第1話【幻想入り】
「えっと、此処で良いんだったかな?」
ボクは汗を拭い、重いリュックを背負い直しながら目的地へと到着する。
「うわっ!噂には聞いてたけど、これは酷いな!」
ボクが見た光景は土砂崩れで潰れた神社の残骸だった。
此処には本来、博麗神社と言うボロボロの神社があったのだけど、これは見る影もない位に滅茶苦茶にされているな。
復興の目処も立ってないらしいし、さっさと済ませちゃおう。
「よいしょっと」
ボクはリュックを下ろすとペットボトルの代わりに入れていたお祓い棒を手にする。
そして、神社があっただろう場所で一礼して、お祓い棒を左右に振る。
端から見たらボクの姿は変だろうな。
黄色いTシャツにジーパン姿でお祓い棒を振ってるんだから。
でも、これでも代々続く博麗の巫女の血筋を引く巫女の端くれだからね。
霊感とかだってあるよ……多分。
まあ、もうずっと昔の話だし、何かが出るとかってのは大丈夫なんだろうけど、ただ最近、此処はゲームなんかでも取り上げられて有名になったせいか邪気が溜まっているんだよね?
だから、末端とは言え、博麗の巫女の血筋を引くボクーー護御霊空が来たって訳。
ーーとは言え、こんないい加減な方法で邪気が散るかな?
神社が無事なら色々とやりようはあったんだけど、今はこんな方法しか出来ないし……。
「あら。褐色の巫女とは珍しいわね?」
「うひゃっ!?」
ボクが驚いて横に逃げるとそこには長い金色の髪の黒いスーツ姿の女性が立っていた。
とても、美人さんだけども、ボクには解る。
この人は人間じゃない、と……。
「最近の巫女は礼儀がなってないわね?
そんな格好でお祓い棒とか持ってたってしょうがないでしょう?」
「……はい。ごもっともです」
ボクはその人間じゃない女性に素直に頭を下げてしまった。
「まあ、良いわ。この神も妖怪も忘れ去られた世界で僅かとは言え、霊力を持つ博麗の血筋の娘ですもの。
貴重である事に変わりはないわ」
「あの、貴女は?」
「私は八雲紫。幻想郷の賢者よ」
え?八雲紫ってゲームの?
ボクが疑問を抱いていると自称・紫さんが微笑む。
「貴女はこう思っているわね?
空想の中の八雲紫が何故、実在するのか、とね?」
「あ、はい。幻想郷ってゲームとかであると言う位しか知りませんが……」
「そう。まあ、それでも良いわ。
話を戻すわね。私達は人の思いを糧にしている。
そして、それは多くの人間に受け入れられ、幻想郷は実在する様になったーーとでも説明すれば良いかしら?」
成る程。つまり、ゲームとかで有名になった幻想郷と言う場所が人々の思いを糧にして実在する様になったって事か……。
「まあ、実際にはもっと昔から幻想郷は存在していたのだけどね?」
「そうなんですか?」
ボクが聞き返すと紫さんはクスリと笑う。
「貴女、素直過ぎると言われた事がないかしら?」
「え?どうして、解るんですか?」
「それは貴女が解り易い位にそう言う性格をしているからよ。
まあ、悪く言えば、単純って事ね?」
グサッ!
この人、結構、ダイレクトに物を言って来るな?
ちょっと傷付いた。
そんなボクの様子を見て、紫さんはクスクスと笑う。
「ご免なさいね、貴女があんまりにも可愛いものだから、つい意地悪したくなっちゃったの」
そう言うと紫さんは真剣な表情になる。
「さて、此処からが本題よ。貴女には幻想郷へ来て欲しいの」
「え?どうしてですか?」
ボクが質問すると紫さんは周りを見渡す。
「此方の神社が無くなったせいで博麗神社が本格的に幻想入りした。
つまり、此方の博麗神社に封じられていた筈の邪気も流れて来てしまっているの」
「え?それって大変じゃないですか?」
「ええ。そうよ。だから、貴女は幻想郷の博麗の巫女である博麗霊夢の手助けをして欲しいの」
「ちょっと待ってて下さい。そう言う事なら、お父さん達に連絡しますので」
ボクはそう言うとスマートフォンでお父さんに電話する。
『おおっ!空か!どうした?』
「あ、お父さん?ボク、今から幻想郷って所へ行かないといけないから、しばらく留守にするね?」
『そうか。わかっーーはあっ!?お前、何を言ってるんだ!?』
「だって、困っている人を放って置けないからさ」
『困っている人?さては男か!?変な奴に騙されているのか!?』
「ううん。違うよ。でも、なんて説明したら良いのかな?」
「貸しなさい」
ボクが困っていると紫さんがボクからスマートフォンを取り上げる。
「もしもし?」
『貴様か!?うちの娘をたぶらかした奴は!?
待ってろ!すぐにそっちにーー』
「その必要はないわ」
紫さんがそう告げると空間が避けて、お父さんの上半身が出て来る。
これには流石のお父さんもボクもびっくりした。
「ご理解頂けたかしら、護御霊さん?」
その言葉にお父さんはただ頷くしかなかった。
けれど、すぐに我に返り、紫さんを警戒する様に睨む。
「事情は解りました。ですが、その能力から察するに娘を危険な目に合わせるのですね?」
「ええ。場合によっては保証は出来かねます」
「ならば、この話はなかった事にして頂きたい。
一人娘を危険な目に合わせる位なら私が行きます」
真剣なお父さんの言葉に今度は紫さんが目を丸くしたが、すぐに表情を戻す。
「娘思いの良い父親だと思います。本来なら美談でしょう」
「ではーー」
「ですが、残念ながら此方も引き下がれません。
よって、強行手段に出させて頂きます」
「「え?」」
その瞬間、ボクの足元の空間が裂けて下へと落ちる。
「うわああああぁぁぁーーっっ!!!」
ボクが落ちた先は無数の目がある不気味な空間だった。
「そ、空!?貴様!娘に何をーー」
「言った筈です。強行手段に出る、と」
「これは誘拐だ!母さん!警察に連絡を!」
「無駄です。貴方の娘さんは神隠しーー所謂、行方不明扱いになります。そして、証拠も何もない」
紫さんがそう言うと紫さんのスマートフォンを持つ手がニュッと現れる。
「それではごきげんよう、護御霊さん。
貴女の娘は大切な要ですから、最低限の命の保証はしますわ」
それだけ言って紫さんはボクと同じ空間に入って来る。
「空!必ず助けに行くからな!」
そんなお父さんの叫びを最後に聞きながら、ボクは幻想入りって言うのをした。