暗雲の向こう側
六
坂井家の、住宅は市街地の中心からかなり郊外
の方にあるので車で飛ばしても市内まで三十分は
かかる。走り始めた、車内には妙な空気が漂って
いた。今や、猜疑心の塊になっている父親は押し
黙ったままだし息子の将来を悲観している母親は
次から次に流れて来る涙をハンカチで拭うのに精
一杯の状況だったが運転している和彦だけはカー
ステレオから流れる音楽に合わせて鼻歌を歌って
いた。市街地に、入り暫く走るとマンションが建
ちならぶ街並みに変わり始めた。その、マンショ
ン群の中でもひときわ目立つ高層マンションの前
で車は止まった。
「さあ、着いたよ」
と、和彦は言った。
「ごめん、ここで降りて待っててくれない車を駐
車場に置いて来るから」
怪訝そうな、顔をしている二人を降ろして車は
走り去ったが程なくして和彦は戻ってきた。
「じゃあ、行こうか」
「行こうかって、これ誰のマンションだ」
陽一が、そう聞いたが和彦は答えずにマンショ
ンの入り口の方に向かって歩き出した。入口付近
のフロアーはいままで陽一も順子も見た事が無い
くらいピカピカに磨きあげられた大理石でそこを
通り過ぎると自動ドアが有りその先には指紋認証
の為に壁に埋め込まれたディスプレイがあった。
この、マンションはかなりセキュリティが厳しい
場所のようだった。
「こっちだよ」
和彦が、指し示した方向にエレベーターはあっ
たのだが引き気味の両親を、エレベーターに押し
込むように乗せると和彦は最上階のボタンを押し
た。エレベーターの、中でも車と同じく沈黙が続
いていたがあっという間にエレベーターは最上階
に着いてしまった。呆気に、取られている両親を
部屋に招き入れると和彦は言った。
「ようこそ、僕の会社へ」
「えっ!」
陽一と、順子は同時に大きな声を出した。確か
に、言われてみれば住宅というよりも事務所に近
かった。部屋は、約二十畳程はあろうか間仕切り
などは無く広々とした部屋に事務用の机が三、四
台ありその上には。所せましと幾つものパソコン
が並んでいた。パソコンのディスプレイには、何
やら株の相場のようなグラフが世話しなく上下し
ていた。
「和彦、本当にお前のマンションでお前の会社な
のか?」
陽一は、まだ信じられないというような顔をし
ている。順子も気持ちは陽一と同じだった。
「そう言うだろと思って、これを用意してたよ」
和彦は、そう言うと机の上を指でコツコツとつ
ついて書類らしいものを出した。一冊目の、書類
には譲渡契約書、二冊目には権利書と書いてあっ
た。渡された、書類にひととおり目を通した陽一
が和彦の方をみて言った。
「ふむ、権利書も契約書も本物みたいだな」
「当たり前だろ、正真正銘本物なんだから」
和彦が、不満そうに言った。もう一度、書類の
ある部分を見て陽一は「えっ、えー!」と奇声を
あげた。隣にいた順子が何事かという顔をして陽
一を見た。
「これ、ここを見てみろよお母さん」
「何よ、何なのよ一体」
そう、言いながら陽一が指さしたところを見た
順子の目が釘付けになり眼を見開いたまま止まっ
てしまった。
「一億二千万・・・・・」
陽一が呻くように呟いた。それは、マンション
の譲渡金額だった。