第5話【暴走する式神】
魔理沙が去って、しばらくして霊夢は出掛ける支度を始める。
「ま、空姉さんも魔理沙もほっとけないし、そろそろ動きましょうか……」
霊夢は独り呟くと戸を締めてから直感に任せて飛んで行く。
霊夢は意識を集中し、周囲を見渡して進む。
だが、今回は前回の異変とは異なり、何かが霊夢の直感の邪魔をしていた。
「……面倒ね。いつもははっきりと勘が働くのに今回は何かに阻まれているわね」
霊夢は誰にとも呟くと妖怪の山の一角に着地する。
妖怪の山と言っても様々な物があり、此処は低級妖怪の住まうマヨヒガと言う猫の里であった。
「あ、霊夢さん」
「貴女は……藍の式神だったわね?」
「はい!橙と言います!」
橙は元気よく霊夢に挨拶すると右の猫耳をピコッと動かす。
「それで霊夢さんがなんで、こんな所に?」
「ちょっと道に迷ってね?」
そこまで言って霊夢は何かを思い付いたのか、ポンと手を叩く。
「確か、あんたの家財に良い物があったわよね?
確か、迷った時に役に立つアイテムが……」
「え?だ、駄目ですよ!?
あれは藍様から頂いた大切な物でーー」
「なら、私が勝ったら寄越しなさい。
それで良いでしょう?……異議は認めないわ」
「そ、そんな横暴な!?」
「四の五の言わず、掛かって来なさい。
こちとら、時間が惜しいのよ」
霊夢はそう告げると裾から札を出す。
そんな霊夢に普段、大人しく無邪気な橙も怒る。
「もー、怒った!お前なんか、こてんぱんにしてやるんだから、仙符【鳳凰展翅】!」
橙は周囲から魔方陣を展開し、楔状の弾幕を連射して霊夢を追い詰めようとするが、霊夢はそれを見極めているのか、スイスイと避け、橙を札や封魔針を放つ。
橙は必死に回避しながら、次のスペルカードを発動した。
だが、それも霊夢の前では然したる抵抗にもならなかった。
ただの化け猫の化身である橙と博麗の巫女として実戦経験豊富な霊夢とでは勝負にもならなかった。
そしてーー
「方符【奇門遁甲】ーーうにゃあああぁぁぁーーっっ!!」
最後の抵抗も虚しく、橙は霊夢に惨敗する事となる。
霊夢は倒れた橙の家を物色すると、それっぽい物を幾つか持ち出して去って行く。
「……ふ……ふええぇぇ~~ん……藍しゃま~~」
橙が倒れたまま、泣いているとその泣き声に呼応する様に八雲藍が現れる。
「どうした、橙!?」
「……ひっく……霊夢さんがやって来て……家の物を持って行きました」
「なん、だと!?
私の橙に手を上げただけでなく、窃盗までしただと!?」
「藍様。私、悔しいです~」
「待ってなさい!私がやっつけて来るから!」
藍は憤怒の表情で霊夢を追い掛けようとすると橙がその裾を引っ張って止める。
「藍様。私にチャンスを下さい。
今度こそ、藍様の式神として霊夢さんに負けませんから」
「し、しかし、お前では霊夢にはーー」
「お願いします」
潤んだ瞳で訴える橙に溜め息を吐き、藍は鼻から溢れる愛情を拭う。
「解った。お前がそう言うなら、頑張りなさい」
「ーーっ!?はい!!」
「ただ、今のお前ではまた返り討ちにされるだろう。だから、お前に力を授ける」
そう告げると藍は橙の手に触れ、スペルカードを渡す。
「私の力の一部を与えた。これで霊夢に勝てるだろう」
「はい!ありがとうございます!」
橙はペコリと藍に頭を下げると嬉々として霊夢の後を追う。
そんな藍を見詰め、護御霊空が戸惑いながら尋ねる。
「……えっと、藍さんは紫さんの代わりに結界を守護しているんですよね?」
「ええ。それが何か?」
「良いんですか?霊夢に危害を加える真似をして?」
「霊夢より橙の方が大事なのです。
仮に橙が負ける様なら、次は私が相手をします。
待ってなさい、博麗霊夢」
(おかしいな。紫さんの話と異なっている気がするんだけど……)
困惑する空をよそに藍は高笑いを上げ、橙の勝利を祈る。
これで良いのか……それは空にも暴走する藍にも解らない。




