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閉じ込めた、愛

作者: 蒼乃小春

もし、あなたの幸せが普通の方法で得られないとしたら。

あなたは、どんな方法で幸せになりますか?

 美穂を自分のものにできるなんて夢にも思わなかった。美穂は僕が通う大学の二つ上の先輩だった。美穂を初めて知ったのは二年生の時。心理学の講義だった。座学の講義は単位が比較的楽に取得できる。そのうえ定員を多く取っているので二年から四年まで多くの生徒が参加していた。その中の一人に美穂はいた。自分が新入生の頃から既に大学中の噂になっていた。眉目秀麗の容姿は噂に違わぬ魅力を放っていた。渓流を流れる水のように滑らかな濡羽色の長髪は一目で噂の人だと分かった。後ろの方に座っていて遠目で確認できるほどに。

それからというもの、いつも彼女を目で追っていた。彼女は四年生で間も無く卒業してしまう。時間が少ないという焦燥、気持ち悪さすら感じる歪な拍動。そんな彼女に対しての好意が体を動かした。一月の中旬に告白した。最初は振られてしまったが三月に何故か奇跡的に付き合う事が出来た。そしてすぐに同棲を始めた。

 美穂は僕と付き合い始めてから無口になった。でもその程度で嫌いになる訳がなかった。しばらく一緒に暮らしているうちに美穂の言いたい事が手に取るように分かるようになった。彼女の横顔に思わず見惚れ、徐に顔に手が伸び頰に優しく触れる。美穂の温もりを感じる度に自分は幸せだという幸福感が波の様に押し寄せる。


 付き合う前は女性が化粧をするのは時間が掛かりすぎだと感じていたけど、綺麗になる様を近くで見てると全然気にならなくなった。彼女がお気に入りのワインレッドの口紅を塗る。

「今日は何を着て行こうか」

 クローゼットには美穂が着るための服が沢山しまわれている。

「え、何でも良いって?迷うなぁ」

 何でも良いと言いつつも僕が選んだ服に文句を言わず着てくれる。素直じゃないけど美穂の可愛いところだ。

「ああ、綺麗だ」

 夕方、綺麗になった美穂を自転車の荷台に乗せて小高い丘へ行く。外に出るといつも近所の人が僕達に羨望の眼差しを向ける。美穂と何の取り柄もない僕とでは他の人から見たらそう映るのだろう。丘へ向かう道中は大変だった。幾ら美穂が軽いといっても二人乗りのバランスの悪さと緩やかだが坂道を上るのは体に堪える。目的地について景色を見せた時、泣く程嬉しかったのか彼女の目は潤んでいた。



 ある日の夕方、彼と一緒に自転車に乗ることになった。何でも彼はドラマや漫画のカップルのみたいに彼女と二人乗りするのが夢だと言っていた。

彼の家を出てから程なくして近所の人の話し声が風を切る音と共に交じり、聞こえて来る。

「またあの子、自転車に乗せてるわ」

「あの歳になって人形遊びなんて。しかも人間みたいで気色悪い」

「変な気を起こして、犯罪をしなければ良いけど」

 彼を白眼視している事に気付いたのは私だけだった。彼にそれを伝える術はない。何故なら四つを失った時に声も失ったから。

 今日は夜景が綺麗に見える場所に行くらしい。丘へと続く長く緩やかな上り坂。速度を落とすまいと必死にペダルを漕ぐ彼。荷台に腰掛ける私は落ちない様に上手く曲がらない腕でぎこちなく彼の腰に腕を回す。

私の視界は玄関の覗き窓を逆から見た時くらいしか光が入らない。僅かな光を捉えた視線の先には彼の背中だけが写っている。

「流石に二人乗りで坂道はきついね」

 時折、彼は立ち漕ぎをして速度を上げる。その頸には冬だというのに雫が滴っている。そんな辛いなら二人乗りしなければ良いのにと思ったが言葉にすることはできなかった。小高い丘へ着くと彼は綺麗な夜景を見せてくれた。

「どう?良い場所でしょ」

 自信有り気に彼は話す。初めて会った時は髪も整えず声も小さく挙動不審な印象を受けた。人と会話する事が極度に下手だったのを覚えている。夜景を見た私は思わず涙を流した。この町の光の下で私以外が何事も無く平穏に暮らしていると。

帰り道、行きと同じく自転車の荷台に私を乗せて坂を下っていく。腕と脚を隠すために袖が長い物を着ていたが真冬にしては薄着だった。私は寒さのせいか、いつの間にか眠りに落ちてしまっていた。



 「美穂、おはよう」

彼は私の顔を覗き込むように凝視している。

「昨日は寒かったよね、ごめんね」

 彼に起こされて、テーブルまで移動する。寝ている時だけが現実を忘れさせてくれた。でも朝が来るたび逃れようのない悪夢を見続けなければならない。私の身体を覆う無機質で白く艶やかな凹凸の無い硬い皮膚。骸と化した四肢、その偽りの肌に触れる度に彼は恍惚な表情を浮かべる。昨日の様に出掛けるときは決まって彼は私に口紅を塗る。選んで着せられる服にも抗う術はなく全てを受け入れる。着せ替え人形、まるでフィギュアのように。

彼がテーブルに暖かい朝ごはんを運んでくる。

「はい、美穂のご飯ね」

 白米と味噌汁からは僅かに湯気が立ち上る様子が狭い視界から見える。食欲のスイッチが入るような鼻腔を擽ぐる香りから、手の凝ったおかずも用意されているのだろう。彼は私と暮らすようになってから料理の腕を上げていった。本意ではないが美味しいこと、彼の作る料理がないと生きていけないのは事実だ。

 もしこんな体と彼さえ居なければ幸福とまでは行かないまでも絶望することのない生活を送っていただろう。朝食が並べられたテーブルの奥のテレビはここ数ヶ月、同じニュースを繰り返している。


さて、続いてのニュースです。去年の三月に、神奈川県で行方不明の女子大生の切断された四肢が発見された事件です。事件から間も無く十ヶ月が経ちます。依然、犯人の足取りが掴めず、野田美穂さんの安否が分からない状態です。引き続き情報提供をお待ちしております。


男の偏った女性への行為、そしてその被害にあった女性の視点

幸せの形は人それぞれであり、誰かが幸せになると誰かが不幸になる。

両極端の境遇を持つ二人の視点で展開してみました。初めての試みだったのでもっと馴染ませて深みを持たせた作品にしたかったです。

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