6-22
アキツは咆哮を上げると共に翅を振るわせ、こちらに魔弾を放つ。
「もう意味ねえんだっての」
その速度は今もなお俺の動体視力で追いつけない程。ここまで来るとあっぱれと褒めたくなるが、褒めてはならん。褒めてはそこで成長が止まってしまう。ゆえに俺は敵であろうと味方であろうと褒めないぞ。決して褒めるのが下手なわけではないからな。褒めるのが恥ずかしいわけでもない。相手の為を想っての優しさゆえである。もし俺の優しさが具現化したらこの世の半分は海でもう半分は俺の優しさになること請け合いだ。
などと、どうでもいいことを考えながらでも容易くアキツの攻撃を回避する。もはや氷壁を作り出す必要すらない。片手剣すら鞘に納めてしまうくらいだ。
確かにアキツのあの速射砲は脅威だろう。敵対した者は近付くことすらできずに蜂の巣にされる。ここまでの速度を持ちながら十二分の火力を伴っているというのがふざけているが、魔王の幹部を名乗るというなら頷ける話。
そも、容易く魔王の幹部とは名乗れるものではない。当たり前だが、魔王自身が認めない限りは幹部ではないからだ。それが弱いわけはないし、そう簡単にそこまでの力を身につけられるはずもない。
俺の知る限りの魔王——「強欲」「暴食」「叡智」——の中で、トール程度の実力を幹部とするのはメサイアくらいのものだ。他の魔王たちでは決して認めないだろう。ましてや「強欲」の魔王軍の場合、トールの力量は中の上クラス。メサイアの用意した全身鎧と大剣があっても上の下クラスがせいぜいだ。
まあメサイアにしても、他の人員がいればトールを幹部にすることはないと思うが。「叡智」の魔王軍は「強欲」との戦争で弱体化しているから仕方なかったのだろう。
そも魔王というのはレベルアップに必要な経験値が膨大だ。これは俺が義眼で確認したから間違いない。そうでなければ「強欲」が二〇〇レベル台だった理由がわからないからだ。
代わりに、レベルがひとつ上がる毎のステータス上昇量が凄まじいのだろう。俺でいうなら四〇〇レベルを超えたくらいからの上昇量だろうか? この辺りは推測になるから断言はできない。
どんな種族であろうと、レベルが高くなればなるほど、レベルアップに必要な経験値は多くなる。そしてその分、レベルアップの際のステータス上昇量も高くなる。
だからこそ、魔王たちはかつて戦争を起こしていたのだろう。普通に経験値を稼ごうとしても、魔王たちではほぼ意味を為さないのだから。
そういう意味で考えると「剣舞の魔王」は非常に厄介だといえる。
幹部たちはきっと誰もが「剣舞」のレベルを超えているだろう。それでもステータスは勝てないからこそ魔王なのだが……まあそこは余談として。俺が「剣舞」を厄介だとする理由は、レベルアップに必要な経験値をその幹部から徴収することが可能だという点だ。
今目の前にいるアキツのように、八刀将たちは死んでも蘇る。であれば「剣舞」は八刀将たちを倒すことで経験値を獲得し、蘇らせた八刀将たちに再度レベル上げさせることでまた殺し……このサイクルを繰り返すことで効率良くレベル上げが可能となる。八刀将たちは魔王ではないから、レベル上げに必要な経験値もそれほどではないからだ。それほどではないといっても魔王軍の幹部だから相当量ではあるだろうが、魔王ほどではない。
「何かデメリットはあると思うが……それでも破格なのは変わらないよな」
ああ、実に非情。それでいて、これ以上なく虫だなと納得できる。
例えばカマキリ。雌のカマキリは交尾の後、出産に必要な大量のエネルギーを確保するために雄を殺して喰らう。「剣舞」のやっていることは形こそ違えど、似ている。
不滅の幹部。それこそ八刀将の最も恐るべき点だといえるだろう。
「まあ、俺に目を付けられた段階で終わりなのは変わらないがな」
薄く笑みを零す。
右に左にステップで移動していたのを変え、今度は前へ。
アキツが魔弾を散らすのをやめて俺へ収束させる。わざと右の膝を曲げてバランスを崩し、地面へ右手を付ける。瞬間に魔力を流し、魔法を発動。
「『大地を引き裂く剛腕』」
地と闇属性の複合魔法。土巨人の腕とでもいうべきモノが地を揺らしながら生え、魔弾がその腕を打つ。ただの障壁ならば突き破れたかもしれないが、俺が今回使用したのは攻撃魔法だ。防御よりも攻撃に重きを置くのはソロ活動をしていた俺として当然。まして、攻撃と防御を兼ね揃えた魔法となれば尚更の話。
「圧し潰せ!」
天を貫かんと伸ばされた腕の先。指の一本一本が人よりも巨大なソレが拳を作る。
超火力のアームハンマーは鉄槌の如く。大地よ砕けとばかりに振り下ろされる。
びょう、と風を切り裂く音が周囲を満たしたかと思えば、続いて衝撃と破砕音が大気を揺らす。
拳が叩き付けられた箇所には巨大なクレーターが生まれ、あちこちで散らばっていた家屋の瓦礫がさらに細かく砕かれた。まともに立っていられないくらいの地震が辺りを襲い、アキツですら攻撃を回避するために宙空へ跳び上がる他なかった。
「〈空中歩行〉」
スキルを行使し、足場なき空中を駆ける。
アキツから見れば左側面から弧を描くように接近するが、気付いたアキツはこちらへ翅を向け、魔弾を射出する。どうしようもなく、俺はさらに宙を蹴ってそれを回避。
「馬鹿が。捕まえろ」
今の冷静さを失ったアキツでは面白みも何もない。憤怒と狂乱に身を任せている上に、基盤となった身体はハーフエルフのもの。つまりは戦闘経験など何もないものだ。ゆえに俺の攻撃に対して二重三重の罠があることなど理解できないのだろう。もっとも、理解できた上で掛かるしかないモノこそを罠と呼ぶのだが。
アキツから見て左側面から俺が攻めたわけで、アキツはこちらを迎撃するしかない。その隙に、俺の繰り出した大地の剛腕はヤツを背から捕まえようと手を伸ばす。
それに気付いてアキツが回避しようとするも、大地の剛腕は巨大というのもアホらしいくらいの規模。左右にどれだけ急いで動こうと剛腕から逃れる術はない。前進すれば俺が待ち構えている。ヤツの回避先は上から下のみだが、アイツの行動速度で下に行こうものなら地面に自爆しに行くようなものだ。ゆえに、ヤツが逃れられるのは上方向のみ。
だから当然、そこには仕掛けがある。
「——もういいぞ、姿を顕せ」
俺が先程告げた「圧し潰せ」というのは、決して剛腕に対してのものではない。そもそもコレは俺の魔法であり、別にそういった命令を告げる必要はないのだ。
俺が告げたのは——狐面族の村から俺たちをエルフの集落へ連れて来るときに召喚していた大気の精霊。俺の魔力量ならば、一度召喚した後もかなりの時間待機させていられる。エミリーが仲間になったおかげで手にした〈精霊通信〉のスキルのおかげで、牢屋に入れられた後も大気の精霊は残り続けた。さらに、元々大気の精霊は他の精霊系召喚と違って色を持たない。姿を隠そうと思えばテッサのように透明化してバレないようにできたのだ。
アキツは暴走状態であるとはいえ、俺の言葉に怒りという形で反応したりはする。つまり、言葉自体は聞こえているということ。
だからこそ、俺は「圧し潰せ」と声に出した。それによって大地の剛腕に注意が向く。あの一撃を回避すれば、上空に敵はいないと意識させることができた。
俺の指示で大気の精霊は姿を現し、その力を解放させる。
上空の冷えた空気を圧縮させ、塊として射出。アキツは不可視の冷撃に向かって正面衝突した形となる。
不意の一撃だ。一瞬とはいえ意識は混濁するだろう。その隙を俺が見逃してやるハズもない。
「先ずはその機動力を奪う。ブンブンブンブン耳障りなんだよカトンボ!」
寝るときに耳許を飛び回る羽虫の類への苛立ちを今! この一撃に込める!
ついでにそのストレスをぶつけられることになったメイの痛みも込める! 奴隷の痛みも合わせてし返してやるとか、なんて優しい主人なのだろうか、俺は。もう俺の優しさはもしかすると海を超えてこの世界をぐるっと包めるやもしれぬ。そう、避妊具のように。
「『絶華の氷爪』——〈八重刃〉」
行使する魔法は氷属性。肉眼で捉えるのは非常に困難な霜の刃。そこへ斬撃系スキル〈八重刃〉を折り込み、多重斬撃を一度に叩き込む。
霜の刃の火力はそこまでではないが、遠距離攻撃可能な物理斬撃という意味では非常に有用な魔法だ。なにしろ斬撃系スキルを織り込むことが可能であるため、たとえ中位魔法であっても応用力にも火力にも長けた魔法となる。
魔法はその出力や規模によって下位、中位、上位、極大魔法とに別れるが、上のランクになればなるほど応用力は落ちる。他のスキルを織り込む余地が少なくなるし、俺には関係ないが反動値も高くなるし、魔力消費もばかばかしいくらいになる。
一方でランクが下がれば下がるほど、当たり前だが弱い魔法になる。代わりにスキルを組み込む余地は大幅に増えるため、使い手次第とされるものが多くなる。まあどれほど頑張っても上のランクの魔法には敵わないとされるが、それは「魔法剣士」とかそういったロールだからこそだ。
当たり前の話だが、低いランクの魔法は反動値が低い。けれどもスキルなどを混ぜると、どんどん反動値は高くなる。だから「魔法剣士」とかは適度な範囲で折り合いを付ける必要があり、結果として、上のランクの魔法には敵わないという結論になる。
だが俺は「勇者」ロールであるため、下位だろうが極大魔法だろうが、反動値は常に最大で固定だ。ゆえにどれだけスキルを好き放題詰め込んでも何も変わらない。面倒だから上位魔法を使ったりはするけど、今回のように「相手を死なさない程度に威力を抑えつつ、戦力を削ぐ」といった使い方をするなら有用だ。
うん。なんだかんだいっても、相手を倒すだけなら普通に上のランクの魔法使った方が手っ取り早いし魔力消費も抑えれる。それが確認された瞬間だった。有用な下位魔法とか、俺であっても少ないとしかいえないね。
世の中は非情である。それは魔法においても同様のことがいえそうだ。
「ハ。いいザマだな、アキツ。生贄になったハーフエルフくんは俺に感謝してくれて構わんよ」
翅とか、元々そんなものない存在からしたら邪魔でしかないだろうに。寝転がるときどうすんのよ。俺はあげるよって言われてもいらん。空飛ぶだけなら大気の精霊呼ぶし、非常時なら〈空中歩行〉でなんとかするし。
翅を切断されたアキツにもはや大気の精霊の冷撃に対抗する手段はない。そのまま大地へと叩き付けられた挙げ句、手足を凍て付かされる。
「……いつの間にこんな小器用な技を身に着けやがった」
よくよく考えると不思議である。だって大気の精霊なんだから、使える魔力は風属性のはずだ。氷属性ではない。というか氷属性の魔力なんてものは厳密には存在しない。
氷属性の魔法は存在するが、魔力としては水と風属性の混合魔力なのだ。俺とかみたいに慣れた人間はサクッと作ってしまうから氷属性の魔力とか口頭で言ってしまったりもするが。
話によると、高度な魔法書とかでは「氷属性の魔力を云々」と書かれていたりして、読む人は困ったりするらしい。似たような事例でいうなら毒属性の魔力とか木属性とかそういうのがあるかな? まあ俺には関係ないが。知らないヤツに出会うことがあったら鼻で嗤ってやろう。
まあ大気の精霊が冷撃を使えたのは上空の冷えた空気を使ったからだろう。アールグランド大陸だからそこまで冷えてはいないはずだが、たとえ俺の魔力で作られた擬似生命体とはいえ精霊は精霊だ。そこら辺にはたぶん俺も知らない何かがあるのだろう。現実として起こっている以上は受け止めるが吉だ。別に俺にとって不利なわけでもないし。
「さて……」
身動きの取れなくなったアキツを見下し、ニタリと嗤う。
この後の調整が難しいんだよな。けれど、それこそ俺の腕の見せようってやつか。
メイたちが帰ってくるのが遅いから作戦変更を余儀なくされた。なので後で説教と罰は確定として、この後の作戦を考える。
「エルフたちに恩を売る……これは確定だな。そうなると……」
アキツとなったハーフエルフくんはきっとカルネとかそこらのエルフに復讐がしたいだろう。それを手伝ってやるのは吝かではない。
だが、今のコイツはアキツという八刀将の力によって戦闘力が跳ね上がってしまっている。そこはたとえ翅を奪った現状であっても変わらない。
だから適度に。
エルフたちに悲鳴を上げさせられる程度の戦闘力は残しつつ、けど蹂躙できるほどの火力は削ぐ。それでいて死なないように調整して……。
「面倒くせえな。とりあえず腕一本取っとくか。後はそのとき次第で調整すりゃいいや」
蹂躙し始めたら俺なりトールなりで止めればいいや。今のコイツなら魔弾の類も使えないから、メイのスキルで行動速度を落とすのもアリだし。いざとなればテッサに透明化してもらったり、エミリーにバレないようエルフたちの足を引っ張るよう調整すりゃいいや。
頭の中でこの後のことを考えつつ、アキツの腕を力任せに捥ぎ取る。
「アアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
「ああ、俺って優しいな。なんて優しいんだろ。これはアレだ。俺の優しさを理解しようともしない馬鹿な奴隷どもにはお仕置きですね」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」
「人助けとか、やっぱり気分良いな。俺ってなんだかんだいっても勇者なんだな。中身は変わらないもんなんだなあ」
そうこうして適当にアキツが死なない程度に出血を抑えるため火属性の魔力を利用したスキルとかで肉を焼きつつ、大気の精霊に縛ってもらったアキツを抱えてメイたちのいるエルフの元へ向かったのだが……。
「なんじゃこれ……」
なんか雰囲気がおかしいなと思って遠くから魔道具を使って確認したのだが、エルフども仲間割れしとる。しかもトールとかテッサ、うまくコントロールできてない。エミリーと協力しろよ。エミリーは元精霊だぞ。あくどいこと考えさせたら右に出る者はいないんだぞ。俺にはとてもじゃないが付いて行けません。
「……何やってんのアイツら。いや、そもそも、なんでこんなことになってんの? 俺、言ったじゃん。腕の一本でも捥いでいいって。なんで待ってんの? ハア? そのせいで俺はアキツの腕捥いだりして戦闘力調整したりしてんですけど。苦労が全部俺に向かってるんですけど」
おかしくない? 普通、奴隷だの部下だのって俺を助けるものじゃないの? なんで全部俺におんぶに抱っこなの? ふざけてんの?
「…………ざけんなよ」
イラッとした。
これはもう、アレですね、お仕置きですね。
予定の五倍くらいのお仕置きが必要ですね。
そんな風に怒りを燃やしながら、俺は連中の元へ足を向けていった。
いかに玲瓏な月が冴え冴えとした蒼白い光を注ごうとも、俺の怒りはまるで鎮火する様子を見せなかったのだった。
今だから言います。
元々のプロットでは「欠落」はハーフエルフに「おまえの生きた意義を残してやる!」とかカッコいいこと言いつつ、とんでもないスキルを使って超火力の一撃を叩き込む予定でした。
けどそれやったらエルフ反省しねーよな、とか「欠落」ってそんな優しい奴でもねーよな、とか考えてたらこうなりました。
欠落「……優しいぞ、俺?」
強欲「ねーよ」




