6-23
「随分とまあ、のんびりしてるじゃねえか。ええ?」
トールも、メイも、テッサも、エミリーも。
身動きひとつ取れず、怒気を露にやってくる「欠落」を硬直して見つめる他なかった。
「け、『欠落』さん! その背中のは……!?」
「あん? ああ、ドンネル……だっけか。あんまりにもこいつらが遅過ぎてやっちまったよ」
「殺し……たのですか?」
「そこまではやってない」
アルファルドと共にエルフたちから話を聞いていたドンネルだったが、彼もまた「欠落」に気付いた。
いや、ドンネルでなくとも——この場にいる全員がいまや彼に注目している。
「なん、なんだ……この魔力、は……」「馬鹿げてる……」「いや、嘘! 嘘よ! あんなの人間じゃない!」「バケモノめ……! ヤツが八刀将か!」
しまいには「欠落」がアキツと勘違いされた。右手で持っているのはなんだというのか。
けれども、エルフたちがそう感じてしまうのも仕方ない事情がある。
エルフたちの知る人間とはあくまでも世間一般の冒険者たちだ。彼らが人間を下等生物と呼ぶ理由はいくつもあるが、そのうちのひとつに、一対一ではまずエルフに敵わないという理由がある。長い年月もの間、最盛期の肉体が維持されるエルフは生涯での戦闘経験回数が人間と明らかに違い、平均的なレベルが高い。それでも奴隷狩りで攫われるエルフが多いのは、単に人間たちが多数で攻めてくるからだったり、騙し打ちや薬物を使用してくるからだ。
だが、今こうして目の前に現れた人間は違う。
ただ身体に纏っている魔力量だけで、平均的なエルフの体内保有魔力を数倍は遥かに超える。種族として魔力のステータスが高いエルフだからこそ、絶対的な差としてそれを理解してしまったのだ。
端的に言ってしまえば——レベルの差を理解させられてしまった。
「クソエルフどもが。よくも俺たちを罠に掛けてくれたな」
『待って待ってマスター! そこんとこ事情があって! 今説明するからー!』
エミリーが慌てて「欠落」に念話を送る。
それを受け、事情も把握した上で、「欠落」は嗤う。
「知ったことか。……まあ、俺を罠に嵌めたのは置いておいたとして、コイツの始末はオマエらがやれよ? なんでもかんでも俺に頼るんじゃねえ」
言って、片手に持っていた荷物をエルフの集団の中に放り込む。悲鳴が上がり、エルフたちはソレから距離を取った。
その間に「欠落」はトールたちの下へ移動し、ひとまずと全員の頭をスカ、ポン、ターンと叩いていく。
「言ったよな? 手足捥いでも引きずってでも連れて来いって。何やってんだおまえらは?」
「も、申し訳ありません!」
「あうあうあう……その、エルフさんたちにも、色々あったのです……」
「うっせー! 結局おめー一人でやってんじゃねえか!」
『あわあわあわあわわわ……このママじゃ、ワタシの御褒美が……御褒美が……』
「エミリーさーん!? 気絶しないで欲しいのです! ひゃあ! 頭がちべたいのです!」
口から泡を吐いて気を失ったエミリーはメイの頭の上でぱたりと倒れる。それでも泡は消えることなくメイの頭を冷やした。さすがは元雪の精霊というところだろうか、天然のヘアリキッドのようなものだ。その正体は唾液だが。
「おまえらがエルフ連れて来るまで防御に徹して粘ってたらびっくりしたわ! エルフが来るまでもなくアイツの攻撃に反応できるようになったわ! 自分で自分の才能にびっくりしたわ! あとおまえらの無能さにもびっくりした!」
「あにおう!? あたしが無能だって言ったかてめえ!」
「そう言ってんだろうがこのボケ! てめえにできることはそのいやらしい身体で俺を興奮させることだけか!?」
「なっ、いっ……ざっけんなてめえ!」
「旦那さまのお怒りはごもっともです。ですのでテッサでなく私にすべてぶつけてくれて構いません!」
「何言ってんだおまえ!?」
「ついでにトールのマゾっぷりにもびっくりするわ!」
少し頬を上気しながらのトールの宣言に、テッサと「欠落」は二人仲良く距離を取った。謎の勢いに馴染めなかったメイは少し離れたところでエミリーの介抱をしている。誰にも収拾が付けられそうになかった。
一方で、アルファルドは全員にソレから距離を取るよう指示を出す。
ただ従ったのは彼と同じく牢屋組のエルフたちとドワーフたち、集落側では少数のエルフだけだった。
それ以外のエルフたちはどうだったかといえば——「欠落」の脅威を理解した上で、それでも目の前の敵の力量を把握できないでいる。
ゆえに距離を取ることもせず、無謀なまでに攻撃しようとして、返り討ちに遭っていた。
「アアアアアアアアアアアッッ! 殺ス! 皆殺ス!!」
「なっ! コイツ!」「ええい怯むな! 既に死に体だ!」「とどめを刺せ!」
「馬鹿どもがっ! 離れろ!」
痛む頭に手を当てつつ、アルファルドは叫ぶ。しかしその声は届かない。まるでアキツの狂乱に周囲のエルフたちも汚染されたかのようだった。
「おいおい、アイツは……」「ああ……『欠落』さんが言うには八刀将のアキツってヤツじゃな」「えらいダメージを負っとるが、それでも勝てんじゃろ、アレ」「……さすがにアレは、どんな酒をもらっても戦いたくないのう」
ドワーフ組はアルファルドのように頭を痛めることはなかったものの、こうして近場でアキツを見たためか、その能力の高さを理解したようだ。
そも周囲のエルフたちは何もできていない。仕留めるとは口にするものの、集落からここまで逃げてきた彼らの手に武器などない。ゆえに攻撃手段としては魔法しかないのだが、今のような密集陣形で魔法を放とうものなら誤爆のリスクがあまりにも高過ぎる。
それも加味した上でアルファルドは「離れろ」と言ったのだが、それを理解できるほどの経験が彼らにはなかった。
そもそもとして、この場にいるエルフたちがどれほどの戦闘を経験しているというのか。
レベルは戦闘を行い、経験値を蓄積させることで上がる。それによってステータスが上昇し、強くなる。
あるいは、それだからこそ勘違いしてしまっているのか、とアルファルドは奥歯を噛み締めた。
経験値と戦闘経験はまるで別物だ。極端な例を挙げるなら、ゴブリンとだけ戦い続けても経験値は蓄積されて高レベルになることは理論上可能だろう。だがそこで積み重ねられる戦闘経験はゴブリンとのものだけに限られる。それ以外の敵と戦う場合の戦闘経験はまるでないのだ。
確かにエルフたちはレベルが高いかもしれない。けれども、実際の戦闘経験という意味では集落の周りの森で戦えるモンスターのものに限定されており、それ以外の相手と戦う意味では何の意味も為していなかった。だからこそ、レベルがどれだけ高かろうとも、複数の人間たちに奴隷として狩られるエルフが存在するのだ。
また、これは魔法においても同じことがいえる。エルフたちは魔法への適正が高いため、基本戦法として魔法がまず存在する。
であればこそ、今のような密集陣形での戦いなど経験したことがない。
それでも、彼らはアキツが単独であること、既に「欠落」との戦いで死に体であることを理由に、距離を取ろうとしない。
先の責任逃れの言い争いと同様で、ここでアキツを倒すことによって手にする栄誉しか目に入っていないのだ。
架空の栄誉に目が眩み、死の恐怖を紛らわせる。絶死の麻酔を打たれた彼らは彼我の力量差も理解できずに殴り掛かろうとし、アキツの腕の一振りで、蹴りの一撃で吹き飛ばされ、殺されていく。
彼らが「何かおかしい」と理解するまでに五人以上のエルフが死亡し、十数人が重軽傷を負っていた。
「馬鹿どもが! 今すぐ離れんか! どれだけ手傷を負おうとも相手は八刀将! 『剣舞』の魔王軍幹部なのだぞ!!」
血を吐く勢いでアルファルドが叫び、ようやくその言葉がエルフたちの脳裏に染み込んだ。一気に顔を蒼褪めさせたエルフたちは誰彼構わずその場を離れようとするが、押し合いへし合いでまた数人が薙ぎ倒されては踏み潰され、息絶える。最もアキツに近かった数人もまた命を散らす羽目になった。
「おっ。なかなか酷いことになってるな」
「きさ……いや、『欠落』殿……」
飄々とした様子で声を掛けてきた「欠落」にアルファルドは咄嗟に罵声を浴びせようとするが、すぐに冷静さを取り戻すことに成功した。それでも、唇からは血が流れている。
ちらとアルファルドの顔を見た「欠落」はニタニタとした笑みを小さくさせ、口角を僅かに吊り上げるだけに留めた。
「『欠落』さん……他にやりようはなかったんですかい?」
ドンネルが痛ましいものを見る目でエルフの死体を眺め、「欠落」に問い掛ける。死体の中には男だけでなく女も、子供ですら存在した。
「異論はあるだろうが、俺にはコレが最適だと思う。痛みなくして学びもない。頭が惚けてる連中なら尚更だ。それに——」
一旦区切り、それから「欠落」は言う。
「後のことを考えれば考えるほど、コレは必要なことだろう?」
ドンネルは訝し気な表情になるが、アルファルドは両目を見開き、顔を歪めた。
一方で、「欠落は自分の服の裾をメイが引っ張っているのに気付いた。
「ご主人様ご主人様ー。どういうことです?」
「やめとけメイ。おまえじゃ聞いても理解できん」
「むー。そんなことないのです。メイも賢くなりたいのです」
「やめとけメイ。おまえが賢くなるのは無理だ」
「むー! 無理じゃないのです!」
ふむと「欠落」は少し思案したような顔を浮かべ、トールとテッサに適当にエルフを助けるように指示を出す。それからメイの頭を二度三度軽く叩いた後、口を開いた。
「あの考えなしのエルフどもは『誰か死ぬ』程度じゃ学習しない。運が悪かったヤツ、程度にしか考えないんだろう」
「ええ? そんな馬鹿な話あるです?」
メイの純粋な反応にアルファルドの心が切り裂かれた。ついでにストレスのせいか血も吐いた。
突然の吐血に隣にいたドンネルがギョッとする。
「連中はおまえより輪をかけた馬鹿だからな。おまえくらいなら連れてってやれるが、さすがにあのレベルになると、俺でも連れて行こうとは思わん」
「やったのです! メイ勝ったのです!」
わーい、と両手を上げてひらひら踊り出すメイ。アルファルドは白い目でそれを眺め、ドンネルに横から慌てて頬を叩かれた。
「だから、もっと追い詰める。死にかけて、死ぬやつも出る。そうすりゃ嫌でも理解するだろ? 誰一人として、無傷じゃ終わらせんぞ」
アルファルドもドンネルも、「欠落」の方を見て頭に浮かぶ言葉は同じ。「正気か」というもの。
けれども、アルファルドはかつてのエルフたちと今のエルフたちを見比べ、それが最適だと理解してしまった。ドンネルは理解できないため、メイと共に「欠落」の説明に耳を傾ける。
「けどけど、かわいそーなのです」
「可哀想なんて生易しい言葉で許される段階はとうに過ぎた。分水嶺は超えてしまったんだ。なら、取り戻すには血でもなんでも流すしか方法はない。何の犠牲もなしに元に戻せるなんて有り得ない」
「うう……よくわかんないのです。ご主人様は時々むつかしい言葉を使うのです……」
「あー、そうな。俺とかドワーフとか、そこのエルフとかに迷惑かけただろ? それなのに反省しないから痛みで学ばせるんだ。躾に一番効くのは痛みだ。メイが一番よくわかってるだろ?」
「あー、ちょっとわかったのです。ごはん食べる前には手を洗うです? ちゃんと守ってるのです」
「まあ別に手を洗わなくてもいいけどな。腹壊しても助けてやらないってだけで」
「ひいっ」
メイへの説明だからだろう、「欠落」は適当にはぐらかしているが、さすがにドンネルも理解できた。アルファルドはいわんや。
同時に、二人の頭に浮かんだのは再度同じく「正気か」というもの。ただし、今度のソレは別の意味合いがある。
「欠落」の考えていることは、まともな精神では取らない方法だ。
倫理か道徳か、常識か善意がソレを拒絶する。実際、理解したアルファルドやドンネルは顔を引き攣らせている。
今回の事件が無事終わったとして、やはり先程と同じように責任をどうするのかという問題が出るだろう。そういった場合に同様の争い事が起こる可能性があった。
だから「欠落」はアキツを利用し、そういった元気を失くさそうとしているのだ。物理的に。
どこであろうと誰であろうと、共に暮らしてきた仲間たちが死ねば嫌な気分になる。その数が多ければ多い程、落ち込む。程度が軽ければ、その嫌な気分も活力へと変わるだろう。怒りが奮起材料になるのと同じように。
だから「欠落」はその程度を意図的に重くしようとしている。そうすることで「争うことが馬鹿らしい」と思えるほどのダメージをエルフたちに与えようというのだ。
裏を返せば、そこまで思えるほどダメージが入るまで、「欠落」は手助けする気がない。その最後がエルフたち全員の死亡だというなら、その時まで助けを出さないだろう。
ゆえに、「正気か」とアルファルドたちは思う。
その発想はマトモな神経で思いつくことではない。いや、思いついたとしても、実行には移さない。
いや、だからこその人間か。やはり人間というのは——と丁度二人が思ったときだった。
さながら、そのタイミングを計ったかのように、「欠落」は口を開く。
「今後の統治のためにも、救えないほど頭の働かないエルフは死んでもらった方がいい。人を殺すってのは余程の理由がないとできない。だからこそ、今このタイミングで減らすんだ。今後騒動を起こしかねない連中ってのは減らしておかないと駄目だ。そういう不信があること自体が問題だ。だから、今ここで間引く」
「欠落」の言っている内容はアルファルドやドンネルたちが考えていたのと同様のものだ。
ただし、言い方が変わるだけで、受ける印象は大幅に変化する。
まず「欠落」は「今後の統治のためにも」と言った。それはつまり、エルフたちを全滅させるほどのことは考えていないということ。また奴隷とする気もないという意味合いも含んでいる。
また見殺しにする対象にしても、今後のことを考えて厄介になる者に限定しているようだ。事実、「欠落」はトールとテッサを既に渦中に出向かせている。
そして最後に「間引く」という言葉。これ自体はエルフであれドワーフであれ、理解できた。それは人の命か、あるいは育てている植物かという意味合いで違いはあれど、理屈として理解できる。
ただ殺すのではない。必要悪として死んでもらう。
そう言い換えるだけで、心に圧し掛かる負担というのは相当に変わった。
アルファルドたちの表情が変わるのを横目で確認していた「欠落」はさらに口を開いた。
「さらに言うなら、これは受けて当然の事態だ。アキツの復活のカラクリはある程度解けたが、その際に犠牲となった命がある」
そう言って、アキツの身体になっているのがハーフエルフであると説明する。
さらにはアキツが復活した場所から考えても、カルネの側にいたハーフエルフだと推測したことも。
「な——つま、り……」
アルファルドにとっては衝撃という他ない。
カルネの側にいたハーフエルフというのは、つまり——人間の女冒険者とアルファルドとの間に生まれた子に他ならないからだ。時折、カルネ自身がその子を牢屋に連れて来て、アルファルドに見せていたから、他の誰かということはないだろう。
「この様はエルフに奴隷扱いされてるハーフエルフの復讐ともいえる。じゃあハーフエルフを利用して楽をしてきたエルフたちは責任を取らなきゃな。今後の為にも、その命を散らしてもらおう」
先程までのアルファルドであれば凶悪に見えた「欠落」の笑み。
だが今では、まるで自分の代わりに内心で抱えていた憎悪を映す代行者のようでもあった。
「さて……ある程度数は減ったかな。おい、あんた。あんたに後は任せても平気なのか?」
「あ、ああ……それは、もちろん……」
「んー、なんか信用できんが、頼むぞ。俺は前々から言ってる通り、エルフなんかどうでもいいんだからな。ドンネルとかが助けてやってくれってうるさいし、報酬も用意するって言うからやってやってるだけだから。あとおまえらからも何かもらってく予定だから。文句は言わせないから。文句言うなら皆殺しだから」
「わ、わかった……おまえに敵う者など、村に誰もいない……。大人しく従おう」
「そか。じゃあよし。んじゃまあ行ってくるわ」
ひらひらと手を振り、「欠落」は気楽に戦場へ足を踏み入れて行った。
◇◆◇◆
面倒くさかった。死ぬほど面倒くさかった。
やっぱり細々しい謀り事ってのは俺に向かない。そもそも正義を体現してる俺が謀り事ってのは向いていないのだ。今回は必要そうだからそうやったけれど、やっぱ駄目だ。面倒だししんどいし。むしろ俺を嵌めてきたこれまでの悪人たちは、よくもまあこんなことを普段からやっているもんだと少し感心した。
もし今後こういうことをやる事態があれば誰か適当なやつに全部やってもらおう。俺は裏ボスみたいな感じでいいや。いや、ある意味今も同じか。俺は冒険者登録してないし。一応このパーティのリーダーは「白無垢」のメイってことになってるし。この感じを忘れずに行きたいと思います。
エルフたちを殺して数を減らす。ついでに間引くエルフは頭の悪いやつをチョイスする。これだけのことにこんなに苦労するなんて。正面から俺が悪役買って出てぶっ殺して回った方が楽だったな。
なんてことを思いながら、半数以下まで減ったエルフとアキツとの戦いに身を投じる。トールとテッサは素早く俺に気付いたので、エミリーの念話を介して連絡を入れようとして——あいつがまだ気を失ってることに気付いた。役立たずめ。やはりあいつは羽虫の類か。
「トール、テッサ! エルフどもを引き剥がせ!」
「了解しました!」
「あいよ!」
トールが魔法を使ったのか、凄まじい風がアキツの身体を吹き飛ばす。なんとか堪えようとしたようだが、翅のない今のアイツではどうしようもない。俺が片腕を失ってステータスが激減しているように、翅と片腕を失ったアキツの敏捷性はボロボロだ。実際問題、そうでもしてないとエルフたちは今頃全滅していてもおかしくなかったからな。
「さて……もう十分気が済んだかな?」
問い掛ける。まあ気が済んでいようがどうだろうが関係ないのだが。
ハーフエルフの身としては本来なら一生涯叛逆する機会などなかったはずだ。であればチャンスを与えた俺がそこに制限時間を付け加えても悪くあるまい。だって俺のおかげなんだから。もっと感謝しろ。
「殺ス……全員、殺ス。皆殺ス……」
「それしか言えんのか」
呆れるわ。
挑発に乗ったのか、アキツは一足で距離を詰め、俺を殺さんと腕を繰り出す。
とはいえ全快状態のアキツでさえ御した俺である。今の死に体のアキツの攻撃を喰らうはずもない。顔を逸らすだけで拳を回避し、代わりに腹部へ膝蹴りを叩き込んだ。くの字に折れた瞬間、右手に力を込める。
「〈山崩し〉」
打撃系スキル〈山崩し〉を放ち、アキツの全身に満遍なくダメージを与える。同時にその拳打の威力で宙空に舞い上げた。
「残念な命だったな。ただ、その命にも意味があったと俺が認めてやろう」
犠牲となったハーフエルフにとって、自由はなかったといっていいだろう。
それは行動だけでなく、精神においてすら。
何も、何一つとして、彼の意思では何も遺せていない。
今回のこれだって復讐で暴れただけで、それもアキツに身を乗っ取られてしまったから起こったことでもあるのだ。ある意味で、そこに彼の意思はない。
だからこそ、そこに俺が意味を持たせよう。
他のエルフたちが今後の集落の為に犠牲となったのと同じように。
おまえが散ることにも意味があったのだと。
おまえの命があったことで、何かが出来たのだと。
それが救われぬ命に対して、俺ができる、たったひとつの救済だと思うから。
「おまえのおかげで八刀将が一体、アキツを完全に殺せる。ありがとうよ」
アキツは俺が一度仕留めた。けれど、復活した。それは俺の失態でもある。
その失態をこいつは取り戻させてくれた。
だからこそ、こいつは俺が救済すべきだと判断した。
「天まで届け」
右手を砲身に、天上を射抜く。
射線上には標的を。
さらにその先。魂の辿り着く場所へ、無事辿り着けるように。
きっとこの場を見ているであろう悪魔たちにすら手を出せないように。
「『曇天祓う光の極槍』」
放つ魔法は光属性の槍系魔法の最果て、極大魔法。
闇夜を照らす純白の極光が周囲を満たした。
奇しくも魔力が放散し、消え去ったその先には、銀色に輝く月が煌々と残っていた。




