第3話【幻想郷の成り立ちとルール】
「さてと、次に話すのは幻想郷の成り立ちについてかしら?」
クッキーをつまみながら紫さんはそう呟くとスキマからルーミアちゃんを引っ張って来る。
ーーって、え?なんで、ルーミアちゃん?
「此処はどこなのだー?」
「安心なさい。すぐに思い出すわ」
紫さんはそう言うとキョロキョロと辺りを見回すルーミアちゃんのリボンの様に結ばれていた御札をほどく。
その瞬間、ルーミアちゃんの瞳から精気がなくなり、頭からガクンと項垂れた。
「ちょっーー紫さん!?
これ、平気なんですか!?」
「心配いらないわ。ただ、幻想郷のスペルカードルールの解説者に説明をして貰うだけよ」
「解説者?」
ボクの質問には答えず、紫さんはルーミアちゃんを見る。
「気分はどうかしら、常闇の妖怪さん?」
「随分と荒っぽい事をするものね、幻想郷の賢者も……」
ルーミアちゃんはゆっくりと顔を上げると紫さんにそう呟いて、溜め息を吐く。
気が付けば、背丈もボクより上になっているし、髪もロングになっている。
驚くボクにルーミアちゃんが微笑む。
「驚かせちゃったかしら、お姉さん?」
「……え、えっと……ルーミア、ちゃん?」
「そうよ。妖気と知性を封じられた闇の妖怪ーーそれが私、常闇の妖怪であるルーミアよ」
ルーミアちゃんーーいや、今はルーミアさんかな?ーーはそう言うと紫さんが持つリボンの様な御札を手にした。
「宵闇とは闇その物ーーつまり、妖怪としても長い方なのよ」
「えっと、それじゃあ、どうして、わざわざ力を封じているんですか?」
「決まっているわ。私も幻想郷の守護者だからよ」
「え?」
また驚くボクにルーミアさんはクスクスと微笑む。
「貴女を助けた幻想郷の守護者は三人いたでしょう?」
「う、うん。いたけど……」
「その内の一人は人間の……まあ、名前は問題じゃないわね。肝心なのは、その内の二人は私とムラマサって事よ」
「え?え?ルーミアちゃんーーあ、いや、ルーミアさんが?
で、でも、あの時、邪気に操られてたんじゃなかったの?ーーですか?」
「そうよ。紅魔館の邪気に関する実験台にされてね。
でも、貴女が祓ってくれた。
その後はムラマサと合流して紅魔館に侵入した。
まあ、今回は邪気を祓ってくれたそのお礼みたいな物よ、お姉さん」
ルーミアさんはウィンクすると自身の巻いていたお札に視線を移す。
そこにはボクは読めない何らかの文字や絵が描かれていた。
ボクが興味津々でそれを見ているとルーミアさんは再びボクに顔を上げて微笑む。
「これが気になる?」
「あ、はい」
「これは妖魔本の一種よ。同時に私の力を封じる力を備わっているわ。
そして、これには妖怪から見た幻想郷の歴史が載っているわ」
ルーミアさんはそう告げるとボクには解らない文字で記された文を指でなぞる。
「幻想郷は元々、外の世界の一部だった。
それが明治と言う時代に入って、人間の文化が豊かになり、妖怪に対する畏怖が薄れてしまった。
このままでは妖怪が消えるのは時間の問題だった。
そこで常識と非常識の境界を操り、外の世界から隔離されたのが、幻想郷の成り立ちよ」
「そうなんですか」
ちょっと難しい話だったけど、なんとか理解出来た。
つまり、妖怪はボク達の世界じゃ、いなくなっちゃったんだ。
「ただ、この幻想郷の成り立ちにも問題があった。
人間が減っても妖怪が減ってもいけない暗黙の掟が出来てしまった。
当然、それに異を唱える妖怪もいた。
そして、そんな妖怪達はある吸血鬼の元に集い、革命を起こそうとした」
「……かく、めい?」
「殺し合いよ。此処で私達は多くの同志を失い、その吸血鬼を仕留めた」
「その吸血鬼って……」
「圧倒的なカリスマと絶対の力を持つドラキュラと言う吸血鬼だったわ。
私も初めはドラキュラに加担して太陽を隠した」
ルーミアさんも前は敵だったのか……。
それにしても、ドラキュラか……。
妖怪に疎いボクでもドラキュラと言う名前を知っている位、かなり有名な吸血鬼だ。
でも、なんで、ルーミアさんはドラキュラから此方についたんだろう?
不躾かも知れないけど、此処は聞いてみようかな?
「あの、なんで、ドラキュラに加担するのを止めたんですか?」
「ドラキュラは全てを支配しようとした。
幻想郷だけでなく、外の世界もね。
私としては幻想郷で圧倒的優位に立てれば良かった。
それに私はその時は飽きてしまったの。
妖怪と人間の共闘する戦いばかりの日々にね。
そう思った頃にはドラキュラはレミリア・スカーレットに倒されていた」
「レミリアさんに?」
意外だ。まさか、レミリアさんがドラキュラを倒すなんて……。
吸血鬼同士なんだから、レミリアさんはドラキュラに加担しているものだと思ってたけど、違うらしい。
でも、どうして、レミリアさんはドラキュラを?
そんなボクの表情を読み取ったのか、ルーミアさんがまた微笑む。
「残念だけど、レミリア・スカーレットがドラキュラを倒した理由は解らないわ。
気に入らなかったからか、それとも別の理由からか……いずれにしろ、ドラキュラを討ち取ったのはレミリア・スカーレットと言う事よ。
そして、ドラキュラの代わりにレミリア・スカーレットがそこの賢者さんと和平を結んだ。
そして、博麗神社で今のスペルカードルールに至る決闘法案が生まれた。
これにより、妖怪は襲い易く、人間は退治し易くなった。
人を喰らうと言う行為さえ、過去の物となった」
ルーミアさんはそう告げるとボクに「解らないところはあるかしら?」と言って笑う。
一気に捲し立てられて少し戸惑うところはあるので、ボクは「解らないところはまた聞きます」と返すとルーミアさんがまた微笑む。
「お姉さんなら、良い巫女になるよ。
長年、色々な人間を見てきた私が言うんだから間違いないよ」
ルーミアさんはそう言うと次の項目に視線を移す。
「次は決闘法案についてね。
先代の巫女に鍛えられたお姉さんなら、此処は大丈夫かな?」
「えっと……ムラマサさんも言っていたけど、決闘のない日々は妖怪を駄目にするから、この法案が出来たんだよね?」
ボクがそう答えるとルーミアさんが頷く。
「そうよ。決闘内容は如何に妖怪が異変を起こし易く、人間が解決し易いかや、如何に華やかに魅せるかが焦点になっているんだよ。
また、余力があっても妖怪は人間を称え、勝っても人間を殺さないって暗黙の了解があるの」
「え?そうなの?」
「うん。幻想郷縁起にも記されているよ」
そうなんだ。それは知らなかったな。
それにしても、ルーミアさんが此処まで博識だとは思わなかった。
ルーミアさんはそんなボクから紫さんに顔を向けると「こんなところで良いかしら?」と問う。
その問いに紫さんが頷くとルーミアさんは再び幻想郷の歴史の記されたお札のリボンを巻き、ルーミアさんからルーミアちゃんに戻る。
「ん?なんか、頭がぼんやりするのだー」
「ありがとうね、常闇の妖怪さん。
すぐに元のところへ返して上げるから」
そう告げると紫さんはルーミアちゃんをスキマに戻す。
それにしても、ルーミアちゃんにあんな秘密があったなんて……。
ボクがそう思っていると紫さんが微笑む。
「常闇の妖怪については秘密よ。
幻想郷の守護者はあくまでも、博麗の巫女の補佐であり、影だもの。
貴女なら約束は守れるわよね?」
「はい。大丈夫です」
ボクが頷くと紫さんは満足そうに頷き返し、大きな欠伸をする。
「さて、後は藍に任せて、私は寝るわ。
異変が起こるまで貴女は好きに此処を使って頂戴」
「はい。ありがとうございます」
ボクは紫さんに礼を言うと紫さんは襖を開けて、奥へと消えて行く。
異変が起きるのは大変だけど、これも幻想郷に必要な事なんだと解ったら、少し心に余裕が出来た気がする。
ボクはそう思いつつ、お茶を飲みながら縁側で一息吐く。




