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仮想の果実  作者: 村上蘭
2/7

春の日の来訪者


 二




 「はーい、今行きます」


 


  妻の、順子が返事をする声が聞こえ玄関を開け


 る音がし続いて若い女の声がした。




 「こんにちは・・・」




 「あ、どうも」」




  順子の、少し警戒するようなそれでいて嬉しそう


 な声がしていた。




 「あの・・・和彦さんはいらっしゃいますか」




 「和彦ですか。はい、おりますけどあの失礼ですけ


 どちら様でしょうか?」




  そこまで、聞いて陽一は書斎を出てさりげなく玄


 関を見た。妻の前に、二十四、五歳くらいの若い女


 性が少しはにかんだ様子で立っていた。




 「すみません、申し遅れました。和彦さんが以前働


 いておられた会社の同僚で、真島さやかです」


 


 陽一が、リビングに入ろうとして居るのに気づいた


 彼女がお辞儀を軽くしたので慌てて返した。




 「あ、じゃあちょっとお待ちください」




  そこまで、言うと順子は二階に向かって声を張り


 上げた。




 「和ちゃん、和彦お客さんよ下りてきて」




  リビングで、陽一と順子は黙ってコーヒーを飲ん


 でいた。部屋中に、コーヒーの香りが漂って半分ほ


 ど飲んだ所でもう我慢が出来ないという風に順子が


 口を開いた。




 「ねえ、あのお嬢さん和彦の彼女かしらどう思う」




  陽一は、残りのコーヒーを一気に飲みほすと苦み


 が少し口に残った。




 「・・・・・」




 「和ちゃん、結婚とか考えているのかしら」




  呑気で、良いなこの人はと陽一は思っていた。結


 婚してから解った事だが、彼女には危機感が欠如し


 ている。いや、あるかも知れないが人前では見せな


 いのだ。まだ、二人が若く和彦が幼かった頃わが家


 の経済状態はかなり厳しかった。仕事は、頑張って


 いたが何しろ給料が安かった。働いても働いてもな


 かなか貧乏所帯から抜け出せなかった。そんな時、


 ついイライラして彼女にもろに感情をぶつけた事が


 あった。その時も、妻は泣き顔を見せなかった。


 本当は、俺の知らない所で泣いて居たのかも知れな


 いが「何とか、なるわよ」が彼女の口癖だが、今思


 えば、それに随分と救われたような気がする




 「ねえ、聞いてる?」




  順子に、そう言われて陽一はコーヒーカップから


 手に伝わる温もりを感じながら言った。




 「聞いてるよ、でも仕事もして居ないのに結婚がど


 うのとかの話じゃないだろう」




 「そりゃあ、そうだけどそんな事何とかなるんじゃ


 ないの」




  やっぱり、出たと陽一が思った時に人が降りて来


 る気配を感じて振り返ると和彦たちが外出する格好


 で立っていた。




 「ちょっと、出かけてくる」




  和彦が、靴を履いているその隣でさやかが笑顔ま


 じりの元気な声で言った。




 「お邪魔しました。これで、失礼します」




 「まあ、まあお構いもしませんで」




  玄関の、上がり框のところで順子が愛想笑いの挨


 拶をした。




 「和彦、遅くなるのか?」




  陽一は、リビングから声を掛けた。




 「ああ、だから今日は夕食の用意はいいよ」




  和彦と、真島さやかと言ったお嬢さんを見送って


 夫婦二人は期待と不安が入り混じった妙な気分で書


 斎と台所に戻っていった。





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