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欠落の勇者の再誕  作者: どんぐり男爵
「欠落の勇者」とエルフたち
95/129

6-21

 なにか、おかしい。

 そんな思いがエミリーの頭の中を、エルフたちに捕らえられてからずっと巡っていた。

 特に違和感が強くなったのは「欠落」と牢獄で再開してからだ。

 自分が「何かおかしい」という違和感を抱いているのに、彼女の生殺与奪を握っている「欠落」が何も勘付いていないというのが異様なのだ。


 エミリーは雪の精霊だ。そして精霊というのはほぼ間違いなく、狡猾で残忍で酷薄なことを行い、絶望に顔を歪める者を見て楽しむ性質である。人間でいうなら、子供が虫の羽根や足を千切って遊ぶ感覚に近い。精霊の場合は魔力という力が非常に高く、大人になってもその愉しみを持ち続けるのが問題なのだが、精霊たちにとっては関係のないことだ。被害者ではなく加害者なので。


 そんなエミリーからして見れば、人間であるはずの「欠落」があそこまで悪意に敏感であり、尚且つそういった企みを看破する素質を持っているのは異常に思えた。まるで極度の被害妄想を抱え、同時にそれを他人に日常的にぶつけているようにも思える。ただ、普段の彼の人となりを見ていると、そうではない。

 だからこそ、彼が異常、あるいは異質であるようにエミリーには思えていた。何しろ、悪意へのセンサーはエミリーよりも強いのだから。それを人間が培うには、散々悪意に晒される他にない。

 ふとエミリーは珍しく、「欠落」に同情した。


 ただ、そんなセンサーを持っているというのに「欠落」はこの集落で特に違和感を抱いていない。けれど、自分は抱いている。

 なるほど、ついに自分のその能力がマスターを超えたのだ! と調子づいていたのは一時の話。今はそうではなく、精霊である自分だけが持っている情報がそう感じさせているのではないか、と考えていた。

 おそらく「欠落」もメイも忘れているだろうが、エミリーは元々、雪の精霊の住処では守護隊長だったのだ。エリートなのである。それくらいの脳みそは持っているのだ。少なくとも、「馬鹿」ではない。


『みんなー、ちょっと気付いたことがあるのヨ。表情に出さずに聞いてくれる?』


 エミリーはこの場にいるメイ、トール、テッサへ念話を利用して語りかける。反面、口からはポンポンとエルフたちを馬鹿にする言葉を吐き続けていた。他人を馬鹿にすることなど、エミリーにとっては片手間以下でできることなのである。

 突然の念話にトールとテッサは眉を少し動かしただけで、メイは目を丸くさせるが、すぐに元の表情に戻った。残念なことに、両手を口に当ててお口チャック体勢ではあったが。こうでもしないと、念話と発声を同時に行ってしまうのである。


(どうしたのだ?)

『いや、みんなうっすら思ってナイ? ここのエルフたち色々と頭の中が残念過ぎじゃないかなーッテ』


 トールの目が泳ぎ、テッサは口角を小さく持ち上げた。メイは怪訝そうな顔になる。わかっていないらしい。


『そんでもって一番オカしいのが、なーんでマスターがそれに気付いてないんだろうッテ。普段のマスターなら勘付きそうなもんデショ。「ここのエルフ、頭がパー過ぎる。いくらなんでもこれはない」とか』

(それは……たしかに)

(あの野郎、なんか妙に勘が鋭いからな……)

(ご主人様、メイがお残ししようとしたら絶対食べさせてくるのです)

『それは好き嫌いして食べようとしないメイが悪いんデショー』

(明らかにアレ毒草だったのです! 無理矢理食べさせられた後、おなか痛くなって眠くなったのです!)

(ええと、それは……)

『あー。トールとのやつかあ。でもそれ、一応マスターなりにメイに配慮したんだと思うワヨ?』

(そうなのです? それでもあんまりなのです)


 トールと夜の特訓を行う場合、どうしても彼女から声が漏れる。そこを加味して睡眠成分のある毒草を「欠落」はメイに食べさせたのだった。薬草ではなく毒草なので、翌日のメイのおなかはピーピーうるさかったが。とんだとばっちりである。


『で、エルフの思慮があんまりにもあんまりな理由なんだケド……ワタシ、思い当たるフシがあるのよネ』

(へえ。まあ精霊ったら悪魔より悪魔らしいって有名だもんな)

(それで、どういうことなのだ?)

『うん……実は精霊たちの間で盛り上がってるドラマがあるのヨ。「精霊たちの戯れ」ってのなんだケド』


 トールとテッサの頭に何か疑問符が浮かぶが、すぐに嫌な予感がして考えるのをやめた。今はエミリーの話に集中することにしたようだ。

 余談だが、「精霊たちの戯れ」の原作・脚本は「叡智の魔王」である。これによって他大陸の精霊たちのうち何種族かはサルニア大陸に住処を移していたりする。常に最新話が観られるので。また、トールはこのことを知らない。知っていたら色々と「叡智」に対する崇拝感が下がるかもしれない。


 エミリーが話すのはそのシーズンツーのとある話だ。ある一人の女性を巡って、二人の男性はそれぞれ勝負を行うことになった。それがどれだけ人間を堕落させられるかというもの。そこで勝者側の男性が用いた秘術が今回のエルフの事態に近いとエミリーは気付いたのである。


『対象は地面に付与させるもので、効果範囲はそれほど大きくないんだケド、効果が続く限り、少しづつ理性というかそういうのが摩耗していく呪いの一種ネ。気の持ち様程度で簡単に破れるんだケド、そのぶん自分たちが呪われているのにも気付かないワケ』

(ロクでもねえな精霊……)

(小悪魔に言われるのだから本物だな。とはいえ、理性が摩耗されるとどうなる?)

『我慢が利かなくなったり、自分にとって都合の良いことばっかり考えるようになるワ。ドラマだと、それで破滅していく人間たちを見て、女性をより嗤わせた方が勝ちだったのヨ。でも一番の見所は——』

(いや、ドラマの話はいい。今回の場合で例えてくれ)

『すっごい話なのニィ!!』


 エミリーが話を脱線しようとしたので、トールはすかさず修正させる。エミリーはメイの頭の上で地団駄を踏むため、メイが迷惑そうな顔をしていた。


『まあエルフたちの場合、その影響を受けてたんじゃないカナーって思うのよネ。あの自分勝手な感じが正しくドラマの人間にソックリだわ。……で、そう考えると、牢屋の中にいた人たちが影響を受けてないのも頷けるってワケ』

(ああ! あの魔力吸収効果か!)

『そそ! あと、ジミーにマスターも影響受けたんじゃないカシラ? マスターも人間だし。でないとエルフたちのアンポンタンぶりに呆れるだけじゃなくて、何か理由があるって気付きそうなものだし』

(あんだよ。だらしねーな、あいつもよ)


 言いつつ、テッサは妙に嬉しそうでもあった。

 対照的に、トールの顔は色を失くしている。目には冷酷な光が点っていた。


(ほう。つまりはアレだな。その秘術を施した精霊というのは旦那さまに悪影響を及ぼしたわけだ)

(はう! トールさんがお怒りなのです! 珍しいのです)

『まあまあ! そう怒らないでヨ! 正直、ワタシでも珍しいっていうか、なんでこんな無駄なコトしてんだろーって不思議なんだからサ』

(それはどういうことだ?)


 トールたちは当然ながら、精霊の秘術に関して詳しくはない。そのためエミリーは続けて説明する。

 ちなみに現在エミリーたち以外はというと、アルファルドがエルフたちの内、まだまともな者から色々と事情聴取を行っている。同時に「欠落」の話を聞いて「下等生物風情に怯えるのか?」という反応を示した者をドワーフたちが渾身の力で物理的に黙らせていた。


『いや、この秘術、本当にすぐ解けるのヨ。精神的にショックを受けたら解けるし、そうするともう同じ場所にある秘術は効かなくなるワケ。八刀将がやって来たり、さっきワタシが「マスターにぶっ殺されるわヨ」って脅したから、もう解除されてると思うワ』

(うわ、薄っぺら! なんだその秘術)

(ご主人様が時々くれるリンゴくらい薄っぺらいのです。たまにはリンゴも一杯食べたいのです……)

『マスターのリンゴ愛はもう病気レベルだからネ。何があったのやら……』


 またも脱線しかけたところ、細い顎に指を当てて思案していたトールが聞き返す。


(つまり、やるだけ無駄に近いということか?)

『そゆコト! アレはドラマだから成功してたみたいなもんヨ。そもそも、精霊なら変化していく様を観て愉しむハズだもノ。秘術を施すだけ施して後は放置なんてナンセンスにも程があるワ! それに……』


 エミリーは顔をやや歪めた。


『精霊はその場に居続けるから精霊なノ。別の場所に移動するなら、今のワタシみたいに妖精まで存在を格下げしないといけない。後ろ盾とかない限り、そんなコトする精霊はいないワ』

(エミリーさん……)

『あ、いや、ワタシは今の生活楽しんでるワヨ? ごはん美味しいし、マスターに付き合ってると飽きないし』

(ホッとしたのです)

『あと、いつでもどこでもメイを揶揄えるし』

(急にホッとできなくなったのです!)


 メイに心配をかけないためにエミリーはそう言って揶揄ったが、心中では気持ちの悪い何かがあった。それはまるで泥のようだ。ぬぐい去ってしまいたいのに、その術がない。

 精霊がこんなことをエルフの集落でやる意味がそもそもない。だが、その秘術は間違いなくあったとエミリーには思えた。そうなると、それを施した精霊はどうしてそんなことをしたのか?

 一番ありえる理由として、誰かに強要されたというものがある。それと同じくらいありえる理由が、エミリーのように後ろ盾となる何者かが居るからというもの。

 ただどちらにせよ、それにはエルフの集落までやって精霊がやって来なくてはならない。となると、そのもう一人の何者かも同行しているだろう。秘術を行っている精霊は住処を離れているため妖精まで力が落ちているし、集落のエルフが気付かないとも思えない。それを何者かがカバーしていたということだ。

 裏を返せば、カバーしていたのはエルフにとって不自然でない人物ということになる。つまりはエルフか、交易を交わしていたドワーフだ。

 エミリーが今回の念話にドワーフを交えなかったのも、これが理由だった。もしもこの場にいるドワーフにその人物がいた場合、面倒なことになるのは間違いない。少なくとも「欠落」がいない場で公開するような話ではないはずだ。


『まあともあれ、そういう理由でここのエルフたちは頭がパーになったんじゃないかってことネ』

(ああ、それはわかった。しかし、どうして今になってそういう話を?)

(そうだな。それこそあいつがいるときでも良かったんじゃねえのか?)

(…………メイ、わかっちゃったのです)


 メイがどこか諦めたような表情を浮かべる。トールとテッサは怪訝そうな顔になり、メイの頭にいるエミリーは彼女の表情が見えなかったが「そうかー、わかっちゃったかー」と嬉しそうだ。口は三日月状に弧を描いていた。


(なるほど! 旦那さまなら、それがあるからとエルフたちに情状酌量の余地あると判断すると見たのか。ならばこそ、我々から先んじてそのことを——)

(あ、違うのです……むしろその逆なのです)

(ああ? どういうことだよ?)

『まーネ。コレばっかりは、ネ。マスターと長く接してないとわかんないわよネ』


 メイは厭そうに。エミリーは愉しそうに。

 言う。


(ご主人様なら……)

『マスターなら、間違いなく、「利用できる」ってほくそ笑むわヨ?』


 思慮の浅いエルフたちが相手だ。精霊であるエミリーも脱帽するほど「欠落」は悪事に頭が回る。エルフをだまくらかして自分たちに都合の良いよう話を吹き込み、動かすだろう。しかも、エルフたちはそれを喜んでやるように仕向けるはずだ。そして「馬鹿な連中め」とニヤニヤ嗤う。


『だから、これからそーゆー風に動くようにってコト!』

(たぶん、邪魔になることしてたら、ご主人様怒るのです……。ご主人様が怒ったらこわいのです……。ごはんをこれ以上お預けされたら骨になってしまうので……ああああ! 思い出したら、メイ、お腹空いて来たのです! マズいのです! うううううう……)

(…………まあメイはともかく、同感だな。なるほどな)

(そうだな。事前に頭に入れておき、エルフたちを操りやすくするため、恩を着せるように動くわけか)

『そそっ!』


 ニタリ、とエミリーは嗤う。

 無論、エミリーには企みがある。というのも、「欠落」が言っていた御褒美だ。

 今回の話が「欠落」に行けば、ドワーフの依頼を受けてからの道中など、これまで頑張って来た分も含めて間違いなく御褒美があるに違いない。

 エミリーの頭の中はそれ一色だった。



 もっとも。

 そういった甘い想定や企み事などを越えていくのが「欠落」なのだが。



 轟音。

 雷の雨が周囲に降り注ぐ。地面が爆ぜ、木が縦に割れる。突然の衝撃と雷光に思わず誰もが目をぎゅっと閉じた。

 意識の空白と暗黒の視界。

 それを切り裂くは怒りに満ちた昏い声。


「遅い。これはペナルティ決定ですわ。貴族が魔王が神が許そうと、俺は許さん」


「あ」

「い」

「う」

『ファー』


「欠落の勇者」が現れた。

 翅を千切られ片腕をがれたアキツを片手に。

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