6-24 エピローグA
トンカントンカン、と金槌の小気味良い音に誘われて目を覚ます。昨夜は窓を開け放ったままだったから余計に大きく聞こえてしまったようだ。
「ふあぁ」
起き上がろうとして、右腕にある重みに気付く。同時に、ここしばらく続いている心地良い気怠さにも。
「ん、ぁ……」
「…………フヒヒ」
鼻の穴をプクーと膨らませながらどんな悪戯をしてやろうかと考え、すぐにやめる。
やめやめ。寝てる女に手を出すなんて余裕のない男みたいなことを、この俺がするわけにもいくまい。なにしろ俺は「勇者」なのだ。そしてこのエルフの集落の救世主なのである。
アキツを倒した翌日から、エルフの集落は再興へ向けて歩み出すことになった。
あの一晩だけで死者は二〇名を、重軽傷者は四〇を超えた。集落にいたエルフの数でいうなら三分の一が動けなくなったことになる、らしい。ちなみにこの総数にはハーフエルフも含まれている。
死者の中には一応村長だったジジイもいたようだ。首チョンパだったらしい。カルネや若い阿呆共を野放図にしてしまった張本人なのだから同情の余地は一切ない。まあ元から俺に同情心なんてものはない。
なので翌日になればさっさと宝物でも頂いてドワーフを連れてここを離れようとしたのだが、そこでドワーフが待ったをかけてきた。
ドワーフもドワーフで、エルフが危機に陥るのはマズいとのこと。本来の目的である交易で手に入れるはずの魔法薬などが手に入らなくなるためだ。なので、復興の手伝いをしたいとのことだ。
当然ながら俺は拒んだ。とりあえず要望には「NO!!」を突き付けるのが俺のスタイルなので。
で、取引として俺はここしばらく欲望の限りを尽くさせてもらっているというわけだ。イロんな夜の宴という意味で。
勿論俺は悪者ではないから希望者を募ることにした。希望者がいない場合は暴れる予定だったが、幸いにもハーフエルフの女性たちが希望してくれたので問題はない。見た目はエルフと同じく美形だし。子供は作れないが、別に俺にとって問題にはならない。そも、俺に子を作る能力は失われているので今更だ。悪魔との契約で持っていかれたからな。
意外だったのはごく少数ではあるが、エルフの希望者もいたということか。周りの連中は顔を歪めていたが「こんな頼りにならない連中よりは、強いオスの子を産む方が良い」という主張を彼女はして、何故かもう何人か希望する女性が増えた。いやまあ俺に子を成す能力はないのだが、別に言わずとも良かろう。沈黙は金、雄弁は銀というので。
予想外は他にもあったな。エルフの出生率が低いのは性欲がそれほどないというのが理由だと聞いていたのだけれど、実際はそうでもないなあという印象。というより、スロースターターなのがエルフなのではないだろうか。こう、やらしくしぶとく蛇のように相手をしている内に乱れて来て、最終的な乱れ様ときたらトールが翌朝顔を赤らめているくらいだった。どうも声が聞こえていたらしい。
エルフは実はエロフというのは個人的にとても収穫になったと思う。今後、エルフと出会うことになったらそのことを頭に入れて接しよう。視姦が捗ることこの上ない。
そんなことを考えていると昨夜同衾したハーフエルフの女の子が目を覚まし、自分が裸であることに気付き、長耳の先から白い身体すべてから赤く染め、恥ずかしそうに服を着て出ていった。いや、彼女が恥ずかしかった理由の一端に、依然として全裸のままの俺がいるというのもあるのかもしれないが。
俺は俺で服を着て宿屋の外へ出る。
空を見上げれば、今日も相変わらずの快晴で不愉快。アールグランドにおいて最高の天気というのは曇天で決まりだろう。
舌打ちついでにちょうどいい案配のサンドバックがないか探していると、都合の良い高さに頭を持つ鳥頭を見付けたのでそちらへ向かう。
「ふんっ」
「あいたーっ! 痛いのです! なんなのですです!?」
「特に理由はない。むしゃくしゃしてやった。後悔も反省もしてない。むしろ感謝しろ」
「そこまでです!?」
『ねえマスター。ワタシが気付かないでメイの頭の上に乗っかったままだったらどーなってたノ?』
「は? そのままぺしゃんこだろ」
『ヒュー、鬼畜ゥ!』
褒めるな照れる。
「それより何食ってんだおまえら?」
「これです? 焼き鳥です」
『ンー、砂肝ォ、ってカンジ!』
どんな感じだ。ああ、砂肝って感じか。どんな感じだ。永遠ループじゃねえか。
メイとエミリーはエルフの出していた串焼きの屋台で焼き鳥を買っていた。炭火の上でじっくりと焼いているのだが、火力に応じて中火と弱火を使い分けているらしい。味付けはタレのみというのがちょっと悲しい。俺は塩がいい。あっさりしてるし。
「なあ」
「は、はいっ」
どうも串焼き屋のエルフは緊張している様子だ。まあ俺だからな、仕方ないな。ようやくエルフどももアキツの一件もあって、俺の後光を視えるようになったのだろう。その調子で精進して欲しい。
「これ、鳥しかないのか?」
「あー、そう、です。すいません。他の肉はこないだので全部駄目になって、これ、急いで狩って来たやつなんです。そうなると、鳥くらいしかなくて……」
「うー、そうか……」
「ご主人様、鳥肉だめなのです? 美味しいのにです」
『そーいや、マスターってば鳥肉だけはいっつも食べないよネ』
「宗教上の理由でな」
無宗教だけどな。
実際は食べ飽きたというのが正直なところ。あと数年は食べないと固く誓っている。
「ご主人様ご主人様ー」
「ん?」
「はい、あーん、なのです」
「ぺいっ」
「ああああああああっっ!!」
メイが笑顔で差し出してきたので快く叩き落としておいた。号泣するメイをその場に残し、エミリーに小遣い代わりに金を渡しておく。
どうも以前は銀貨でないと買えないくらいぼったくってたみたいだが、今では違うようなので銅貨だ。適当にじゃらっと渡したから少し多かったかもしれないが、まあいいだろう。幸い、金には困ってない。無駄遣いとかしてないし、食費と宿代くらいだからな。むしろそれで時々顔を歪めたくなるくらいメイは食い散らかすので良い気味だ。なにしろ、砂の付いた焼き鳥を半泣きで食べてるくらいなので。
メイとエミリーと別れ、集落の復興具合を眺めに行く。
不幸中の幸いといっていいのかどうかわからないが、アキツの襲撃などでエルフたちは数を大きく減らすことになった。おかげで建て直す建物というのは想定より少なくて済んでいるようだ。この様子だと、明日か明後日くらいにはここを発てるだろう。長かったなという思いもあるが、ここ数日はイロイロと楽しんでいたので実のところそんな長くも感じていない。
暇潰しが目的なので話しに行くつもりはないが、ドワーフどもとエルフたちはそれなりに上手くやれているようだ。
これまではドワーフが農機具や武具を修繕したりしていたわけだが、それはあくまでもドワーフたちがやっていただけだ。エルフたちはその作業を見ることもなかったらしい。
けれども今回は建てる必要のある建物が多いため、ドワーフを監督役として怪我の軽いエルフたちに作業させている。そうして経験させることにより、エルフたちはドワーフの技術を学び、またその深さを知る。結果、彼らを尊重することができるようになったみたいだ。
一方で、ドワーフリーダーだったドンネルはエルフの代表となったアルファルドと共に色々話している。村の復興に関しては今更だから、おそらくは今後の付き合い方についてだろう。
エルフはこれまでのように村長が治めるという形を廃止し、合議制を執ることにしたようだ。代表者というか進行役というか、それを一人選び、後はそれぞれ何人かでまとまって話し合うらしい。今はそれがアルファルドというわけだ。
そのアルファルドとドンネルだが、顔色は渋い。というのも、彼らの脇にいる二人が原因だろう。
「ああヘータ。あなたはどうしてヘータなの?」
「そ、そそそれはボクのお父さんとお母さんとお祖父ちゃんとお祖母ちゃんに聞いてもらわななないとと……」
なんじゃあれ……。
いや、このツッコミはこの数日で何回しただろうか。
あのアキツの一件でエルフのアンポンタンぶりに怒っていたのも理由のひとつで、あとここ数日イロイロと忙しかったというのも理由にはなるのだが……まあとりあえずヘータが無事で良かったよ。完璧に忘れてたしな。すまんヘータ。だが俺は謝らないぞ。でもごめんヘータ。
曰く、アキツが現れたときにカルネが殺されそうになったところをヘータが庇ってくれたらしい。その男らしさにカルネは思わず惚れてしまったのだという。実の父親が人間の女と話してただけで変態扱いした挙げ句冤罪で投獄したとは思えんな。
この話を聞いて俺は思った。それは事実だろうか、と。あのヘータにそんなことができたのだろうか、と。
後日、ヘータが半泣きで事実を暴露した。そんな事実はないらしい。単にカルネの記憶が混乱してそんな感じのストーリーが出来上がっただけというのが真相のようだ。実際のところ、ヘータは漏らしたらしい。そんな事実は聞きたくなかったな……。
けどまあ恋に恋する状態になったカルネにとってそんなのはどうでもいいようで。まあお幸せにという感じだ。ぶっちゃけたところ、あまりにばかばかし過ぎてどうでもよくなった。勝手にどうぞ。
ともあれ、狐面族の集落は全滅してしまったのだし、ヘータの住む場所が見付かったのは良いことだと思う。皮肉混じりでエルフの里に押し付ける予定だったが、予想外に好待遇で受け入れられているようだし。
カルネは合議制で会議に参加するひとりだし、ヘータはエルフ外の反応を知るための相談役というポジションに落ち着いたみたいだ。
狐面族でヘータという生き残りがいるという情報はアキツしか知らなかったし、これでエルフが「剣舞」から狙われることもないだろう。エミリーみたいな念話能力が「剣舞」とアキツとの間にあったら終わりだが、そこまで面倒は見切れない。
エルフの集落を離れ、森へ足を運ぶ。その間に考え事だ。
「秘術……ねえ」
エミリーから聞いた精霊の秘術。これは俺の義眼でステータスを視ても表示されなかった。
また、エルフたちから今回俺が報酬でもらうことになった、魔力を回復させる秘薬。これもどうやらエルフの秘術で作り出されているらしい。こちらもエミリーのそれと同様に、表示されなかった。
「エミリーの念話とかテッサの飛行能力とかとは違うのか?」
秘術とは一体なんなのか。それは念話とかとは違うのか。だとすればどう違うのか。
まあ考え込んでもわかるわけがない。たぶん材料が出揃ってないだろうし。
俺にだって知らないことは山ほどある。それなりに色々知ってるつもりではあるけれど、それでもこの世に数多存在する情報量からすれば一握の砂のようなものだ。
そういった知らないこと、わからないことを見付けた。それもある意味で収穫といえるだろう。
「そういや……あの話はなんだったんだ?」
サルニア大陸にて、俺は悪魔に三ヶ月以内に大陸を出た方が良いと言われていた。あんまり覚えてないけど、もうそろそろそんな時期じゃなかったっけ。
まあだからといって、俺にはわからないし、知る由もないんだけどさ。
今度悪魔を呼んだときにでも聞いてみようかな。
「さて。トールとテッサはどんな具合かな」
悪魔といえば、と思い出したのがあの二人である。
二人には戦闘経験を積ませる必要がある。特に、連携という問題だ。なのでここ数日は二人だけで狩りに行かせている。エルフたちの大部分は復興に従事することになるし、そうなると食料はどうなるのという問題があるので。それらを一石二鳥とばかりに解決する策として、二人には食料調達を任せた。
足りなかったらお仕置きだと告げているので真剣にやっていることだろう。あと食料調達を済ませた後は訓練がてら二人で模擬戦を行うようにとも告げている。どうせうまく連携は取れないだろうから、そのストレス解消も含めてだ。
そう考えて二人が模擬戦をしている場所に顔を出したのだ、が……。
「何やってんだ?」
トールが四つん這いになってへこんでいて、隣でテッサが慰めている。
なんだなんだ、何があったらこんなことになるんだ?
「おい、どうした?」
「あー、そのな……」
俺が声を掛けると、トールがビクッと震える。そしてテッサが言い難そうに頭を掻いた。
「さっき叔母さんが来て、サービスだつって、レベルアップさせてくれたんだよ」
「ほう」
悪魔がやって来たのか。俺のところに顔を出さないとは何事か。まあ血の繋がったテッサのが大事なのかな? いや、悪魔にとってそれはないか。何か理由があったに違いない。
「なんか愉しそうに嗤ってたからおかしいなーとは思ったんだよ」
「あいついっつも愉し気に嗤ってやがるけどな」
「そらまあそうなんだけどよ……」
まあ、それでトールがこのザマというわけか。
「トールなんだけど……」
「いや、待ってくれ。私が、自分で言う……」
トールは悲壮感たっぷりの顔つきから、何か覚悟を決めたような表情へ変わる。それでも顔色は悪いし、目は潤んでいた。
本当に何があったんだ?
「旦那さま、すいません」
「どうした?」
トールは目を泳がせ、それから唇を真一文字に引き締めた後、意を決して口を開く。
「才能限界に、行き当たりました」
才能限界。
それ以上はレベルが上がらなくなるとされる、個人の成長の限界。
すかさず義眼のスキルを使い、トールのレベルを確認する。
二〇四。そしてその隣には、才能限界を示すマークが。
「…………そうか」
「はい……」
「…………」
つまり、こういうことだ。
今後、トールは成長しない。
二〇四レベルで、トールは歩む道程に壁が生じてしまった。
明日の更新でエピローグBです!
幕間でもいいかなと思ったけど、こっちのがスッキリするかなとも思ったので。




