 子供扱いは止めなさい!」
「あ……怒るのはそっちなんだね」
怒りに震える天音の叫びに、牛島は思わず苦笑を浮かべた。
そんな牛島の態度に、天音の眉は更に吊り上がる。
「そ……そんな事より! ――牛島! 半年前に、あんな騒ぎを起こしてここを出て行ったあなたが、今更何で戻ってきたの? ……ひょっとして、あたしたちが前の事を水に流して、あなたの事を温かく迎えてくれるとでも思ったのかしら?」
そう冷たく言うと、天音は手にした鈴型の装甲アイテムを握り直し、敵意に満ちた瞳で牛島の顔を睨みつけた。
「はんっ! ――そんな訳無いじゃない! あたし……あたし達は、あなたを決して許さない! もう二度と、あなたを仲間だとは見做さないんだからッ!」
「……やれやれ、手厳しいねェ」
だが、天音に怒りの籠もった糾弾を浴びせられても、牛島の口の端に浮かんだ薄笑みは消えない。
彼は、やれやれと言わんばかりに肩を竦めると、穏やかな口調で言葉を継いだ。
「まあ、安心したまえ。私たちと君達との間に、越えがたい意見の相違がある事は既に知っている。今更、ここに戻れるとは思っていないし、そもそも戻る気は更々無いよ」
「じゃ……じゃあ、何で? 何をしに、ここに戻ってきたのよ?」
天音の声に、戸惑いの響きが加わる。
そんな彼女に向けて、牛島はニコリと笑いかけた。
「まあ……言うなれば、“状況報告”というやつだね。我々がここを出てから、今までに得た情報や経験を君たちにも分けてあげようと思って、わざわざここまで足を運んであげたって訳さ」
「じょ……状況報告……?」
牛島の答えに戸惑いを浮かべる天音。
彼女だけではない。牛島の周囲をぐるりと取り囲むオチビト達も、互いに当惑の顔を見合わせている。
一方の牛島は、周囲のざわめきも聞こえぬ体で、くいっと顎をしゃくってみせた。
「――という事で、そろそろ行っていいかな?」
「い……行くって、どこに?」
「決まっているだろ?」
声を上ずらせた天音に問われた牛島は、口の端を上げて応えた。
「君たちのトップ――“オリジン”の元に、だよ」
◆ ◆ ◆ ◆
「――ねえ、君たち? 別にこんな大勢で案内してくれなくても、私はオリジンの居場所を知ってるよ?」
牛島は、自分の周囲を固める屈強なオチビトの男たちに向かって、辟易した顔で言った。
「ふん! そんな事は知ってるわよ。別に、あなたなんかを道案内しているつもりは無いわ」
彼の斜め後ろを歩く天音が、吐き捨てるように答える。
「ここにいるみんなは、ただの監視よ。この村の中をあなたひとりだけで自由に歩かせるなんて、考えるだけでゾッとする。……何を仕込まれるか、分かったものじゃないわ」
「やれやれ……随分と信用が無いね、私は」
「……当然でしょう?」
(……あんな事をしておいて)という言葉は辛うじて呑み込んで、天音はぷいっとそっぽを向いた。
そんな彼女の横顔を苦笑交じりの表情で一瞥すると、牛島は首を巡らし、前方に建つ一軒の小屋を見上げる。
「……ここに来るのも、随分久しぶりだね」
広場の中央に建つその建物は、他の小屋よりも幾分か大きく、立派な造りをしていた。――とはいえ、あくまで他の小屋に比べて、である。
建築のプロが設計したわけでもない建物は歪で、板張りの屋根はあちこちに隙間が空いており、土壁はところどころ剥落していた。
「――待て!」
何気なく、牛島が小屋の扉に手をかけた瞬間、厳しい制止の声が飛ぶ。その声を受け、牛島は素直に扉から手を放す。
そして、お道化た素振りで両手を上げながら振り返る。
「はいはい。仰る通りに致しますよ、お役人様方」
「……」
当然の事ながら、冗談交じりの牛島の言葉に笑う者は、誰もいなかった。
重苦しい沈黙が辺りを満たす中、天音が一歩前に進み出る。
そして、
「オリジンに説明してくるから、ちょっと待っていなさい」
と言い残すと、立て付けの悪い扉を苦労して開けて、ひとりで中に入っていった。
牛島は、殺気立った屈強な体躯の男たちに囲まれながら、小屋の前で待たされる。
そのまま、五分ほど待たされた後――。
軋み音を立てながら再び扉が開き、その隙間から、憮然とした表情の天音が顔を出した。
「牛島……オリジンが、あなたにお会いになるって仰ってるわ。不本意だけど……どうぞ」
彼女は、それだけ言うと、扉を全開にした。
それに対し、ニヤリと笑った牛島は、
「ありがとう。お邪魔します」
と答えると、扉をくぐって小屋の中に入る。
彼が小屋の中に入ると同時に、小屋の中に居た天音が後ろ手で扉を閉め、油断の無い目で牛島の背中を睨んだ。
――小屋の中には灯りひとつ無く、小さな明り取りの窓から差し込む日の光が唯一の光源だった。その為、室内は昼間というのに薄暗い。
牛島は、闇に目を慣らそうと薄く目を閉じる。
――と、
「久しぶりだな、牛島聡」
不意に、部屋の奥から、彼に声がかけられた。静かな――それでいて、何とも言えない威圧感を伴った、低い男の声だった。
「……!」
その声を耳にした瞬間、牛島の顔に、先ほどまでは露ほども見せなかった緊張の色が浮かぶ。
彼は、秘かに固唾を呑むと、ゆっくりと目を開き、声のした方を見遣った。
そして、口の端に僅かな笑みを浮かべながら、ゆっくりと答える。
「……やあ、ご無沙汰しております。お元気でしたか?」
そう穏やかな口調で言いながら、板間に胡坐をかいている、日本の甲冑を彷彿とさせる装甲に身を包み、鬼の形相を模った仮面を被っている男に鋭い視線を向け、静かにその名を呼んだ。
「――初代・アームドファイター……“オリジン”」




