ばかめ、それは残像だ
馬車に揺られながら街を目指す。
馬車なんて乗ったことなかったけど、案外悪いものではなかった。
少し揺れはあるけど、天気も良いしまったりのんびりした旅を楽しめる。
「これがスローライフってやつか……。なんか癒されるな〜。」
「ねえねえ、リョーマ! ルビィに聞いたんだけど、リョーマ異世界から来たんだって?!」
「うん。シャル、嘘をついてごめんね。 異世界人だってバレたら、酷い目に合うかもしれないって思って…怖かったんだ。」
「いいっていいって! そりゃ不安にもなるよね! ボクがもし、何も分からないどこか別の世界に飛ばされたらって想像しただけで
…うーー………めっちゃワクワクするー!!! どんな世界に行きたいかなー?!」
目を輝かせるシャル。
「ふふ。…ふふふ。」
斜め下を向いて笑いを堪えるトリルビィ。
いや、全然堪えきれてないんだけども…。
「え、えっと…シャル、俺を許してもらえるかな?」
「うん! 許ーす!! そのかわり……」
「そのかわり…?」
「リョーマのいた世界のこと、いっぱい聞かせてよ! ボクの知らないことばかりなんだろうなあー…ドキドキするよ!」
「シャーロット、貴方はこちらの世界の事も知らないことばかりでしょう。」
「あー! ルビィひどいなー! ボクだってやればできる子なんだからね! 」
なんだろうこの感じ…凄く暖かい。
今まであまり味わったことのない感覚だった。
さらばぼっちだった頃の俺!!
それにしても、俺のいた世界のことか。あんまりいい思い出は無いんだけど、シャルが喜ぶなら少しずつ話をしてあげようと思う。
「うん。分かったよ。俺の話でよければ幾らでも…。」
「やったー!!」
「シャーロット。リョーマさんの世界の話を聞くのも良いですけど、まずはリョーマさんにこちらの世界のことを教えてあげなくては。」
「それもそーだね! 少しでも不安を解消して欲しいしねっ! リョーマ、何か聞きたいことある??」
「聞きたいことは山ほどあるんだけど…じゃあ、さっき言ってた代表的な5つのギルドについて教えてもらってもいい?」
「オッケー!! えっとね……5つのギルドではそれぞれ得意とする分野があって、それで利益を出してるんだ! 因みにボクとルビィが所属してるのはモンスターの討伐クエストを主にしている[ニケ・アレス]ってギルドなんだよ!!」
「なるほど…。」
「……♪」
シャルがこれ以上ない程の満面のドヤ顔でこちらを見ている。
いや、こちらを見ているのは良いんだけどまさか……
「……?」
「シャル?」
「なーに?」
「えっ!! 説明終わり?!」
「えっ!? 分かりにくかった?!」
「いや、それ以前に情報量の少なさ!!」
「情報料?! お金なんていらないよ!! てかリョーマお金持ってないでしょ?! あ、体で払うとか言いださないでよー?! ぼ、ボクも一応女の子なんだからね…!!」
モジモジしながら頬を赤らめるシャル。ちょっと可愛いじゃないか。
「待って待って、ボケのスピードが速すぎてつっこみが追いつかない…!」
「ふっ…今つっこんだボケは残像だよ。」
「何っ?! こいつ…出来る!!」
「いつまで遊んでるんです…全く…。私が説明しますよ。」
そう言いながらトリルビィは紙とペンを取り出しサラサラと各ギルドの特徴を記していく。
どうでもいいけど俺、文字読めるんだな。
どうやら双子メイドの姉との勉強イベントは俺には無さそうだ。
その方が便利で助かるから別に良いんだけどね。
1番
警備や政治で国を守る組織
[キングダム]
2番
商売や交易で各国を潤す
[ガネーシャ]
3番
モンスターの討伐や採取クエストで国民を助ける
[ニケ・アレス]
4番
農業や工業などの生産で国を支える
[クロノスマールス]
5番
魔法の研究で国民の生活を豊かにする
[ジュゼッペ=メル=フォレンツァ]
「かなり大雑把に言えばこんな感じです。規模はキングダムから順に小さくなってはいきますが、国にとってどのギルドも重要な役割を担っていますので、一概にどのギルドが力を持っているという事は言えません。」
「確かにそうだね。どのギルドが欠けても国民にとっては一大事だ。」
「その他にもギルドは多数存在しますよ。例えば音楽を研究するギルドだったり、娯楽を提供するギルドだったり、特徴は様々です。それとギルド所属変更は、さほど難しい手続きが必要なわけではないので割と気軽にギルドを渡り歩いている人も多いです。」
「ギルド同士の争いとかは無いの? 覇権争いみたいな…」
「今のところは無いですね。基本的にはそれぞれのギルドを尊重し、互いに助け合っていますので。それでもたまに起きるいざこざは、ギルド協会が間に入り解決に努めてくれますので、大抵のことは穏便に済みます。」
「平和なんだなあ、この世界は…素晴らしいことだと思うよ。」
「リョーマの世界は平和じゃなかったの?」
「ん、まあ地域によってはね。人間同士の争いが殆どだけどね。」
「そうなんだ……人間同士で争うなんて悲しいよ…。リョーマ、辛かったね。」
シャルは突然俺の体を抱き寄せて頭を撫で始めた。
ふわりと良い香りが鼻孔を刺激する。
香水や制汗スプレーの様な人工的な匂いではなく、例えるなら太陽の香りとでもいうか…
嗅いでいると眠くなってくる様な、凄く落ち着く匂いだ。
「シャ、シャ、シャルさん?!」
「よしよし…。でも、もう大丈夫。リョーマはボクが守るよ。」
てか、おっぱいが!
おっぱいが当たってるんです!!
俺の頭部におっぱいが!!
くっ……異世界め!
俺の理性を奪って何もかも台無しにする気だな?!
俺はおっぱいの誘惑に抗うために身体中の全神経を頭部に集中させた!!
リョーマはスキル[感覚神経の自在移動]を覚えた。
いや、それ全然抗えてないから!!
ごめん、冗談。
「シャーロット。その辺にしておきなさい。リョーマの全身が爆発しそうなくらい真っ赤になっているわよ。」
「えっ? そうなのリョーマ? ごめん嫌だった?」
「い、いえ…むしろありがとうございます……。」
危ないところだった。
トリルビィが止めてくれなかったらあのまま天に召されていてもなんら不思議ではない。
死因:おっぱい
かっこ悪すぎる!!
それだけはイヤ!
「おっと! そうこうしている間にも馬車は走行しているから、目的地が見えてきたよ!!」
「おお! シャル、街が見えてきたのは間違いないか?!」
「リョーマ……やるね! ボクのギャグに被せてくるなんて!」
「シャルこそやるじゃん! キレが良かったぜ!」
「貴方達、いつの間にそんなに仲良くなったのですか…。」
異世界へ転生してからまだ1日目だっていうのに、ここまで仲良くなれたのはきっとシャルの底無しの明るさと人当たりの良さのお陰だろう。
でなきゃ、いくらイケメンになったとは言えこんな俺にここまで良くしてくれるなんてことはあり得ないからな。
「さあ、もうすぐつきますよ。ギルド:ガネーシャの総本山、商業都市[バイゼルン]に。しばらくの間はこの街に滞在することになりますからね。」
「やっと到着かー!! ルビィ、ボクお腹ペコペコだよー! 着いたらすぐ晩御飯にしよー!!」
そう言えば俺も異世界にきてから何も口にしていない事を思い出した。
こっちの食べ物はどんな感じなのかな? と期待と不安が入り混じる中、妙な違和感を覚えた。
そしてその違和感の正体にはすぐに気付くことになる。
「晩御飯……? こんなに明るいのに晩御飯なの?」
「あ、そっか! リョーマはこの世界に来たばかりだから知らないんだったね!!」
「知らないって何を…?」
「リョーマさん。こちらの世界には[夜が来ない]んですよ。」
夜が来ない?
一体何を言っているんだ??