第7話【吸血鬼の妹】
ーー時は少し遡る。
ボクはレミリアさんと共にレミリアさんの妹さんのいる所へと向かう。
「こんな地下深くに閉じ込めたんですか?」
「それがあの娘の為よ。
あの娘の能力ーーありとあらゆるものを破壊する程度の能力はそれだけ危険なの」
「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力?」
ボクがおうむ返しに尋ねるとレミリアさんは歩きながら静かに頷く。
「初めはなんだったかしらね?……グラスだったかしら?
それともシャンデリアだったかしら?
その時からフランは物を壊す事に味を占めてしまった。
そして、愛してくれた家族さえも……」
「え?」
「そのせいもあってフランは情緒不安定になってしまった。
破壊衝動とその罪の重さに幼かったフランがそれに堪えられなそうになかった。
そう判断したからこそ、私はあの娘を地下に閉じ込めた」
「……レミリアさん」
なんとなく、彼女から哀しげな物を感じた。
レミリアさんも後悔や色々な思いを胸にそうした行動に出たのだと思う。
じゃなきゃ、実の妹を地下に閉じ込めるなんて事をしたりしない筈だ。
ボクの力で妹さんの狂気を取り除けるか解らないけど、やるだけの事はしよう。
そうボクが心に誓っているとレミリアさんが扉の前で立ち止まる。
「この扉がそうですか?」
「いいえ。此処には私の友人である魔法使いがいるの。
フランは更にその奥にいるわ」
レミリアさんがそう告げて扉を開くと本の独特の臭いと無数の本が収められた本棚があった。
まるで大きな図書館の様だと思う。
「凄い本の量ですね?……なんと言うか、図書館みたいです」
「ええ。そうよ。此処は紅魔館の地下にある大図書館よ」
レミリアさんがクスクスと愉快げに笑い、ボクはなんとなく恥ずかしくなって下を向く。
レミリアさんもそんなボクに気付いたのか、此方に振り返って微笑む。
「ふふっ。本当に可愛いわね?
まあ、そんな顔をしないで頂戴。別に貴女は間違えた事を言ってはないのだから」
「す、すみません」
ボクはレミリアさんに謝ると図書館内を歩き出す。
それにしても、本当に大きく広い図書館だ。
「あら、レミィがお客さんを連れているなんて珍しいわね?」
そんな言葉が聞こえ、キョロキョロと周りを見回していたボクは薄紫色の長い髪の寝間着の様な姿の女性を見る。
「パチェ。彼女がそうよ」
「そう。少し待って。今、良い所だから」
パチェと呼ばれた女の人は眼鏡を掛け、重そうな本を机に広げて読む。
その言葉にレミリアさんが苦笑すると此方を見る。
「彼女はパチュリー・ノーレッジ。
見ての通り、本の虫の様な奴だけど、私とは親友みたいなものよ」
「ああ。だから、レミィとパチェって愛称で呼び合っているんですね?
素敵な関係だと思います」
ボクがそう言うとパチュリーさんが本からボクへと視線を移す。
「素敵な関係、ね?……どちらかと言えば、腐れ縁の様な物なんだけどね?」
「それでも腹を割って話せる相手な訳じゃないですか?
良い関係を築いているんじゃないんですか?」
ボクが思った事を率直に言うとパチュリーさんは微笑む。
「そんな事を言える貴女は純粋ね?
ある意味、妖精よりも無害なのかもね?……いえ、だからこそ、邪気を祓う力があるのかしら?」
パチュリーさんはそう告げるとゆっくりと立ち上がり、奥の扉へと向かう。
ボクとレミリアさんもその後に続くとパチュリーさんは瞼を閉じて扉に触れ、扉に描かれた複雑な魔法を解除して行く。
「……ふう。相変わらず、この解錠方法は疲れるわね」
「けれど、この百年は貴女のお蔭で何もなかった。貴女のお蔭よ、パチェ」
「おだてるのはその辺にして、さっさと行きなさいな」
「ええ。解っているわ。
それとネズミが入ったから、もしかするとこの大図書館にも入るかも知れないわ。注意なさい」
「助言ありがとう、レミィ」
パチュリーさんはそう告げると再び椅子に座り、本を読み始める。
そんなパチュリーさんを見送ってから、レミリアさんが此方を見る。
「それじゃあ、行きましょうか?」
「はい」
ボクが頷くとレミリアさんが扉を開く。
そこは見事に何もない部屋だった。
でも、邪気が半端ない位に強い。
「……おぇっ」
思わず、吐き気が込み上げて来る。
そんなボクを見て、レミリアさんが一瞥する。
「貴女、そんなんで大丈夫なの?」
「大丈夫、じゃないですね……ちょっと思ってたより、邪気が強過ぎるかもです」
ボクはそう言うと深呼吸して込み上げ吐き気を抑えて、前へと進む。
そして、レミリアさんと共になんとか扉の前に到着する。
「……邪気は心に左右される。特に人外の存在ーー妖怪や妖精に取り憑く事が多い」
「えっ?」
「私なりの助言よ。だからこそ、お願いするわ。
フランをーー妹を助けて頂戴」
そこまで真摯に頼まれたら、断る事なんて出来ない。
ボクは邪気の塊みたいな存在が潜むレミリアさんの妹さんのいる扉を開く。
部屋はぬいぐるみや玩具でいっぱいだった。
そのどれもが壊れている。
千切れたぬいぐるみ、壊れた玩具、それらが散乱した空間の中央に彼女はいた。
「……フラン」
「アハッ♪来タンダネ、オ姉様♪」
フランさんーーいや、どちらかと言うとフランちゃんと呼びたくなる程のサイドテールの可愛い女の子がボクとレミリアさんを見据える。
「弾幕ごっこの仕方は覚えているわね?」
「アア、アノ遊ビ?覚エテイルヨ?」
「なら、少し遊びましょう、フラン」
「アハッ♪スグニ壊レナイデネ?」
ボクなんて眼中になく、フランちゃんはレミリアさんと弾幕勝負を開始する。
フランちゃんは強い。
多分、邪気が凝縮されているせいだろう。
それなのにレミリアさんは善戦している。
邪気がある訳ではなさそうだけど、どうやってフランちゃんの猛攻を避けているんだろう?
そんな風に考えるボクの横をレミリアさんが砂煙を上げながら、着地する。
「私が隙を作るわ。その後はお願いよ?」
レミリアさんはそう告げるとフランちゃんの元へと飛んで行く。
この狭い空間で縦横無尽に飛び交うレミリアさんとフランちゃんは最早、ボクの目には捉えられない。
弾幕は陰陽玉のバリアでなんとか防いでいるけど、ちょっと危ないかも……。
そんなボクの横にフランちゃんが身を屈めてボクを見据える。
「サッキカラ邪魔ダヨ?」
「えっ?」
「フラン!?」
次の瞬間、血が飛んだ。
痛みはない。
代わりにボクの前にいるレミリアさんがフランちゃんの鋭い爪を腹部に受けていた。
「……ごふっ!」
「レミリアさん!」
「……今よ!」
レミリアさんはそう叫ぶと自身を貫くフランちゃんの腕を掴む。
そうだ。レミリアさんは覚悟していたんだ。
なら、ボクも覚悟しなきゃ!
「心技"夢想天翔"!!」




