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仮想の果実  作者: 村上蘭
1/7

老いの誤算


 一




 「もう、あれから一年か・・・・・」




  陽一は、呟いて大きな溜息をつくその後両手で


 頭を抱えるポーズをとる。そして、また溜息をつ


 くそんな事を繰り返しながら陽一はこの一年を過


 ごしてきた。坂田陽一は、今年六十二歳になる自


 宅の住宅ローンは去年終わったし大きな借金も無


 くそこそこ貯金もある。夫婦仲も人がうらやむほ


 ど仲良くはないけれどそんなに悪い関係でもない


 順風満帆とは言えないけれど何とか夫婦二人して


 子供を育て生活の為とはいえ仕事もそれなりにこ


 なしてきた。妻の順子は、現在五十九歳である大


 病もせず陽一についてきた。今は、近所のスーパ


 ーでパート勤めをしている。そんな、二人の悩み


 といえば一人息子の和彦のことであった。和彦は


 今、三十六歳大学を出て一流の商社に勤めていた


 が去年の春突然会社を辞めた。




 「あんな、良い会社どうして辞めたんだ?」


 


  それこそ、飽きるほど陽一は妻の順子と一緒に


 何回も息子に聞いてみたが和彦の答えはいつも同


 じだった。




 「別に理由はないよ」




   和彦は、またかというような顔をして言う。




 「理由はないって、お前それじゃ答えになってない


  だろう」




 「俺の人生だ親父には関わりないだろう」




 「関わりないってことはないだろう・・・・・」




  会話は、いつもそこで終わる和彦は黙って二階の


 自分の部屋に行きそれからしばらくは下りて来ず、


 陽一と順子はなすべなく二階を見つめる。「あの


 子、なんであんな風になってしまったんでしょう」


 と、順子が言った。




 「・・・・・」




  そんな事は、俺が教えて欲しいよと陽一は思っ

 

 ていた。自分の、書斎から陽一は庭の樹木を眺め


 ていた。この間まで、寒風にさらされてまるで枯


 れ木のようだった柿の木に今は若葉が出て太陽の


 光を充分に受けツヤツヤと美しく繁らせている。




 「世の中は、春なのにこの家だけはまるで冬だな」




  陽一は、六十歳の時会社を定年退職し息子の和


 彦もまだ結婚はしていないが生活的には独立し色


 々の重荷から解放され余生は妻と二人で悠々自適


 だなとのんびりした事を考えていた。ゆるやかな、


 春の風が樹木の若葉を揺らして音もなく揺れてい


 る。その、若葉を見ながら陽一が懐かしく思い出


 すのは和彦の事だった。息子の、和彦は手の掛か


 らない育てやすい良い子だった。両親の、言うこ


 とをよく聞き学校の成績も悪くなかった。変に、


 グレる事も無く順風満帆で学生時代を過ごし就職


 まですんなりこなしていった。去年の春、会社を


 辞めるまではそれで陽一は今日まで心に心に思い


 ながらいままで黙っていた事を言おうと決めてい


 た。最初、息子が商社をやめたと聞いた時は息子


 に悩みが有りそれは人間関係のもつれかも知れな


 いしもしかしたら精神的に鬱とかの病を患って居


 るのかもと思い中々言い出せなかった事だった。


 だが、息子の言動や行動を見ていてどうもそんな


 物だとも思えないし健康状態は見たところすこぶ


 る良さそうで精神を病んでるようにも見えない。


 部屋に、閉じこもりっきりという訳でも無いそれ


 は時々散歩と称してジョギングに行くことでも解


 る。




 「和彦、働きもせずこのままこんな状態でいるつ


 もりかだったらこの家には住まわせ無いぞ今すぐ


 出て行け」




  たった、これだけの言葉が言えず一年もグズグ


 ズしている自分が情けないと陽一は思っていた。




 「よし」




  陽一は、おもむろに腰を上げ二階の和彦の部屋


 に行こうとして書斎のドアノブに手を掛けたとき


 玄関のチャイムの音が鳴ったのが聞えた。





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