第1話【護御霊空の消失】
季節が夏から秋になり、冬に入る。
ボクは魔理沙さんの提案で鍋物をする為に買い物をしに人里へと向かう。
因みに一人で里に向かっているのは、じゃんけんで負けたからだったりする。
ーーと八百屋さんで何やら騒ぎになっていた。
八百屋さんのところのおじさんが揉め事なんて珍しい。
どうしたんだろう?
「ーーですから、御代は出しますので野菜を売って下さい!」
「駄目だ!駄目だ!これ以上は他の連中に売る分がなくなっちまう!」
何やら困り事らしい。
ボクは野次馬になってる人達を掻き分け、その人を見る。
その人は白髪のショートボブで緑色を強調したベストとスカートを着ていて背中には籠一杯に野菜やお肉、魚が入っていた。
ボクの目から見ても、買い過ぎているんじゃないかと思う。
更にその腰に大小二本の刀が差してある。
ボクは八百屋さんのところのおじさんに尋ねる事にした。
「……えっと、一応、確認ですが、どうしたんですか?」
「ああ。空ちゃんか!
見ての通りだよ!この娘が野菜やら何もかも買い漁ろうとするんだ!」
「ですから、お金は払うと言っているじゃないですか!」
「金の問題じゃねえ!
里の人間の為に言ってんだ!
あんた、見た所、人間じゃねえだろ!?」
そう言われれば、いかにも人魂……なのかな?
まるい霊魂が彼女の周りをフワフワ浮いている。
う~ん。これは八百屋さんのところのおじさんの言い分の方が正しいよね?
でも、この人にも事情がありそうだし……困ったな。
ボクは八百屋さんのところのおじさんと睨み合うその女性を見る。
「あの、ちょっと良いですか?」
「はい。なんでしょう?」
「どうして、そんなに買い漁ろうするんですか?ーーせめて、訳を教えて下さい」
「それは……」
口ごもる女性をボクはジッと見て、次の言葉を待つ。
どうやら、この人にもこの人なりの考えがあるらしい。
ボクは少し考えてから、八百屋さんのところのおじさんに振り返る。
「おじさん、売って上げて?」
「「えっ?」」
おじさんと女性が目を丸くする。
「だ、だが、里の人間が食べる分がよ!?」
「ボクがなんとかします!だから、お願いします!」
ボクが深々と頭を下げると流石におじさんも困った顔をしているのが解る。
「空さん?」
「えっ?」
その声に顔を上げると咲夜さんが野次馬を掻き分けながら現れる。
そこでボクはピンと来た。
「咲夜さん、紅魔館で食べ物とか余ってませんか?」
「え?ええ。冬に備えて紅魔館では備蓄がありますが……」
「それを里の人に分けて上げられませんか?」
ボクがそう言うと咲夜さんはしばし考えて頷く。
「何か訳有りのようですね?」
「ええ。詳しい事はこの人が話をしてくれる筈です」
咲夜さんにそう告げるとボクは女性に振り返る。
女性は一礼すると訳を話してくれた。
けれど、それはボクの想像の斜め上を行く返答であった。
「今年の冬は長引くでしょう。
もしかすると二度と春が来ないかも知れません」
「え?ど、どうしてですか?」
「それについては申し訳ありませんが、答えられません。えっと……」
「護御霊空です。
博麗の巫女をやっています」
「私は魂魄妖夢と申します。庭師をしています」
妖夢さんはそう挨拶するとボクに頭を下げた。
「空さんの優しさに感謝します。
何か困り事があったら私の出来うる限り、助力を致しましょう」
それだけ言うと妖夢さんは八百屋さんと交渉して、ありったけの野菜を買って去って行く。
その後ろ姿を咲夜さんが鋭く見据える。
「咲夜さん?」
「次の異変に関係あるかも知れませんね」
「え?異変?」
「いえ、なんでもありません」
咲夜さんはそう呟くと「では、空さん」と言ってコツコツとハイヒールを鳴らせながら去って行く。
なんだろう?次の異変って言ってたけど、咲夜さんは何か知っているのかな?
ボクは去ろうとする咲夜さんに声を掛けようとする。
そのボクの肩を誰かが掴んで止めた。
振り返るとムラマサさんが佇んでいた。
「ムラマサさん?」
「異変はまだ起こった訳ではない。
深入りするにはまだ早い」
「で、でもーー」
「忘れたか?幻想郷の命名決闘法案を?」
その言葉にボクは動きを止める。
確か、スペルカードルールの事だっけ?
「えっと、妖怪は異変を起こし易くする、でしたっけ?」
「同時に人間が異変を解決し易くする、だ。だが、重要なのはそこではない。
決闘のない生活は妖怪の力を失ってしまう。故に命名決闘法案での決闘が許可されている、と言う所だ」
「えっと、つまりはどう言う意味ですか?」
「疑わしきは罰せずと言う事だ。
博麗の巫女がする事は異変の発生を未然に防ぐ事ではなく、異変が起きた状況を解決する事だ。解るな?」
「……解りません。それで困る人がいるのに見てみぬフリをしろなんて」
「そう言うと思った」
そう言うとムラマサさんはボクを抱き抱えて飛ぶ。
「え?え?」
困惑するボクにムラマサさんは無言で飛ぶと紫さんのスキマがある空にボクを放り込む。
「しばらく、紫の所で大人しくしていろ」
「ちょっーームラマサさん!?」
「あとは頼むぞ、八雲紫」
ムラマサさんがそれだけ言うとスキマがしまり、ボクは紫さんのスキマに閉じ込められてしまう。
「……どうして?」
そんなボクの言葉に答えてくれる人はなく、ボクはただ紫さんのスキマの中を漂う。




